松本人志“変節”の起源は、三十路を過ぎてマッチョ化する元文化系男子の系譜にあった

松本人志“変節”の起源は、三十路を過ぎてマッチョ化する元文化系男子の系譜にあった

©文藝春秋

速水 今回は松本人志をめぐる問題について。

おぐら 『ワイドナショー』(フジテレビ)のコメンテーターに就任して以降、番組内での発言がしょっちゅうネットニュースになってますね。

速水 最近だと、共謀罪に対するコメントと、日野皓正の往復ビンタ問題。

おぐら 共謀罪については、『ワイドナショー』で「僕はもう、正直言うと、いいんじゃないかなと思ってるんですけどね」「やっぱり冤罪も多少はそういうこともあるのかもしれないですけど、未然に防ぐことの方が、プラスの方が多いような気もするし」と。

速水 これはちょっとアレンジすれば叩かれない中身になる。「テロを未然に防ぐ必要はある。だけど、そのために冤罪を生んではだめ」だったらまったく問題ない。でもコメントとしては無難すぎる。「多少あるかも」という言い回しは、少し過激さを出してみたんだろうね。

おぐら 無難なことは言いたくないし、求められてもいない、という。ただ、番組を見ていた印象としては、少しためらいながら言葉を発していたので、本心だったのかなとは思います。

速水 けど、本当に過激なところに踏み込めるわけでもない。この場合だと「国民の権利なんて制限して当然」とまでは言わないわけだから。

おぐら これを受けて、『週刊金曜日』が表紙と巻頭で 「松本人志と共謀罪」 という特集を組みました。

速水 一応目を通したけど、うーん……おもしろくなかった。

おぐら 特集のリードには「松本人志の変節と、共謀罪の成立を許した私たちの社会」と書いてあります。

速水 だけど別に共謀罪の議論に踏み込むわけでも、松本人志論に踏み込むわけでもなく、かつての番組プロデューサーやなんかが出てきて、昔はこんなじゃなかったみたいな。本人を呼んできて、どういう意図の発言だったか聞けばよかったのに。

おぐら ここ何年か、チャップリンやモンティ・パイソンを引き合いに出して「日本の芸人はなぜ権力の批判をしないんだ」っていう議論がありますけど、単純にビジネスにならないからっていうのも一因だと思うんです。「音楽に政治を持ち込むな」論争でも明らかになったように、一定数の日本人が政治的なネタを歓迎しないというマーケットの問題。実際、現政権や権力を批判するネタをやっている芸人もいますけど、アンダーグラウンドな活動の域を出ない。要は売れないってことです。

速水 「日本のお笑いはオワコン」と言った茂木健一郎が『週刊金曜日』の特集で書いていたのは、日本のお笑いは「空気読み」の一等賞を決める競争だっていう論。まあ、その指摘は正しい。それを踏まえて言うと、政治家の政局もまさに空気読みでしょ。いかに時流に乗るかという能力が問われる。

おぐら 弁護士との不倫疑惑をスクープされて民進党に離党届を提出した山尾志桜里議員も、その前に「保育園落ちた日本死ね」のブログを国会で取り上げたことで時流に乗った人でした。

速水 お笑い芸人が社会問題に対して発言をするのは、まさに空気を読んで時流に乗っているからだろうね。ちなみに、ワイドショーコメンテーターも同じ。

おぐら コメンテーターといえば、宇野常寛さんが『スッキリ!!』(日本テレビ)のコメンテーターを降板するとツイッターで明かしました。

※ 編集部注:宇野氏は、日中戦争中の南京事件に否定的な本を置いていたアパホテルについて、今年1月放送の『スッキリ!!』で「歴史修正主義だ」と批判し、「日本テレビに街宣車が押し寄せ」たことを番組側が問題視したのではないかとして、「『スッキリ!』クビになりました」とツイート(8月31日付)。 YouTube でも動画を投稿して「僕は事実上のクビだと解釈しています」などと語りました。

速水 宇野くんは空気を読まない希有なコメンテーターだったと思うよ。あのスタイルが制作側と衝突して降ろされてしまうというのはわかる。それが傍目で納得できるかどうかは別として。

おぐら もはやワイドショーのコメントは、いかに万人が納得する解釈を披露できるかを競うゲームみたいになってますよね。

速水 ワイドショーにも事件の説明過程があって、そこまでの流れをぶった切るコメントをするのは勇気が要るんだよ。局側に何かを無理に言わされるということはないんだけど、そもそもそれをテレビが伝える意味とかに口を出し始めると、コメンテーター自身の存在意義って何?ってなりかねないし。

おぐら そんな『スッキリ!!』の日本テレビで、『いつかボクらもご意見番 コメンテーター予備校』というバラエティ特番がはじまったんですよ。お題のニュースに対する芸能人たちのコメントを、一般の人たちがジャッジするという……。

速水 それを番組にしちゃったんだ。

おぐら 公式HPの紹介では「どんどん肥えていく視聴者たちのコメンテーターを見る目」「『どんなコメントが求められているのか…?』『こんなコト言ったら炎上しちゃうかな…?』」「視聴者を『なるほど』と唸らせるコメント力を学ぶ」と書いてあります。

速水 テレビ局がコメンテーターに何を求めているのか、よく分かるね。

おぐら それに、9月21日放送の『アメトーーク!』(テレビ朝日)が「コメンテーターやりたい芸人」だったんです。つまりコメンテーターは、いま旬のネタとして扱われるような存在になっていて、そのぶん世間から厳しい目を向けられているっていうことですよね。

■三島由紀夫・長渕剛・松本人志が貧弱な文化系男子だったころ

おぐら 松本人志の変化といえば、身体を鍛え始めたことは重要ですよね。

速水 むしろ今回はそっちがメイン。松本人志の変遷を考える上で、身体のマッチョ化には大きな意味がある。

おぐら 若い頃は、威勢がいいけど痩せ型だったのが、ムキムキになって思想も変わった人でいうと、長渕剛が思い浮かびますけど。

速水 もともと弱々しいキャラの男が、30歳を超えたあたりから体を鍛え始める系譜って、三島由紀夫から脈々と受け継がれる文化系男子のパターンなんじゃない?

おぐら 長渕剛は『巡恋歌』や『順子』をリリースした初期、デビューからしばらくは、か弱い男を体現しているようなルックスでしたよね。

速水 俺が好きだった頃の長渕は、粋がってるけど弱そうな近所の兄ちゃん風だったんだよね。

おぐら 『親子ゲーム』に主演してた頃?

速水 そうそう。元暴走族の兄ちゃんがラーメン屋をやっていて、親に捨てられた少年を引き取るドラマ。当時の長渕は、コメディ役者兼歌手だった。

おぐら ドラマ『親子ゲーム』(TBS)は1983年放送ですね。僕の世代だと『とんぼ』(TBS、1988年放送)のほうが印象に残ってます。この頃は、体は痩せてますけど、もう完全にこわい人っていうイメージ。

速水 ここが大きな転機なんだよ。長渕が最初にマッチョを演じたのがドラマ『とんぼ』で、いつのまにかケンカが強いっていうキャラに変わってた。

おぐら 孤独なチンピラが、本物の強い男に変わっていくような。

速水 『とんぼ』の直後の『ウォータームーン』は、宇宙人だけど修行僧っていう役で、長渕の変身願望をまわりのスタッフが受け止めきれずに空中分解した映画。

おぐら ファンの間でも語り継がれている怪作ですね。

速水 マキタスポーツによると、映画『竜二』の影響とブルース・スプリングスティーンが長渕に憑依したっていう分析。ムキムキになってから日の丸を背負うのも、スプリングスティーンの星条旗の代わりだったわけだし。

おぐら 一方の三島由紀夫は、筋肉の体で、日の丸の鉢巻に日本刀という出で立ち。

速水 長渕と三島の変節は年齢的にも共通点が多いよね。あと、どちらも運動音痴っぽい。

おぐら っぽいって……。

速水 いや、実際、三島のことは石原慎太郎が馬鹿にしているの。三島由紀夫が日本刀を持ってきて居合い抜きをしたら、鴨居に刺さっちゃった話とか。彼は運動神経がなさ過ぎるって。

おぐら 身体能力にコンプレックスというか弱さを抱えている人が、年齢を重ねて、何かをきっかけに身体を鍛え始めるんでしょうか。

速水 でも、松ちゃんにやばさを感じたのは、深夜番組で作務衣とか着始めたとき。

おぐら 『一人ごっつ』(フジテレビ)だ。1996年に放送開始です。

速水 作務衣とか求道者イメージとかを茶化しているのかと思ったら、どんどんそっちにいって、髪も短くなって。

おぐら なるほど。その時代に一度、変化してるんですね。

速水 最初は片岡鶴太郎的なものをいじってるのかな?って思ったんだけど、むしろ鶴太郎的なものへの憧れがあったんじゃない?

■永遠の童貞派と身体ロンダリング派

おぐら ボクシングとか書画とか、芸人とは違った部分で才能をアピールする方向。ちなみに、長渕剛も詩画をやってますよ。

速水 そして鶴太郎は、いまやヨガを極めて体重43キロでしょ。マッチョの先を行って、完全にスピリチュアルの世界。

おぐら というか、最初から方向性としてはスピだったんじゃないですか。ヨガはもちろん、ボクシングも書画も精神世界と相性いいですし。

速水 女性のスピがオーガニックとか、フラダンスとか、占い師のマネージャーとかに向かいがちなように、男の場合は陶芸とか、そば打ちとか、作務衣・求道系みたいなほうに向かいやすいんだね。

おぐら 松本人志が竹原ピストルを気に入っている理由にも繋がってきます。

速水 そこは見る目がないとは思うけど。

おぐら そう考えると、三島由紀夫や長渕剛もスピリチュアルと遠くはないです。

速水 資質として、スピに向かいやすい感じの人たちではあるよね。

おぐら 強い身体に憧れてマッチョになる男たちがいる一方で、童貞っぽさというか、心は少年のままでいることが芸風やクリエイティブに繋がるという考えもありますよね。

速水 大人になれない感じのね。大槻ケンヂとか伊集院光とかを代表とする人たち。その両者を名付けるなら、永遠の童貞派と身体ロンダリング派っていう感じなのかな。

おぐら そのどちらかに振り切った方が、表現者としては突き抜けられるってことなんでしょうか。

速水 その二者択一かあ。うーん、どっちも嫌だなぁ。

(速水健朗×おぐらりゅうじ)

関連記事(外部サイト)