信仰のあり方を問う、若い僧侶たちの成長譚――富田克也監督インタビュー

信仰のあり方を問う、若い僧侶たちの成長譚――富田克也監督インタビュー

©山口貴裕

 山梨県甲府市に生きる移民たちの苛酷な現状を描いた『サウダーヂ』。タイの歓楽街で働く娼婦たちと作りあげた『バンコクナイツ』。急激に変容する現実社会からフィクションを立ち上げ、実際の生活者と共に刺激的な映画作りを続けてきた富田克也監督と映像制作集団「空族」。10月14日から公開される新作『典座―TENZO―』は、仏教の曹洞宗をテーマにしたドキュメンタリーであり現実から生まれたフィクション。今年のカンヌ映画祭にも出品された。

?「典座」とは、禅宗の寺院で食事を司る役職を指す。映画は、調理や食事も重要な修行だとする曹洞宗の教えを説きながら、山梨の耕雲院の副住職をつとめる河口智賢とその家族をめぐる物語と、福島で被災し寺も檀家も失った兄弟子、倉島隆行の物語を並行して描く。そしてこの二つの物語の合間に、尼僧・青山俊董老師との対話が挟み込まれる。なぜ僧侶たちと映画を撮ったのか、どのように撮影は行われていったのか、富田克也監督に、新作『典座』についてお話をうかがった。

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■取材対象から聞いた話をもとにフィクションとして再構築する

――空族の新作が仏教をテーマにした作品と聞いて少し驚いたのですが、まずは製作の経緯を教えていただけますか。

富田 僕の従兄弟である智賢を通じて、全国曹洞宗青年会から「世界に向けて曹洞宗を紹介する短編映画を作ってほしい」と依頼を受けたんです。世界仏教徒会議という毎回各国を巡回する大会が2018年11月に日本で行われることが決まり、そのホストとして曹洞宗が選ばれた。そこで世界中から集まってきた仏教徒の方たちに向けた15分程度の短編を作りたいと。言い出しっぺは倉島隆行会長(当時)です。彼は昔から映画がものすごく好きだったようで。「だったら僕の従兄弟に映画を作っている人がいるから一度会ってみますか」と全国曹洞宗青年会の副会長を務めていた智賢が僕に声をかけ、話が進んでいったわけです。当初は短編映画ということでプロモーション的なものを考えていたけど、予算も大幅に増え、長編映画として徐々に形を変えていきました。

――今作もこれまで同様空族という制作集団で映画を作られたわけですが、空族の映画作りは実際どのように行われていくのでしょうか??

富田 僕らの映画作りは、まず対象となる相手と会って、徹底的に話を聞くところから始まります。最初に対象と直接接触していくのはだいたい僕かな。その後、脚本家の相澤虎之助とお互いが見聞きしたものをもとにシナリオを書き、それを取材対象である人たちに俳優として演じ直してもらう。スタッフは多くても十人程度、現場では全員が柔軟に役割をこなします。虎ちゃんは脚本家だけど現場ではスクリプターでもあるし、僕も監督だからってディレクターチェアにどんと座ってるなんてことはなくて、車止めから何からやれることは全部自分たちでやっていきます。

――ドキュメンタリーとフィクションの境目がわからないのがこの映画のおもしろさですが、実際どこまでがドキュメンタリーなのでしょうか。

富田 智賢と青山老師との対話部分以外は、すべて本人たちの話をもとに、フィクションとして再構築したもの。智賢の息子が重度のアレルギーを抱えている話など、実際の体験を彼ら自身が演じています。それは『サウダーヂ』や『バンコクナイツ』ともまったく同じやり方です。

 ただ福島パートでは、震災後に起きた出来事をもとに脚本を書き、それを三重の四天王寺の住職でもある倉島さんに演じてもらいました。津波でお寺を流され、檀家もお墓も家も家族もすべて失って自ら命を絶ってしまった同僚のお坊さんがいるとか、そういう話を青年会の人たちからいろいろ聞いて、フィクションとして描いているけど実際のお話でもあるわけです。

■若い僧侶たちの成長譚として

――福島の物語を入れるというのは最初から考えていたんですか。

富田 彼らが僧侶としての自覚を強く持つようになったきっかけはやっぱり3・11だったというんです。震災を機に日本の人々が遂に信仰を求め始めたんじゃないか? そんな予感が彼らの中に生まれてきた。同時に、信仰の意味や自分たちの役割を問いかけられた。映画では、その問いに答えようともがく彼らの姿をそのまま映したつもりです。ある意味で若い僧侶たちの成長譚でもあるんです。

 現代のお寺は人口減少などによる檀家離れなど様々な問題を抱えていて、そんな中で危機感を持ったお坊さんたちは精進料理教室やヨガ坐禅みたいな新しい試みをいろいろしていたんです。ところが実際にそこに集まってくる人たちの話を聞いていると、実はもっと本質的なことを求めているのがわかってきた。仏教とは一体何なのか、悟りって何なのか、そういう興味も人々は抱いているんだと。今の時代、日本という国があらゆる面で苦しい状況になって、そこに3・11が起き、原発事故が起きた。それを機に、僧侶たちもまた自分たちが生きる大地のことや食べるものについて考え直すきっかけになった。

 僕がこの映画を作るにあたり、青年会の人たちの話を聞くなかで強く思ったのは、僧侶という一部の特殊な人たちが我々一般人から離れた遠くでひっそりと何かを行っているような映画にしてはダメだと。お坊さんだって生まれたときから聖人なわけはない。僕らと同じひとりの人間としての成長譚にすることで、つまり綺麗ごとばかりを描くのではなく、一般の人々にも共感を得られる内容にしようと思っていました。

――山梨と福島、二つの物語を並行して描いたのはなぜでしょう。

富田 今の日本で福島だけを例にとってしまうと、これまた福島という場所を特別なものにしてしまう。だからこそ山梨という私たちの身の回りのことも、同じ重さで対比として描かなければと思っていました。

――僧侶たちによる「いのちの電話」の話も印象的でした。

富田 日本では毎年年間3万人近い自殺者が出てます。それをどうにかしなければ、と曹洞宗青年会が始めた試みが「いのちの電話」で、それならそのエピソードも入れようと。ただ青年会としては、電話での相談に対して自分たちであれこれ意見を言うべきじゃないという立場だった。あくまでもかかってきた電話の内容をご傾聴する。でも僕が思ったのは、そこで本当にその人の救いになる言葉を持たなきゃいけないのではないか?ということでした。なので、映画では、僧侶たちが相談相手に対する“言葉”を獲得していくというストーリーにしたかったんです。

■青山老師との対話に魅了されて

――監督は、仏教や曹洞宗については昔からよく知っていたんですか。

富田 智賢のお寺は僕の母方の実家もあったので、非常に近い存在ではありました。小学生の頃は将来お坊さんになりたいと思ったこともありました。般若心経を丸暗記してみたりもしたし、“悟り”という謎めいたイメージが子供ながらにわくわくしたんだと思います。ただ僕は跡取りの家系にはいなかったからやがてその思いは薄れていきましたけど。

――智賢さんと青山老師との対話がとてもおもしろかったのですが、この対話部分が映画の出発点にもなったんですよね。

富田 はい。曹洞宗の映画を作るのだから、曹洞宗のことを知る必要があった。ならば、曹洞宗一の人格者に会うのが一番手っ取り早いと思ったんです。それはどなたかと青年会に尋ねると青山俊董老師だという。ならば、ただお会いするのではなく、禅問答のように弟子が師匠に疑問をぶつけていく形を借りて、それをドキュメントとして撮ったんです。それがこの映画で一番はじめにやったことです。そして、スタッフ一同、老師に魅了されてしまったというわけです。

――対話のなかで、世襲制度や檀家制度についても踏み込んだ話がされますね。青山老師が「日本の仏教をここまでだめにしたのは坊さんです」ときっぱり言われたのには、何か胸がすく思いでした。

富田 やっぱり仏教の本質的なものというものは、今のお寺からは感じられないわけですよ。それでいながらお寺の長男に産まれたというだけで強制的に跡取りにさせられる。それが本当に仏教のあり方として正しいのか、というわだかまりはずっとありました。だから青山老師にすぱっと言われたとき本当に嬉しかったんです。青山老師が、すべてシンプルに、まっとうなことを丁寧な言葉で伝えてくれた。

■僕たちの場合はこっちが現場に合わせにいく

――現場ではそれぞれ柔軟に役割をこなすというお話を先ほどうかがいましたが、この映画のなかでも僧侶の方たちがスタッフとして働いている様子が映っていますよね。

富田 今回はいろんな場所でロケをしたので、そのたびに、全国の青年会の人たちがたくさん集まりスタッフとしても手伝ってくれました。雨が降ってきたらみんなが傘持ってカメラにかけてくれたり。たとえば福島では、スナックのロケーションや、そこで従業員の女の子と檀家総代のおじさんを交えたシーンを撮りたい、と言えば、さっと現地で用意してくれました。あとは一千万のレクサスとかね。最終的に軽トラに変わりましたけど。

――レクサスに、というのは何かこだわりがあったんですか?

富田 この映画には、お坊さんが酒やたばこを呑むシーンが出てきます。そんなの一般の人々はとうに知ってますよね。それどころか、むしろお坊さんはお金も持ってて高級車も乗り回している。そういうイメージですよね?だから今この時代に、そこを隠して綺麗ごとを描いたんじゃ、誰も見向きもしれくれないですよ。なのでそれを自ら認めたうえで、人間が成長する話にしなければ意味がない。そういう意味で、当初書いたシナリオは生臭坊主を強調するがためにずいぶんと意地悪なシナリオになってしまったんです(笑)。そのことは、青年会のみんなとも一致した意見でした。ただ、実際に福島で被災した青年会の人たちと話をしていく中で、僕らの思いも変わっていったんです。たとえば、震災直後一番必要とされたのは軽トラだったという。現地のお坊さんたちは、消防の人たちとともに、ご遺体を掘り起こして軽トラにのせ火葬場に運ぶ。あまりのご遺体の多さに火葬場は追い付かず、お坊さんたちがそこでお経をあげ、またご遺体を探しにいく。そういう話を聞く中でレクサスは軽トラに変わっていった。彼らとの信頼関係が深まるにつれて、また脚本も変化していったわけです。因みにいうと、レクサスはちゃんと探してくださったんですけどね。

 僕たちはたしかに脚本を書いて彼らに演じてもらうけど、こっちが考えたものを無理にやってもらうだけではなくて、必ずお互いに納得したうえでその都度柔軟に変更も加えながら作っていく。商業映画はそのスケジュールや都合に人を合わせながら作っていくけど、僕たちの場合は映画が人に合わせにいくんです。

――いわゆる一般の人たちに自分に近い役を演じてもらうなかで、これはとても演じられないとか、相手が嫌がって揉めたりすることはないんでしょうか?

富田 もちろんありますよ。僕らの映画作りにおいては、常に付きまとう問題です。でもただ強引に押し切るんじゃなくて、わかってもらえるまで話をする。やっぱり実際のエピソードがゆえに、そこをないがしろには絶対にできないですね。

■人間には信仰は絶対に必要だと思っている

――信仰の問題ってすごくデリケートでもあると思うんですが、監督にとって、自分の信仰とか宗教については明言できるものなんでしょうか。

富田 現在の世界情勢を見渡した時に、信仰や宗教は時に戦争の火種になりうるし、人が敬遠するのも仕方がない。でも、戦争や争いの原因になってしまっている段階の宗教は、その本来の大事な部分とはまったく関係がないですよね。大概、政治的に利用されている。でも僕は本来人間に信仰は必要だと思っています。信仰っていうと大げさに聞こえますけど、仏教って実はすごくシンプルで論理的ですよ。たとえば曹洞宗の「典座教訓」でいえば、人間の体を作っているのは食物だ。その食物は自然の循環の中から生まれる。つまり、我々もその循環の一部である。だから食をはじめ日常のすべての振る舞いを粗末にしてはいけない。そんな当然のことに気づくだけでも気が楽になるじゃないですか。まずは、気が楽になる、それはすごいことですよ。現代の日常にあって、気が楽になることがどれほど難しいことか。

 信仰って魔法じゃないですからね。コンクリートに囲まれ、パックされたものをスーパーでしか買わない世界に生きていると気がつけないことに気がつくことなんですよ。種と土と水があれば植物は生えてくるとか。

 青山老師に「悟りってなんですか」って単刀直入に聞いたんです。そうしたら、「悟りっていうのは何か途方もない智慧を得るということじゃない。何故私がここに今存在しているのかという当然のことを知る、当たり前のことを知覚するということなんですよ」と。

――曹洞宗の方たちと一緒に作った映画ではあるけれど、一つの宗派に限らず、信仰とは何か、というシンプルな問いに行き着く作品でもあるんですね。

富田 あとは老師が「一人でいいから本物に立ち上がってほしい」と仰った。仏教って、ともすると一人で静かに座して帰結するしかないみたいなイメージもあるけど、老師は「立ち上がれ」って言う。それが僕は嬉しかったんです。国家権力が悪びれもせずに嘘をつきとおし、それを人々が見て見ぬふりをしながら己の利益だけを追求する、そんな腐敗しきった現在の日本にあって、一人一人が、立ち上がっていくしか道はないのだと思っています。

とみたかつや/山梨県甲府市出身。2012年「サウダーヂ」で毎日映画コンクール日本映画優秀賞、監督賞、16年「バンコクナイツ」で第69回ロカルノ国際映画祭・インターナショナルコンペティション部門で若手審査員賞受賞。

INFORMATION

『典座 -TENZO-』
10月4日(金)よりアップリンク吉祥寺・渋谷にて公開!以降全国順次
出演:河口智賢、近藤真弘、倉島隆行/青山俊董
監督:富田克也
http://sousei.gr.jp/tenzo/

(月永 理絵)

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