追悼・金田正一 愛すべき“カネやん”のヒヤヒヤするけど憎めないエピソード

追悼・金田正一 愛すべき“カネやん”のヒヤヒヤするけど憎めないエピソード

金田正一さん ©文藝春秋

 金田正一さんが亡くなった。享年86。現役時代は国鉄スワローズ〜読売ジャイアンツを通じて通算400勝298敗、365完投、奪三振4490、投球回数5526と2/3。打者としても38本塁打(うち2本は代打)を放ち、ピッチャーなのに8回も敬遠されるなど、叩き出した数字のすべてが規格外。まさに球界のレジェンドオブレジェンドである。

■観る者をヒヤヒヤさせる「カネやん」の記憶

 記録以外にもその徹底した健康管理術や走り込みを中心とした練習法など逸話の多い金田さんだが、引退したのは50年前の昭和44年なので、現役時代を知る方は若くても50代後半以上ということになる。それより下の世代の野球ファンにとっては、何かというと判定に抗議し、乱闘騒ぎをしょっちゅう起こし、時には審判や相手選手に蹴りを入れた2度のロッテ監督時代、自らが立ち上げた名球会入りする選手に記念のブレザーを着せてあげる姿、そしていつも豪放磊落にふるまう解説者およびタレントとしての「カネやん」の方が記憶に残っているのではないか。近年こそ機会は減ったとは言え、CMやトーク番組、たまに『サンデーモーニング』に出演しては相も変わらずの歯に衣着せぬ発言で観る者をもヒヤヒヤさせていた。カネやん出演時はハリーこと張本勲さんの口数が少なくなってしまうほどだった。

 現役時代から口が達者で交友関係も広かったカネやんだけに、引退後はお決まりの野球評論家の枠に納まりきる訳もなくプロダクション〈カネダ企画〉を立ち上げるなど幅広く活動する。そのひとつが報知新聞(現・スポーツ報知)に連載していた各界の著名人との対談企画。実に40名との対談の模様が『失礼!金田です』(昭和46年、報知新聞社刊)という本にまとめられているのだが、これがめっぽう面白く、タレント・カネやんの礎になった感があるので追悼の意を込めて読み返してみたい。

■「お嬢、きょうはイヤにきれいに見える」と、美空ひばりにキス

「カネさんがまた本を出した。いったいあの人はもの書きなのか、野球評論家なのか、本職はなんだろう」と長嶋茂雄が推薦文で述べる通り、これはカネやんにとって3冊目の著書。過去2冊で幼少時からの思い出話や持論を好き放題に書いているのに比べ、対談ともなるとさすがのカネやんといえどもやや身構えていたようで「触れてもらいたくないことを、いきなり切り出してはめちゃくちゃ。最初から決め球を投げて、ピッチングを苦しくするのと同じで、インタビューも頭を使わなくてはならない」とそれなりに気を遣っている様子なのだ。

 しかしそこは「天皇」の異名を取った400勝男。一世を風靡したプロボウラー中山律子に「一番先に聞きたいそのことを、一番最後におそるおそる」と遠慮しつつも生理について尋ねたり、歌手の藤圭子(当時18歳)に「自分の顔いいと思う?」と悪気もなく聞いたりと本領をいかんなく発揮する。デザイナー森英恵の回では「女性はハダカのときが一番美しい」「そのハダカの上にものを着せようとする人など、知るわけがない」と対談前の印象を語り、そのくせ会うなり森からネクタイをプレゼントされ、体格と顔を褒められると「ヒップのあたりがムズムズして、どういう顔をしたらいいのか、どうお答え申し上げたらいいのやら」と恥ずかしがり、返礼にネクタイを4本も購入してしまう。さらにカネやんがファンだと言う作家・山岡荘八の回では、作中のラブシーンについて「即物的なのは読んでどうということはないのに、先生のを読むと自然にズボンのあたりが突っ張ってしまって……」と告白。カネやんの純な一面が垣間見える。

 驚くべきは「この対談の謝礼は、現金では失礼なので、みんなスコッチ・ウイスキー」という点。いやそこは現金でしょ!と思うが誰だってカネやんからウイスキーを差し出されたら貰わざるを得ない。そんな調子だから昔から「妹みたいな存在」で、昭和43年発売のシングル『男の腕』で曲中セリフにも参加している大スター・美空ひばりとの対談では「会う前の宴席でいささかピッチをあげすぎてしまった」挙句、酔っぱらって約束の時間に15分も遅刻。さらには「お嬢、きょうはイヤにきれいに見える。酔ってるせいかな!」と耳元にキスまでしてしまう。これがスポーツ新聞に載ったのだからおおらかな時代である。

■最高の場面は「カネやんの背中に馬乗りになる一茂」

 他にも渥美清から若き日の苦労話を聞きだしたりと読みどころの多い『失礼!金田です』だが、極めつけは当時5歳の長嶋一茂との対談。「カズシゲ君、遊びましょ」と長嶋家を訪ねて行ったはいいがまだ幼稚園から帰ってきていない。しばらく待機した後にいきなり「オース!」と勢いよく帰宅すると、「バカたれ、おまえたちい!」と取材陣に言い放つ一茂。これには百戦錬磨のカネやんも「いや参りました。巨人のころはオヤジ(注・茂雄)のものに動じない“殿様”ぶりにも参ったが、若殿は大殿以上の大物だ」とタジタジ。その後も「大きくなって選手? いやだよう。絶対にならない」と断固野球選手になりたくないと主張し、カネやんの背中に馬乗りになる一茂。その後の一茂を思うとあらゆる意味で最高の回になっているのだ。

 この企画がきっかけかどうか、その後も幾多の芸能人との対談をこなし、週刊ポストでは『カネやんの美女対談 秘球くいこみインタビュー』を連載。本人も「これのおかげで野球殿堂入りが10年遅れた」と嘆くほどのエロ絡みの際どい質問を山口百恵やピンク・レディーらに浴びせ、同じくポスト誌上では自らカメラを手にとりポルノ女優のヌードグラビアまで撮っていたカネやん。そういえば今は亡き愛川欽也司会の日本テレビ『木曜スペシャル 世界ビックリ大賞』で超ビッグサイズの女性のバストを嬉しそうに持ち上げていたこともあった。1980年代にはそんな「巨人びいきで腹立たしいけどどこか憎めないエッチなおじさん」だったカネやんは、何歳になってもバイタリティ溢れるおじいちゃんで、ずっと元気でいてくれると思っていた人も多いのではないか。

 金田さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

(黒田 創)

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