【日本ハム】井口引退試合は、パ・リーグファンの一生の宝物だ!

【日本ハム】井口引退試合は、パ・リーグファンの一生の宝物だ!

©えのきどいちろう

■あの日はみんな「いかれぽんち」だった

 今年、見に行ったなかでいちばんすごかった試合だ。文句なしだ。数日たっても余韻が続いている。「すごかった試合」はあの継投がポイントだったとか、あの代打策が明暗を分けたとか、簡単に情報処理できるものじゃない。ああ、とバカみたいにしばらく感じ入ってるしかない。知恵熱が出る一歩手前だ。

 僕が井口資仁の引退試合に関して書いておきたいのは「いかれぽんち」ということだ。他ならぬ僕が「いかれぽんち」だった。そしてZOZOマリンに詰めかけた3万人超が「いかれぽんち」だった。のみならず球場外で大型モニターを見つめた大勢のファンが「いかれぽんち」だった。おそらくそれはチケットを買いそびれたもっと大勢のファンにも共通している。彼らはテレビ中継を通してパ・リーグTVの動画配信を通して「いかれぽんち」の一大山脈を築いたのだと思う。

 井口資仁にしびれて。

 当日は「東京ゲームショウ2017」(幕張メッセ)の最終日も重なって、海浜幕張駅は大混雑だった。が、ZOZOマリンへ向かう人はすぐわかる。もちろんユニホーム姿もあるけれど、表情が違うのだ。屈託なく秋の日曜日を楽しむ感じの人はほぼいない。別れの日だ。ついにこの日が来た。一歩、スタジアムが近づくごとに井口引退が取り返しのつかない現実になっていく。

 球場外にはパブリックビューイングが設けられ、早くもごった返している。引退記念グッズのブースに長蛇の列が延び、既に売り切れのアイテムが出ている。入場ゲートでは井口の顔と背番号「6」とを表裏にあしらった応援ボードを配布していた。よく見ると、どの回のどのタイミングでボードのどっち面を掲げるか指示してある。綿密にシミュレーションした気配だ。ロッテ球団は大スターの引退を盛り上げるべく、その準備に心血を注いできたのである。

 それはロッテの選手らが全員、背番号「6」を付け、また始球式にお嬢さんの井口琳王(りお)さんが登板するという2つのサプライズでいっそう鮮明になる。特別な日なのだ。誰もが最高の一日になるといいと願った。スタンドはセンチメンタルな熱量をたたえている。観客ひとりひとりの胸にダムがあって、そこに思い出や感謝や寂しさが貯蔵されている。球団関係者は緊張している。無事にやり切れるだろうか。「井口との別れ」をファンが一生の宝として大切にしてくれるように。やり直しのきかないこの日を走り切れるだろうか。

■何が起きるかわからない不穏な空気

 僕はファイターズファンだ。上層階の3塁側内野自由席でこの試合を見た。井口資仁を観客席でずっと見てきた。東都リーグでは青学の強打者として。プロ入りしてからは福岡ダイエーの若鷹として。アメリカ帰りの後は千葉ロッテの主砲として。痛打を食らった思い出しかない。特にメジャー経験を経て身体が大きくなってからは、ハンパない存在感だった。リストの強い右打ちは落合博満を思わせる。マリンの海風がなかったらもっとスタンドまで運ばれていたと思う。今日は長年の敵とお別れに来た。

 井口は6番DHだった。クリンアップは鈴木大地、角中勝也、福浦和也。いい並びだ。先発投手はロッテが涌井秀章、ハムが千葉出身の高梨裕稔。僕は高梨はラッキーだと思った。この雰囲気のなか、オール背番号「6」のロッテ打線と勝負できるのだ。井口資仁と対決できるのだ。それはプロ野球選手の勲章ってやつだ。という意味ではスタメンに名を連ねたワカゾーたちは忘れ得ぬ経験をした。ひたむきに打ち込めば野球選手はこんなリスペクトを受けられるのだ。それは言葉でいうより現場にいたほうが一発で理解できる。

 涌井が完璧だった。本当に気持ちのこもった球を投げている。僕は途中まで完全試合を食らうんじゃないかと心配した。三振の山だ。きりきり舞いだ。井口は2回裏の第1打席、いきなりレフトへヒットを放つ。球場のテンションがずっと下がらない。3回先頭の加藤翔平がライトスタンドに5号ソロを叩き込む。これ、まさか1-0で完全試合とかノーヒットノーランになるやつじゃないだろうな。

 が、よく考えてみたら球場のテンションが高過ぎた。序盤からこれだけ騒いでるなかで投げたらアドレナリンが出まくって、つい飛ばしてしまう。「背番号6の涌井」は大記録を達成しないのじゃないかと思った。5回表、中田翔がセンターに初ヒットを放ち、ひとまずホッとしたのだ。涌井は通算1500奪三振を記録し(あ、大記録を達成していた!)、花束を受け取った後、6回になって変調をきたす。最初、左手の指がつって、いったんベンチに下がった後、投球練習を始めたら今度はふくらはぎがつって降板だ。涌井は無念そうだったが、それだけ特別な雰囲気の試合だったということだ。

 涌井の降板はこの試合、何が起きるかわからないぞという空気を醸成する。僕は球場のわさわさした不穏な空気が大好きだ。不穏な空気を深呼吸する。何が起きるかわからない空気を肺に入れる。この空気を吸うから生きていられる。7回、中田のタイムリーで同点、レアードのタイムリーで逆転。8回は西川のタイムリー3塁打でダメ押し。2点差つけて9回裏のマウンドは抑えの増井浩俊だ。万全の継投策だ。ただ9回は井口に打席がまわってくる。

■井口の同点弾 おさまらないどよめき

 先頭の代打・清田育宏が初球を打って出塁した。ウグイス嬢・谷保恵美さんのハイトーンがこだまする。「6番指名打者、井口」。井口は足場を固め、バットを回転させるルーティンだ。コールは「ホームランホームラン井口!」が5回。初球はファウル。そして応援歌が始まる。

 井口打て 井口打て ララララララ
 井口打て 井口打て ラララララララ
 井口ヒット! 井口ヒット! 井口ヒット! 井口ヒット!
 
 球場全体が声を揃える。井口はバットを寝かせて構える。あちこちで背番号「6」のボードが何万と揺れている。ボールが2球。トランペットと太鼓が曲調を変えた。

 打て井口! たのむぞ井口! 打て井口! たのむぞ井口!

 増井は全球ストレートだった。第4球は149km。井口はバットにのせて押し込んだ。打球は弾丸ライナーでバックスクリーンのやや右、ライト自由席のマリーンズファンの只中へ飛び込む。同点ホームランだ。ZOZOマリンが爆発した。見渡すかぎり球場全体が「いかれぽんち」になった。叫ぶ。飛び上がる。足をバタバタする。抱き合う。泣く。バンザイする。何度も何度も井口の名を呼ぶ。ずーっとどよめきがおさまらないんだよ。あの「いかれぽんち」はすごかった。

 試合はご承知の通り、延長12回裏、鈴木大地のサヨナラヒットで決した。文字通り、井口資仁と惜別する「サヨナラゲーム」というわけだ。世間には9回裏、全球ストレート勝負を挑んだ増井を云々する向きもあると聞く。そこら辺は野球観だなぁ。僕は増井は生きた球を投げてあっぱれ、井口も今季フェンス前でおじぎしてた当たりをスタンドインさせてあっぱれ、という感じだ。ていうか、あの時空のなかではどんな球種でもやられた気がする。フォークも落ち切らず、魅入られたように真ん中の半速球になったんじゃないか。

 井口選手、21年間おつかれ様でした。まだしびれていて、あの日のショックから立ち直っていません。カッコ良かったなぁ。スピーチで言われた通り「最高の野球人生」でした。あなたと同時代に生きて、(最後まで)痛打を食らったことは、たぶん幸運というものです。野球は素晴らしい仲間や強敵がいなかったら、そもそも成立しないものだから。

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(えのきど いちろう)

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