オカンといっしょ #6 Gold(前篇)「学校で一番可愛い女の子と手を繋いで帰って行く彼を、僕はただ眺めてた」

オカンといっしょ #6 Gold(前篇)「学校で一番可愛い女の子と手を繋いで帰って行く彼を、僕はただ眺めてた」

オカンといっしょ #6 Gold(前篇)「学校で一番可愛い女の子と手を繋いで帰って行く彼を、僕はただ眺めてた」の画像

「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

?

 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。今回は、高校生篇です。

◆ ◆ ◆

 世界が揺れている。

 高校の帰りにチャリの前輪がパンクした。そのままチャリを走らせると、タイヤが地面から跳ね、震度5の地震くらい揺れる。仕方なくチャリから降りて、押しながら帰っていると、後ろの方から声がした。

「おー、久しぶりやなー」

 振り返る。声の主は、かつて僕が通っていた中学のスターだったヘヴンだ。

「お前、毛伸びすぎやろ? 一瞬、分からんかったわ」

 ヘヴンが学校で一番可愛い女の子と手を繋いで帰って行くのを、校門で眺めていたあの日から、もう一年が経っていた。ヘヴンの髪は短髪になっていて、髭を生やし、作業着を着ている。

 変わったんはそっちも一緒や。話しかけられへんかったら、気付かんかったわ。
ヘヴンは、僕が着ている高校の制服を一瞥すると、「ダサいのう」と笑いながら言った。

 この街の真ん中には、電車の踏み切りがある。その踏み切りを超えてあっち側に行くと、街並みは一気に、高層ビル群が立ち並ぶ、コンクリートジャングルになる。
あっち側がコンクリートジャングルだとするならば、こっち側はただのジャングルだ。

 踏み切りのこっち側の街は昭和のままストップしている下町で、もう少し奥に行けばスラム街があった。この両者の違いは、自販機で売られているジュースの値段にあらわれている。

 あっち側の自販機は、120円。こっち側の自販機は、50円。僕はこっち側で育ったから、あっち側の120円の自販機で、平気でジュースを買う奴らをイカれていると思っていた。

「マジでその制服、ダサすぎやろ?」

 僕が通う高校の制服は、エメラルドグリーン色のブレザーだった。その高校は踏み切りのあっち側にあった。こっち側にいる人間は、よく、あっち側の高校の制服をバカにした。こっち側にある高校の制服は普通の黒い学ランだから、この制服を着ているだけで、あっち側の高校に進学した事が一目で分かる。

「で、……あっち側の高校はどうや?」

「まあ、クソやな」

「皆、ボンボンの家のガキばっかなん?」

「うん」

 120円の自販機のジュースを、平気で買いよる。

「でも、マジでようそんなん着るなー」

 何回もしつこいわ。もう、制服がダサいのは分かったっちゅうねん。オレがデザインした服ちゃうねんから、オレに言うなや。好きで着てると思ってんのか? ダサいの分かった上で、しゃーなしに着てんのじゃ。

 あっち側では、この制服をバカにする人間はいない。それどころかクラスメイト達は、こっち側で、自分たちがこんなにも嘲笑の的にされている事にすら気づいていない。この制服が恥ずかしい事を知っているのは、こっち側で育った人間だけだ。

 登校時はこっち側の人になるべく見られないように、家からあの踏み切りを超えるまでは自転車を全力で漕いだ。下校時は、踏み切りを超えてから帰宅するまで高速でチャリを漕ぐ。パンクしたのは、その道中の事だった。

「なんで、チャリ押してんの?」

「さっき、パンクしてん」

「ほな、一緒に帰ろや」

 そう言うとヘヴンは、『ウコンの力』の容器を取り出し、ゴールドの容器の真ん中に押しピンで穴を開け、その上にゴミのような物を乗せた。

「何してるん?」

 ヘヴンはライターを取り出し、そのゴミに火を点けた後、容器の飲み口から思いっきり吸い込んだ。いやマジで、何してんの?

「マリファナ」

 ヘヴンは、黄色い煙を吐きながら言った。

「先輩にもらってん」

 そう言うとヘヴンは、白い歯を見せて笑った。顔のパーツだけじゃなく、歯並びさえ綺麗に整っている。たいていの人間はガタついた歯並びで、その歯と歯の隙間からため息を漏らす。こっち側の街には、そのため息が充満している。

「ポリおったら、教えてや」

 今のヘヴンを遠くから見ると、『ウコンの力』を飲んでいるようにしか見えない。

 小学校高学年になると、クラスメイト達は皆、タバコを吸いだした。だけど僕は、吸う気にはなれなかった。母がヘビースモーカーで、いつも換気扇の下でキャスターマイルドを吸っている姿を見て連想したのは、動物のドキュメンタリーで、親ブタの乳首を必死でしがんでいる子ブタの映像。タバコを吸うという行為はアホにしか見えなかった。

「なんでそんなん吸うん?」

 一年前はタバコだったのに、それが今ではマリファナに進化していた。

「別に大丈夫やで? タバコより中毒性ないし、合法の国だってあるねん」

「そうなん?」

 ヘヴンの口の隙間から漏れる黄色い煙は、真夜中ずっと黄色のまま点滅してる信号機と同じ色をしていた。

「これやった状態で、オレンジジュースとか、グミとか、食べてみ? 凄い事になるで? 口の中がパーティみたいやねん」

 こっち側にある、黒い学ランの高校に進学したはずの彼が、なんで作業着を着てんねやろ?

「あと、アレも最高や。アメリカのカラフルな、いっぱい入っとるチョコ。アレ、名前なんやったっけ?」

「M&M'S?」

「それ」

 解体工事が行われている建物の横を通る。工事現場のオッサンが鈍臭くて、たまに上から、ネジが落ちてくる。気をつけろや、オッサン。オレらに当たったらどないすんねん?

「ここ、普段、俺が解体してんねん」

「えっ? 高校は?」

「やめたよ。ガキ、できたし」

 ヘヴンがアイスと手を繋いで帰って行く光景が頭に浮かんだ。

「えっ? 二人ともまだ16歳やろ?」

「いや、相手、アイツちゃうで?」

「誰なん?」

「アイツと別れてから、付き合った奴や。年も二十歳やし」

 二十歳なんて、想像もできないくらいずっと先だから、まるで、とんでもなくババアのように感じた。

「ていうか、お前、高校なんか行く意味あるん?」

「無いと思うわ」

「じゃあ、なんで行ってんの?」

「オカンが行けって言うし」

「ダサっ」

 確かにダサい。ダサいのは、制服だけじゃない。オレそのものが、この制服と同じくらいダサい。

「お前くらいやで? アホみたいに高校行っとる奴」

「えっ? ホンマに?」

「門番は新聞配達なったし、ドクターはローソンで働いとるし、マンハッタンはラーメン屋で修行しとるし、ドテチンは工場や」

 工事現場を抜けると、工場地帯が立ち並ぶ。ここらへん全体がオイルの臭いに支配されている。ドテチン、今はここにおんのか。

「ドテチン、工場で働いてる時な、機械で指が二本吹っ飛んでんやん? だから、しばらくは、働かんでも生きていけるみたいや」

 母から聞いた話によると、僕のおじいちゃんも、工場で働いていて、事故で片手の指が4本吹っ飛んだらしい。それを手術でくっつけ直したから、指がずっと歪に折れ曲がった状態で生きていた。あの世ではちゃんと元どおりの手に戻ってるんかな?

「前見かけた時な、ドテチン、ずっと指飛んだ方の手で、ボールをギュウギュウしとってんやん? 握力を取り戻すための訓練らしい」

「へー」

「でも、アイツやったら握力なくても、オナニーには困らんな」

 ドテチンは、自分で自分のチンコをフェラ出来るらしい。その事を、皆に自慢していた。聞かされた時は、それをしているシーンが頭に浮かんで吐きそうになった。

 工場地帯を抜けると、ボロい家だらけの集落が出現する。畑もちらほら残っていて、野良猫が腐る程おる。あっち側の奴ら、ここやったらタダやのに、なんでペットショップで猫買うんやろ? 脳みそあらへん。

 この地域を走る道路では、車に轢かれた野良猫の死体をしょっちゅう見る。あの猫の死体、一体誰が片付けてるんやろ?

◆ ◆ ◆

つづく(※小説「オカンといっしょ」は毎週金曜17:00に公開します)

(ツチヤ タカユキ)

関連記事(外部サイト)