今泉健司四段が語る「YouTuber棋士・折田翔吾さんのプロ編入に必要なもの」

今泉健司四段が語る「YouTuber棋士・折田翔吾さんのプロ編入に必要なもの」

8月30日、フ?ロ編入受験資格を得て囲み取材を受ける折田翔吾アマ ©?相崎修司

 ユーチューバーとしても知られる将棋のアマチュア棋士、折田翔吾さんがプロ棋士を相手に10勝2敗の好成績を挙げ、プロ編入試験の受験資格を満たした。そして折田さんは受験を表明し、9月17日、正式に編入試験が行われることが決まった。

 試験内容は時の若手プロとの五番勝負。対局順に黒田尭之四段、出口若武四段、山本博志四段、本田奎四段、池永天志四段と対局を行い、3勝すれば合格。2020年4月1日付でプロ(四段)としてデビューすることになる。

■映画化された60年ぶりの「プロ編入」

 プロ棋士になるためには、その養成機関である新進棋士奨励会を突破する必要があるが、過去にはいくつかの例外があった。特例によるプロ入りとして、まず挙げられるのが1944年に付け出し五段としてデビューした花村元司九段である。のちに花村は棋界のトップ10ともいうべき順位戦A級まで登り詰め、また師匠としても森下卓九段や深浦康市九段らの名棋士を輩出した。

 花村のプロデビューからおよそ60年後の2005年に、アマチュアからのプロ入りを果たしたのが瀬川晶司・現六段である。瀬川は以前、奨励会を戦っていたが年齢制限により三段で退会。その後アマとして対プロ棋士の公式戦で7割以上の勝率を挙げ、また日本将棋連盟の機関誌である『将棋世界』にて「プロになりたいんです」と意思表明をした。

 この2つの出来事がきっかけで、当時の日本将棋連盟会長であった米長邦雄永世棋聖が瀬川のプロ試験実施に動いた。そして2005年11月、試験に合格した瀬川はプロ棋士となる夢をかなえた。一連の経緯は「泣き虫しょったんの奇跡」(原作:瀬川晶司)として映画化もされている。

 瀬川のプロ入りの結果、現行のプロ棋士編入試験と奨励会三段リーグ編入試験の制度が正式に導入される。前者はアマチュアもしくは女流棋士がプロ公式戦に参加して、10勝以上かつ、良いところ取りで6割5分以上の勝率を挙げれば受験資格を得られる。また後者はアマチュア6棋戦(アマ竜王戦、アマ名人戦、朝日アマ名人戦、アマ王将戦、赤旗アマ名人戦、支部名人戦)のいずれかに優勝すれば受験資格を得ることができる。

 この制度の双方を受験し、ともに合格したただ1人の人物が今泉健司四段である。かつての今泉も奨励会員としてプロ棋士を目指したが、年齢制限により三段で退会。その後アマチュアとして活躍しアマ竜王戦、アマ王将戦を制覇、三段リーグ編入試験を受験し合格した。

 しかし三段リーグでは再び挫折し、退会。それでもくじけず、今度はアマチュアとして対プロ公式戦で好成績を挙げプロ編入試験の受験に至り、ついに悲願を成し遂げた。

 折田アマも三段リーグ経験者という意味では先輩2人と共通点がある。そして現行制度のプロ編入試験では今泉以来、2人目の挑戦者となる。折田アマのプロ編入試験について今泉に語ってもらった。

■僕が勝ち星に貢献したのも何かの巡り合わせでしょうか

――折田さんがプロ編入試験を受験することが正式に決まりました。

「資格を得たことはすごいと思います。僕と瀬川さんが(折田さんの)勝ち星に貢献したのも何かの巡り合わせでしょうか。棋士としては情けないことで、悔しいことだけど、折田さんの成績は大したことですよね。プロ相手に10勝2敗ですから。プロの視点としては、アマプロ戦は絶対にやりたくない。切実にそう思いますよ。以前、ある棋士に言われたんですが『アマチュア今泉とは絶対にやりたくない。プロになったら喜んでやりたいけど』と。アマチュア側は、基本的にはのびのび指せるんですよ。そういう意味では折田さんも同じでしょう。奨励会三段とプロ四段の実力差はないに等しいです」

――かつての今泉さんはアマに転向後、初めて参加したプロ公式戦の竜王戦で3連勝しました。また当時は、瀬川さんがアマチュアとして史上初めてA級棋士(久保利明当時八段)に公式戦で勝ち、大きな話題になったころでもありました。

「そうなんだ、当時は全然知らなかったですね。自分のことでいっぱいいっぱいだったので。瀬川さんの意向を知ったのは『将棋世界』での意思表明です」

■編入制度が決まる前に会社を辞めた

――そのあとは割とポンポンという感じでプロ試験実施まで進みました。

「すごいと思いましたよ。奇跡が起こったとしか思えません。でも、それは瀬川さんの人徳ですね。無類の好人物だからこそ、皆が彼の背中を押したのでしょう」

――瀬川プロ誕生の瞬間を今泉さんはどのように見ていましたか。

「こんなことが実現するのかと思いましたよ。私は年齢制限で奨励会を退会しましたが、実力が足りなかったとは思いませんでした。瀬川さんが切り開いてくれたなら俺もやるぞ、という気持ちでしたね。でも制度が決まる前に当時勤めていた会社を辞めたのは、今にして思うと恐ろしいまでの単純衝動でした(笑)」

――その後は再び三段リーグを戦い、そちらでは挫折しましたが、めげずに対プロ公式戦で10勝4敗の成績を挙げ、プロ編入試験の受験資格を得ました。

「試験を意識したのは9勝目です。ですが意識したことを公言するのはプロの先生に対して不遜だと思いました。資格を得るまでは絶対に何も言わないと決めていました。プロ棋士に勝つのは大変で、その皮算用をすることは自分にはできません。あとはプロ公式戦に参加するため、アマ大会で好成績を挙げるのが大変です。折田さんも今回のチャンスで決めていないと次があるかどうかわからなかったでしょう。三段リーグ経験者でも、現在のアマチュア大会は地区予選を抜けるのも容易ではありません」

――プロ試験では2連勝のスタートでした。

「それからのほうが妙にプレッシャーがかかりましたね。『次で決めたい』と思ったことで、邪念が入ったようです。『勝ちたい』というより『こんなにうまくいっていいのか』という余計なことを考えてしまいました。そうなるとうまくいかないように設計されているのが僕の人生です」

■「今泉さん、まだ何も終わっていませんから」

――果たして、王手をかけた後に1敗しました。

「3局目も勝ちがある将棋でしたから、それは痛かったですよ。でも僕の場合は周りの方々がすごくいい空気を作ってくれました。やや時間が戻りますが、試験の権利を勝ち取った瞬間に、まったく縁もゆかりもない人が『今泉さんを応援する会』を作ってくれました。のちに私が書籍を出す時にも大きく力になってくれた方ですが、『こういうことはレールを作って既成事実みたいにしちゃうのがいいんだ』と言われたことがすごく印象に残っています。本当にありがたいですね。

 また1敗した時の自分はこの世の終わりみたいに落ち込みましたが、『今泉さん、まだ何も終わっていませんから』と声をかけてくださる方がいました。毎日新聞の将棋担当を務める山村英樹記者です。将棋界の大ベテランにそう言ってもらえたのはすごくうれしかったですね。皆さんの一言一言が自分の力になったなと改めて思います。色々な人に救ってもらえたとしか思えない人生です」

――今泉さんにとって、プロにまであと1勝という状況は三段リーグでもあったことでした。

「あのときも、皆が応援してくれていたのは間違いないです。でも当時の僕にはそれがわからなかった。救いの手が見えていなかったんです。もちろん盤に向かえば頼れるのは己の力のみですが、自分が一人ぼっちで戦っているとしか考えていなかった。だから負けたんだろうなと思いますね」

■折田さんには色々なものを味方にしてほしい

――運命の4局目へ臨むにあたっての心境は?

「書籍にも書いたことですが、自分の中の毒を出すことをひたすら繰り返しました。口に出すのではなく、ノートに書くことで感情をコントロールするんです。3局目を負けたのはすごくきつかったものの、自分の心が整理されたのが大きかったです」

――果たして第4局に勝利し、夢を実現されました。直後に将棋会館そばの中華料理屋で行われた祝賀会には、私もご一緒させていただきました。

「あの時はすごかったでしょ。テレビのニュースで大きく扱われた時はびっくりしました。周りの皆さんがいい空気を作ってくれたおかげです」

――改めて、折田さんをはじめ、これから編入試験を目指す方々への言葉をお願いします。

「やはり『人』です。繰り返しますが、僕は周りの人に助けてもらった、1人では受からなかったと思います。自分は周りにそのような空気を作ってもらえました。

 折田さんがそのような空気を自ら作らないといけないのでは大変だと思います。でも、それができたからここまで来たのかとも考えますね。折田さんに受かってもらいたいと思う人が多いのと、試験自体に興味がないという方が多いのでは状況が全然違います。これは僕だけではなく、瀬川さんの時もそうでした。折田さんには色々なものを味方にしてほしいと思いますし、彼が多くのものを背負うとまた変わるのではないかとも考えます」

■オジサンも頑張りますよ

 最後に、合格してからの棋士人生について聞いた。

「それからが大変ですよ。若手棋士には『こんなオッサンに負けるか』という気持ちで向かわれてきます。勝負である以上当たり前で、これは将棋界の歴史の繰り返しですね。でも、先日の木村一基新王位じゃないですが、オジサンも頑張ります。今期の僕は7割くらい勝っているし、けっこう頑張っているんじゃないかな(笑)。

 あと、僕は『将棋を通して皆様の笑顔のもとになる』をモットーにしています。失笑でも何でも笑顔を引き出せれば勝ちと思っています。折田さんが夢を実現することで、そこから笑顔の輪が広がっていけばいいんじゃないかなと思いますね」

 写真=佐藤亘/文藝春秋

(相崎 修司)

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