オカンといっしょ #6 Gold(後篇)「中卒って、スーパーの半額シールを人間そのものに貼られるみたい」

オカンといっしょ #6 Gold(後篇)「中卒って、スーパーの半額シールを人間そのものに貼られるみたい」

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「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

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 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。今回は、 前回 に続き高校生篇です。

◆ ◆ ◆

「せや! お前、原付の免許取った?」

「取ってへん」

「何や。この前、原付パクったから売ったろうと思ったのに」

「パクった? あんなデカイもん、パクれんの?」

「めっちゃ簡単やで?」

「そんなんしとったら、捕まんで?」

「せやけど、……金がいるねん」

「ガキ産むのって、そんな金かかんの?」

「せやで。産むのもかかるし、堕ろすのもアホ程かかりよるねん」

 その間もずっとヘヴンは医者からもらった痛み止めの薬みたいな感じでマリファナを吸っていた。その姿はまるでどっかが痛んでいて、それをやる事で、その痛みを和らげているみたいに見えた。

「俺の姉ちゃん、妊娠した時さ、相手に逃げられたから、堕ろす金稼ぐために風俗で働いとってん……」

 その時、ヘヴンは僕の顔をチラ見した後、言った。

「なんじゃ、その顔? 引くなや」

「引いてへんし」

「こんなん、ようある話や」

「姉ちゃん、今はどうしてるん?」

「ガキ3人おるで? 結婚しとらんけどな」

「結婚してへんの?」

「そっちの方がええみたいやな。国から金貰えるし」

 母が勤めている幼稚園は、スラム街にある。だから、子どもを預けに来る親のほとんどが、そんなのばっかりだと言っていた。

「昔、ここに10匹くらい犬連れたルンペンおってさ、ルンペンやのに、犬10匹も飼えんのか? って思って聞いたら、この犬全部、食べるために連れとる言うとったわ」

「マジで?」

「犬って美味いんかな? どんな味がすんねやろ?」

 もしかすると、犬種によって味が違うのかも? ドーベルマンは苦くて、チワワは甘い。僕は、それを聞いて、そんな事を思った。

「なあ、そのルンペンが連れとった10匹の犬、犬種はどんなんやった?」

「全部、柴犬」

 路地裏に、ハゲたサラリーマンが寝ているのが見えた。路地裏ってまるで、大人が倒れこむために作られた場所みたいや。

「なー、女とやるのって、どんな感じなん?」

「小学生か、お前」

 今ではもう、ブルーのカラーコンタクトはしていないヘヴンの本当の目の色は、ここら辺にいる野良猫と同じ色をしている。あっち側には、こんな目をしている奴は、一人もいない。オレは今、どんな目をしてんねやろ?

「女なんか、汚いで? 臭いし」

「臭いん?」

「中学の時さ、ごっつアソコが臭い奴おって、昼休みに図書室で手マンした後の手をさ、ドテチンに嗅がせてんやん? ほんなら、ドテチン、ゲロ吐いてん」

 図書室。僕がよく、星新一を読みに行っていた場所。彼は同じ場所で、そんな事をしていたのか。

「世界が揺れとる」

 ヘヴンは、一瞬フラついた。

「もうちょいしたら、ガキが生まれる」

 そう言うと、『ウコンの力』の容器を、地べたに捨てた。

「どんな怖い先輩もな、ガキの話しとる時だけは表情が緩みよる。ガキはどんなドラッグよりも、中毒性があるみたいや」

 母が押すベビーカーで眠っている時のあの安心感。もうあんな風に安堵する瞬間なんか、一生訪れない。その代わり、今度はそれを与える側に回る。そう覚悟した時に、人は親になる。母も僕がお腹に出来た時、同じように覚悟したんだろう。

 だから、僕は今、ここに存在している。

 人はきっと、生まれてくる自分の子どもを見た時、自分もこうして生み出された事を初めて知る。どれだけ自分をないがしろにしても、与えたい物があると、彼の作業服のポケットにねじ込まれた、軍手が物語っていた。

 サンタクロースが無視して通り過ぎて行くような、こっち側の街。ソリを止めたらトナカイを、ルンペンどもに食われちまう。だけど全部に、人間の体温が宿っている。

 あっち側とは、漂う酸素の味さえ違う。いつも踏み切りを越えて、あっち側に入るたびに、金属に触れたみたいに、ひんやりと冷たい。

「高校なんかやめたい」

 その言葉が何度も出かかっては、飲み込み続けた。奨学金2つ借りて、無理して行かせてもらっている。あっち側の高校に合格したときの、母の喜ぶ姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 だけど、こっち側の奴らを見るたびに、何もかも全部負けた気になるんだ。

「俺、スーパー寄ってから帰るわ」

 なんで高校行ってんねやろ? 将来の選択肢を増やすため? でも、なんでこんな停滞で選択肢が増えんねん? あっち側の奴らよりこっち側の奴らの方が、社会に出た時、絶対使えるのに。せやのになんで、世間的に中卒は冷遇されんねん? この国、めっちゃ気持ち悪くない? そんな事を思いながら、あっち側に属しているオレが一番気持ち悪いな。

「もうちょいしたら、半額のシール貼られよる」

 中卒ってまるで、スーパーのタイムサービスで貼られる半額のシールを、人間そのものに、貼られるみたいや。

 ヘヴンと別れてからまたがった、パンクしたままのチャリ。走らせると、タイヤが地面から跳ねた。

 世界が揺れている。

 次の日、高校に行くフリをして家を出たけど、学校をサボって、図書館に行った。サボると言うと聞こえはいいが、出席日数を計算して、留年しないように、ギリギリのラインで、計画的にサボっている。

「ダサっ」

 昨日、彼に言われた言葉が再び脳裏に響いた。母の行って欲しい道から脱線しないように、形だけの高校生を続けている。こんなにも敗北感でいっぱいの朝はシラフじゃやりきれないと、夢野久作の『ドグラ・マグラ』を借りた。それは、最後まで読んだら発狂すると噂されている小説で、いっそ発狂した方が楽だと思った。

 1日で読破してやると、籠城するために入ったファミレス。出て来たウェイトレスを見て、僕は凍りついた。向こうも、僕を見て言葉を詰まらせた。学校で一番可愛いと言われていたアイスだった。この時間帯にここで働いているって事は、彼女も中退したんかな?

「……こちらのお席へどうぞ」

 平静を装って案内される。世界一ぎこちないウェイトレスと客だ。注文する時、声が震えた。

「……これ」

 メニューを開いて指さしたのは、その中で一番安いフライドポテト。逃げるように、バックヤードに戻っていく彼女の後ろ姿。1年ぶりに、再会したのに、会話一つ交わすことのないこの状況が、あの頃の女子からの評価を表していた。

 元カレが今どうなってんのか、知ってるんやろか? アレだけお似合いで、ピッタリに見えた2人。そんな2人にどれだけ、皆、憧れただろう?

 あの頃の中学は、二人になりたかった奴だらけの建物。あの頃のオレに、なりたかった奴なんか、この世に一人も、おらんやろな。

 アイスは、注文を運んで来る。

 帰り際に、僕の姿を上から下まで一瞥した。

「あっち側の制服やん? ダサっ」

 その時、そんな心の声が、聞こえたような気がした。

 学校で一番可愛いと言われていたから、オレなんかの接客するの嫌やろうなー。その嫌悪感は、あの頃と同じで、彼女の顔に全部出ていた。そんな状況だったから、『ドグラ・マグラ』を開いても、心が乱れて内容が全く頭に入って来ない。

 この世界はオレを発狂すら、させてくれない。大人しく、このまま高校へ行くしかない。今日も、僕は、高速で踏み切りを越える。

 学校のスターだったヘヴンは、肉体労働者になり、学校で一番可愛いと言われたアイスは、ウェイトレスになった。最後に、レジでのレシートの渡し方が、校門の前で、チュッパチャプスのゴミを渡して来た時と同じ感じだったから、僕はあの頃を思い出した。

 こっち側の街の皆に、幸せな未来が訪れますように。

◆ ◆ ◆

つづく(※小説「オカンといっしょ」は毎週金曜17:00に公開します)

(ツチヤ タカユキ)

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