【巨人】鬼屋敷正人、現役引退「高校時代に筋力テスト全国1位に輝いた男のプロ8年間」

【巨人】鬼屋敷正人、現役引退「高校時代に筋力テスト全国1位に輝いた男のプロ8年間」

©時事通信社

■筋力テストで全国1位を叩き出した驚異の身体能力

「高3の時には野球メーカーが実施した筋力テストで、全国5000人くらいの高校球児の総合1位になりました」 

 目の前の男はあっさりとそう言った。えっ日本1位? スゴイっすね……。その分厚い身体にフ?ロ野球選手の凄さを垣間見た。3年前、自分がプロのスポーツライターとして初めてインタビューをしたのが鬼屋敷正人である。雑誌ヤングアニマルで巨人2軍コラムを連載することになり、その第1回として鬼屋敷に話を聞きに行ったわけだ。

 直前の14年11月にジャイアンツ球場で行われた巨人若手vs侍ジャパン21U代表の練習試合スタメンで、3番センター大田泰示、5番サード中井大介と1軍経験豊富な若手選手を差し置いて、いきなり当時23歳の4番キャッチャー鬼屋敷が実現。すかさず「4番……オニヤシキ?」なんて声が観客席から聞こえてくる。違うよ、キヤシキっすよ。数年前にポスト阿部慎之助を期待された男っすよ。とにかくチャンスだぞ、頑張れ。右打席に入る背番号64を眺めながら、そう思ったのを今でもよく覚えている。

 178センチ、84キロの屈強な肉体に、どっしりとした下半身。いかにもキャッチャー体型の鬼屋敷のルーツは、柔道にある。三重県の小さな町で生まれ育ち、小学校時代は柔道と野球の二刀流。得意技は払い腰。幼少の頃、柔道の練習から帰ってくると、父親と巨人戦のナイターを一緒に見るのが日課だった。柔道が嫌いなわけじゃない。ただ、それ以上に野球が好きだった。地元の全校生徒50人の中学校でのびのびと野球を楽しんだ鬼屋敷は、甲子園出場を目指し「小学生の時によく柔道の試合で行っていた」という近畿大学工業高等専門学校へ進学。その強靭なフィジカルはすでに高校レベルを超越しており、前述の通り野球メーカーが球児を対象に実施した筋力測定テストでは、8種目の総合点で全国1位の数値を叩き出した。もちろんこの5000分の1の逸材をプロも放っておかない。背筋力230キロの規格外のフィジカルに加え、遠投118メートルの鬼肩。三重県の高専に突如出現した超高校級捕手の存在に高野連も動く。09年当時、5年制の高専3年生はドラフト対象外だったが、この年からプロ志望届を出していれば指名可能とすることを決定。鬼屋敷正人はその圧倒的なポテンシャルでドラフト制度そのものを変えてみせたわけだ。

■えっ俺? まさかの巨人2位指名

 そして、運命の2009年10月29日。「どこかで自分の名前が呼ばれたらいいな」なんて野球部員たちとドラフト会議のテレビ中継を眺めていたら、巨人から1位長野久義に次ぐ2位指名を受ける。「マジか……なんで2位なんかなあ?」なんつって自分でも驚くほどの高評価。高専出身初のドラフト指名選手として話題を呼び、マスコミは鬼屋敷を巨人次代の正捕手と派手に報じた。だが、1年目からプロの壁にぶち当たる。先輩選手たちのプレースピードや正確性に驚き、さらに金属から木製バットに代わり打撃はどん底状態まで落ちた。2軍でも打率1割台がやっと。もうどう打ったらいいのか分からへん……。ガラスの十代、戸惑いと苦悩の日々。当時の巨人1軍は不動のレギュラー捕手として阿部が君臨、ベンチには実松一成や加藤健といった経験豊富な中堅捕手もスタンバイ。とてもじゃないが若手捕手に付け入る隙はなかった。

 ちなみに鬼屋敷が2軍で過ごしたプロ1年目の2010年シーズンに阿部は44本のホームランを放っている。もはや次元が違いすぎる。長い球史でも40本塁打以上を放った捕手は野村克也、田淵幸一、阿部の3名しかいない。そんなスーパーキャッチャーからポシション奪えなんて酷な話だ。目指す場所が遠過ぎて、そのきっかけすら見えやしない。果たして、自分はプロでやっていけるのか? 一体、いつ1軍に上がれるのだろうか? 2軍で打撃に定評がある同期入団の河野元貴と正捕手争いをするも、お互い伸び悩み数年経過。そして、13年ドラフト1位で2歳上の強肩捕手・小林誠司がチームに加入してくるわけだ。

■26歳、プロ8年目の戦力外通告……

 13年と14年にはそれぞれ1試合ずつ1軍出場した鬼屋敷が最も輝いたのが15年春である。満身創痍の阿部が一塁手へコンバートされベテランの相川亮二をFA補強したものの、89年生まれの小林と“ポスト阿部”の負担をワリカンできる同世代のライバルを育てたいチーム事情。鬼屋敷はこれまで1人でやってきた自主トレを止め、先輩捕手のカトケンや元巨人の鶴岡一成との沖縄合同自主トレへ同行する。長年、絶対的レギュラー阿部のサポート役をこなしながらも、第2・第3捕手として修羅場をくぐり抜けてきた彼らから1軍選手の考え方を学ぶために。ここが勝負とばかりに春季キャンプで猛アピールを続け、当時の原監督からMVPに選出される鬼屋敷。イースタンでは課題の打撃で進歩が見られ、14年打率.160→15年.264と一気に1割以上打率を上げてみせた。しかし、故障にも苦しみ1軍出場は0。それ以降、1軍の舞台に立つことはなかった。

 8年目の今季は背番号64から95へと変更。まさに崖っぷちで迎えたシーズンだったが、出番は3軍戦が中心で2軍でもわずか2試合の出場に終わる。そうこうしている内に93年生まれの宇佐見真吾が台頭。巨人若手ではNo.1と言っても過言ではないパワフルな打撃を武器に1軍定着した売り出し中の大卒2年目捕手だ。気が付けば、5年前は鬼屋敷と河野の次代の正捕手争いと言われていたのが、今や守備の小林と打撃の宇佐見の一騎打ちである。フ?ロ野球はシビアな世界だ。毎年、次から次へと自分を脅かす若い人材が入ってくる。2軍で泥にまみれる若手選手の給料は、同年代の会社員とたいして変わらない年俸数百万円。カネも実績もない20代前半の男はこの世界で一番無力だろう。どんな仕事も1軍に上がってナンボ。ちくしょう、チャンスさえあれば俺だって。そうこうしている内に容赦なく過ぎ行く青い春。

 2017年10月4日、26歳の鬼屋敷は巨人から戦力外通告を受け、翌日のスポーツ新聞各紙ではトライアウトには参加せず現役引退が報じられた。その記事を目で追いながら、3年前の「1軍に出たいですよ。出ないと稼げないですから」と笑っていたインタビューのこと。さらにさかのぼると初めてファン招待が実施された8年前のドラフト会議で指名の瞬間を目撃し、いつかこの鬼屋敷が正捕手になればいいなと帰り道で願ったことを思い出した。

 ファンは応援していた選手が引退すると、球場でその背中にもう「ガンバレ」と言えなくなる。だから、これが最後だ。俺たち、もう終わっちゃったのかなあって、まだ始まっちゃいないよ。26歳じゃねえか。

 第2の人生、頑張れ鬼屋敷。いつかまた、どこかで。
 
 See you baseball freak……

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