貴乃花、半年間の密着インタビューで明かした半生「今の私が発せられる限りの言葉がここにある」

貴乃花光司氏「私の相撲道は続く」 週刊文春の連載をまとめた書籍で心境を語り尽す

記事まとめ

  • 貴乃花光司氏が『貴乃花 我が相撲道』で、明かすことのなかった心境を語り尽している
  • 書籍は、貴乃花氏が自分をいま一度、見つめ直す貴重な契機になったという
  • 週刊文春の連載をまとめた書籍出版に寄せて、貴乃花氏は「私の相撲道は続く」と記した

貴乃花、半年間の密着インタビューで明かした半生「今の私が発せられる限りの言葉がここにある」

貴乃花、半年間の密着インタビューで明かした半生「今の私が発せられる限りの言葉がここにある」

貴乃花光司 ©?文藝春秋

 昨年、衝撃的な形で相撲界を去った貴乃花。角界きっての名門に生まれ、大横綱に登り詰めていく姿は平成の時代を彩った。その一方で数々の騒動の渦中にあり、波乱に満ちた激動の相撲人生でもあった。「ライバル・曙との死闘」「宮沢りえとの婚約と破局」「洗脳騒動の真相」そして「日馬富士暴行事件の内幕」……など。

 今年、「週刊文春」誌上で反響を呼んだ連載を一冊にまとめた本書 「貴乃花 我が相撲道」 では、貴乃花本人が約半年間におよぶ密着インタビューに応じ、これまで明かすことのなかった心境を語り尽くしている。その冒頭を掲載する。

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■人生の新たなステージに突入

 私が日本相撲協会からの引退を表明したのは、2018年の9月末のことでした。あれからまだ1年ですが、もう何年も経ったような気がします。それまでの私には、相撲協会という所属組織があり、貴乃花、そして貴乃花部屋の看板があり、弟子がいて、家族がいました。それらが取り払われ、今はまさしく“一兵卒”として、次の道を歩んでいます。ここに至るまでの経緯を思うと、残念な気持ち、心配な気持ちがなかったわけではありませんが、まとめて「卒業」の時代を迎えたといいましょうか、現在は人生の新たなステージに突入した期待感に溢れています。

 年6回の本場所と地方巡業、日々の稽古や弟子の育成と、1年間の過ごし方が決まっていた力士、師匠時代とは違って、相撲協会を引退してからは、行動範囲がより大きく広がりました。講演や相撲教室などでいろんな地域を回っていると、先々で「何をどう目指してやってきたのか」と、よく聞かれます。誰しも、自分のやりたいこと、叶えたい夢があるはずです。そして、成功するまでの道のりは、必死で取り組むものです。壁にぶち当たったり、挫折してしまった時、あるいは夢を叶えて次の目標を見失った時、立ち返るべきなのは、本当に基本的なことです。今の自分がある環境に感謝の気持ちを持つ。たったそれだけです。それがあるかないかによって、同じ場所に立っていても、見える景色が全く違ってきます。身近に「ありがとう」と言える存在がいる――それは、何を手にするよりも幸せな生き方だと思います。

■葛藤がなかったといえば、ウソになる

 私が長らく身を置いてきたのは、大相撲という勝負師の世界でした。皆が強くなりたい一心で飛び込んできて、猛稽古を積み、それでも関取以上になれるのは、ほんの一握り。ですが、人生という長いスパンで考えた時、一定の地位に到達することだけが成功ではありません。強くなり、地位が上がれば、それに比例して大変な日常が待っています。私の場合、決して望んだわけではないのですが、現役時代、師匠時代を通して、何かと公私にわたって話題にされることの多い人生でした。

 物事には、必ずそこに至る背景や事情が、前段階として存在するものです。話題性のある経過だけがクローズアップされた時、「本当はこうなんです」と、私は自ら発信する場面をあえて作らずに生きてきました。身の回りで起きている事象が切り取られて語られることについて、葛藤がなかったといえば、ウソになります。ただ、報道する側の方々にも理解されない舞台裏があり、誤解や誇張交じりの情報が悪気なく世間の皆さんに伝わっていくのは、もう仕方がないことだよなと割り切っていました。

 私自身は何かを起こすつもりはなくても、結果として、いつの間にか何かしらの対立構図が生み出されていく――。私の行動の大半は、やむにやまれず、そうせざるを得なくなってのものでした。私は常々、志を胸に、淡々とやるべきことをやっていくのみ、その理念を最優先にして生きてきましたから、理解されなかったとしても、後悔はありません。「何十年後かにでも、本当のことを分かってもらえたら、それでいいや」というくらいの感覚でした。

■まずは誰かに真実を伝えておきたい

 一方で、そのためにも、いつかどこかで、自分の生きて来た道、真実の部分を残しておく必要があるだろうなと、なんとなく頭の片隅では考えていたのです。過去にもメディアを通じて、自分の半生を振り返る機会は幾度かありましたが、我ながら決して平坦な道を歩んできたわけではないですし、全てを包み隠さず打ち明けるとなると、相手は誰でもよいわけではありません。

 そんな中、私の半生を連載にできないかと提案してくれたのが、個人的な付き合いのある「週刊文春」さんでした。これまでも折に触れて取材をしていただいたご縁があり、気心が知れている安心感もありました。連載を快諾したのは、公表を前提としてよりも、まずは誰かに真実を伝えておきたい、書き留めておいていただきたいという思いの方が強かったような気もします。

■縁あってかたちになった私の“履歴書”

 本書は、その連載を一冊にまとめたものです。加筆してもらった箇所も多くあります。私がずっと内に秘めてきた事実、心境を、ここまで詳らかに語ったことはありません。相手の立場があり、伏せなければならないことも多々ありましたが、今の私が発せられる限りの言葉が、ここに記載されています。自分がどんな生き方をしてきたのか、いま一度、見つめ直す貴重な契機になりましたし、私自身が外ではどのように映っていたのかを知る、よい機会にもなりました。

 この先は、どんな出来事が待っているのでしょうか。自分の人生って、案外、自分が一番分かっていないものなのかもしれませんね。今はテレビ出演などのお誘いも多くいただきますが、これがずっと続くとは思っていませんし、貴乃花道場の活動を続けつつ、将来の自分がどういった職業に落ち着いていくのかは、全く未知の領域です。

 本書は、人生の大きな節目に、縁あってかたちになった私の“履歴書”でもあります。ご興味があれば、手に取っていただけると幸いです。

令和元年9月 貴乃花光司

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【出版に寄せて――貴乃花からのメッセージ】

謹啓

 私はこの本が出版される約一年前に家業を辞めることになったが、心と胸のうちには、これまで支えられ、恩恵を受けてきた人達への感謝の念が、忘れることなく刻まれている。中でも、この本を書いてくれたのは、これからも一緒に歩幅を合わせてやっていこうと誓い合える、長年の親友と呼べる存在。出版を迎えるにあたり、これまでの人生を間違えていないと思わせてくれた。

 彼には常々、こう伝え、お願いしてきた。「私はいつ尽き果てるかも分からないから、こんな奴もいたと、いつか後の世に遺してほしい」と。彼には、私の人生の概ねを聞いてもらってきた。本に収容できたのは、全体の十分の一ほどかもしれない。それくらい多くを語り合った。私を理解してくれる数少ない親友であるがゆえに、どう書くか、心を砕いたこともあっただろう。しかし、私の来た道のりを、凝縮して一冊にまとめ上げてくれた。

 私の相撲道は続く。彼との次なる約束もある。それらが全て実現できたら、私の役目は終わる。

 最後に、それまで土俵の中ことは任せてくれ!

敬白
貴乃花光司

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【プロフィール】

●貴乃花光司(たかのはな こうじ)

1972年8月12日東京都生まれ。88年藤島部屋に入門。92年幕内優勝を果たす。その後、兄の若乃花と「若貴フィーバー」を巻き起こす。94年に第65代横綱に昇進。2003年に現役引退。幕内優勝22回、殊勲賞4回、敢闘賞2回、技能賞3回など数々の記録を残す。04年に「貴乃花部屋」の親方に。10年に日本相撲協会理事に就任。18年に同協会を退職。

●石垣篤志(いしがき あつし)

1974年石川県生まれ。大学卒業後、テレビ番組制作会社、フリーライター、「週刊実話」記者を経て、2001年から「週刊文春」記者。

(貴乃花 光司,石垣 篤志)

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