マンションの一室で発見された“ミイラ化した遺体”……大島てるが語る「事故物件の裏にちらつく謎の祈祷師」

マンションの一室で発見された“ミイラ化した遺体”……大島てるが語る「事故物件の裏にちらつく謎の祈祷師」

※写真はイメージです ©iStock.com

北九州で4人の女性が集団自殺……“事故物件を知り尽くす男”大島てるは、なぜそのニュースに驚いたのか? から続く

 北九州市の特定のエリアになぜか集まっている、3つの“特殊な”事故物件。まずは1つ目として、4人の女性が集団自殺した物件を紹介しました。次にお話ししたいのは、そこから徒歩圏内に位置する別のマンションです。始まりは、「あの部屋に住んでいる女性の姿が見えない」という、住人からの通報でした。

(全3回の2回目/ #3 に続く)

■身元の特定すら困難なミイラ化した遺体

 警察が部屋に駆けつけると、中から3人の遺体が見つかりました。しかし、いずれもミイラ化、もしくは白骨化していて、身元の特定すら困難な状態。かろうじてわかったのは、どの遺体にも外傷や争った形跡が見られないこと、そして少なくとも1人の死因が餓死であること。さらには、以前はその部屋からしばしば、太鼓の音やお経を読む声が聞こえていたということでした。

 元々そこは、高齢の女性が1人で暮らしていた部屋でした。おそらく、彼女が3人のうちの1人なのでしょう。しかし、残りの2人は一体何者なのか。そして、近所の人が耳にしていた「太鼓やお経」は何だったのか……。

■“真相”に迫る鍵は80年代の死体遺棄事件にある

 あらかじめ結論から言ってしまうと、この3人が誰なのか、なぜ死んでしまったのかについては、遺体の状態が悪すぎたため、はっきりとしたことはわかっていません。ただ、この事件の“真相”に近づくためのヒントはあります。実は、この部屋の所有者の女性は、80年代にある死体遺棄事件を起こしていたのです。

 私が事故物件の情報サイト「 大島てる 」を開設したのは、2005年(平成17年)のことでした。当然、サイトに掲載されているのはそれ以降に起きた事故や事件についてのみであり、サイト開設以前に生じた昭和の事故物件についての情報は載せていません。

 そのため、この女性が80年代に起こした事件についても、私はリアルタイムで知っているわけではありませんが、後から報道などで知った事実をまとめると次のようになります。

■なぜ女性は母親の遺体を“放置”したのか?

 80年代、その女性は母親の遺体を自宅に放置した罪で書類送検されていました。と言っても、彼女は母親を殺したわけではありません。おそらく病気などで自然と亡くなった母親を火葬に出さず、そのまま自宅に置いておいたのです。

 葬儀の費用が払えないから、あるいは今まで貰っていた年金がなくなると困るから、との理由で家族の死を届け出ずに隠蔽しようとする……といった話は時々耳にします。しかし、この女性の場合は事情が大きく異なっていました。彼女は、自分の母親を“生き返らせる”ため、その遺体を自宅に放置していたのです。

 実は、彼女は「蘇生信仰」を持つ祈祷師の“信者”でした。その祈祷師は、自分には死んだ人を蘇らせる力があると主張し、信者である彼女もそれを深く信じていたようです。

 このときも、彼女はおそらく病気などが原因で亡くなった自分の母親を生き返らせるため、祈祷師に蘇生を依頼。祈祷師は自分の“信仰”に従って、なんらかの儀式を続けていたようです。しかし亡くなった人間が蘇るはずもなく、結局遺体は腐敗が進み、その臭いに気づいた近所の住人から通報があり、事件が発覚した……というのが、だいたいのところだと思います。結局、彼女は祈祷師とともに死体遺棄の容疑で書類送検されました。

■「誰かに蘇生してもらいたい」

 それから20年以上が経ち、彼女の自宅で3人の遺体が発見されました。互いに殺し合ったり、集団自殺を試みたわけでもない、奇妙すぎる状況。しかし、彼女がかつて蘇生信仰を持つ祈祷師の信者だったこと、彼女自身が間もなく死を迎える年齢だったこと、そして近所の人たちが「太鼓の音やお経の声」を耳にしていたことから考えると、こんなシナリオが浮かび上がります――。

 母親の蘇生に“失敗”したその女性は、20年以上の時を経て、やがて自らの死期が近づいていることを悟ります。祈祷師の力があれば死者も蘇ると信じていた彼女が、そこで考えるであろうことはおそらく1つ。自分が死んだら、誰かに蘇生してもらいたい、ということでしょう。

■太鼓やお経は「蘇生の儀式」のものだったのでは?

 年齢的に、彼女が信じていた祈祷師は既に亡くなっていたはず。しかし、彼女は「蘇生マニュアル」のようなものを受け継いでいたのではないでしょうか。そして自らの考えに共鳴してくれる仲間を自宅に呼び、それを伝授。自らは死のタイミングをコントロールするため、彼らの前で食事を断ち、餓死に至ります。

 肝心な蘇生の方法が何だったのかは、今となってはわかりません。しかし、現場の状況や他の蘇生信仰の考え方から想像するに、仲間2人に対して少なくない身体的負担を課すものだったのではないでしょうか。たとえば、彼女と同じように食事を断つことで、“生命エネルギー”を移行させる、といったような……。近所の人が耳にした太鼓の音やお経の声は、このときの「儀式」のものだったと考えられます。

 しかし、結果的に今度も蘇生は失敗し、命を削った仲間2人も道連れになった――。あらゆる状況を考慮して、筋の通ったシナリオを考えてみると、私には上記のような状況が思い浮かぶのです。

■かつての祈祷師の後継者だった可能性も

 この3人は、かつての祈祷師のもとでの信者仲間だったとも考えられます。しかし、これも推測にはなりますが、80年代に書類送検されていた女性は自宅に他の2人を呼び、自身の蘇生を依頼していたとなると、彼女は祈祷師の後継者的な立場にいたと考えるのが自然ではないでしょうか。少なくとも信者の中では別格の存在で、もしかすると、かつて祈祷師とともに書類送検されたことで「昇格」していたのかもしれません。

 ある女性の部屋で見つかった、奇妙な3つの遺体。殺人でもなく、練炭を用いた集団自殺でもないのに、マンションの一室で静かに命を落とした3人。祈祷師、蘇生信仰、太鼓にお経と、事件を取り囲むキーワードの特殊さを含めて、私にとっても非常に印象深い事故物件です。

 ここが、北九州の“トライアングル”の2点目です。次はいよいよ3つ目。衝撃的な「自殺が連鎖したマンション」についてお話ししましょう。

( #3 へ続く)

「事故物件と自分の部屋を階段で繋げたら……」大島てるが明かす“焼身自殺から始まった死の連鎖” へ続く

(大島てる)

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