【日本シリーズ】1996年、就職氷河期と仰木オリックス日本一の記憶

【日本シリーズ】1996年、就職氷河期と仰木オリックス日本一の記憶

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【監督・梶原紀章からの推薦コメント】
 実は新聞記者時代に最初に私が担当をした球団がオリックスでした(当時はブルーウェーブ)。まだ22歳の駆け出しのころで色々な方にご迷惑をおかけしたと思います。一番の思い出はイチローさんのポスティングによる移籍会見。当日になって急きょ発表をされたのですが、その日は休みで散髪をしていましたが途中で切り上げ、会見場に向かいました。若さゆえの危機管理不足だったなあと思います。そんな思い出と愛着のあるオリックス。DOMIさんの愛に溢れるコラムをご覧ください。

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■はじめに

 自分も例に漏れずセミロングヘアーだった。自分の場合はキムタクと言うよりはカート・コバーンを意識しての物だったが。不相応にヴィンテージリーバイスも穿いていたし、機械エンジニアでもないのに足元はレッドウイングのブーツでキメていた。時は1996年。「がんばろう神戸」の合言葉の下、仰木彬監督率いるオリックス・ブルーウェーブが悲願の日本一を勝ち取った年。後に「就職氷河期世代」と呼ばれる若者達が貧しくもエネルギッシュな毎日を過ごしていた、そんな時代の物語である。

■氷河期世代の貧しくもエネルギッシュな一日

 1996年10月24日。待ち合わせに現れたのは全員が安室奈美恵のような格好をした専門学生3人組だった。挨拶もそこそこに予約した炉端屋へ向かう6人。炉端屋の入り口では日本シリーズのテレビ中継、しかもオリックス・ブルーウェーブが王手をかけての第5戦である。みんなを奥へと促してそのまま少しだけ中継に見入る自分。ちょうどイチロー選手の打席だったがショートライナーに倒れてしまった。さすがは斎藤雅樹、ミスター完投である。しかし今年の長嶋ジャイアンツ、まさにそうそうたる顔ぶれだ。「メーク・ドラマ」と言われた最大11.5ゲーム差からの逆転劇。仁志敏久から始まるG打線は松井秀喜、落合博満へと続く超強力打線で夏の円山球場・対広島戦での9連打はまだまだ記憶に新しい。数ヶ月後にはこの「メーク・ドラマ」がこの年の流行語大賞にも選ばれる事になる。

 奥の座敷へと合流すると既に打ち解けた様子の面々。聞けばドラマ「ロングバケーション」の話題で盛り上がっているらしい。ツレ(連れ)の一人はこの後カラオケで「LA・LA・LA LOVE SONG」を歌うと息巻いているが、あぁどうでも良い。それよりも星野伸之は1戦目に続き巨人打線を抑える事が出来るのか、昨日は当たりのなかったトロイ・ニールに当たりは戻るのか、自分の頭の中は日本シリーズの事でいっぱいでコンパも上の空である。乾杯を済ませ、ありきたりな自己紹介タイム。豚バラが焼きあがるまでの待ち時間にそっとテレビの前に戻る事にする。ちょうど福良淳一の打席であった。見れば試合が動いているではないか。カウンターの常連さんらしきおっちゃんに聞けば仁志のホームランのその裏、ニールと小川博文のタイムリーだと言う。頑張れ福良、小川に続けとおっちゃんと声援を送るも三振に倒れる。しかし、オリックスの継投を考えると豚バラ以上に美味しい5点。これはグリーンスタジアム神戸での胴上げも決まったようなものかと浮かれながら座敷に戻る事にする。

 座敷では既に異常に盛り上がっている面々。どうもツレのもう一人が持参した「ポータブルMDプレーヤー」で安室奈美恵の「Don’t wanna cry」を聴いているようだ。お前ら、1つのイヤホンを片方ずつ2人で聞いてもL・R同じものは鳴ってないぞと突っ込みそうなのは我慢して、しばしコンパの輪に入る事にする。

■天才・イチローとオリックスの「二平」

 歴史好きの人に「二兵衛」と聞けば竹中半兵衛・黒田官兵衛の名前がすぐに出てくるのだという。豊臣秀吉の天下獲りに貢献した稀代の軍師2名である。同じく1996年、仰木彬の天下獲りに大きく貢献した2人のストッパーが居た。オリックスの「二平」、平井正史と鈴木平のダブルストッパーである。去る1996年10月19日の東京ドームでの日本シリーズ第1戦。1点リードのオリックスは守護神・鈴木をマウンドに送り勝利を手中に収めようとしていた。しかし敵は流石の長嶋巨人。大森剛のホームランで土壇場で試合を振り出しに戻す。今度はその日ノーヒットだった天才・イチローのソロホームランでオリックスが再度逆転に成功。その裏、ダブルストッパーのもう一角、いや、もう一平、平井が締めて初戦をものにした。このシリーズ、オリックスの継投は盤石である。左の野村貴仁に右の鈴木、平井。この日も鉄壁の継投リレーでこのままオリックスが逃げ切るだろうとトイレのついでに炉端屋のテレビを覗きに行くと何やら試合が中断しているではないか。
 
 再びカウンターのおっちゃんに聞くとどうも仰木監督が本西厚博の捕球した外野フライを巡って猛抗議している最中だとか。しかしこの常連さん、試合はまだ4回だと言うのに既にベロベロである。本西の捕球の状況を繰り返し説明してくれるのだが、地面すれすれで好捕した事をVTRのように繰り返す。捕球した瞬間の話だけ繰り返す為、話が永遠にループしている状況だ。幸いトイレ、いや化粧帰りの女の子と合流して座敷に戻ったので難を逃れたがあのままでは自分の方が常連さんに好捕されていただろう。当時の言葉で言えば「チョベリグ」なタイミングであった。

■なんだかんだと厳しい世間を生き抜いている氷河期世代

 その後コンパも盛り上がり、自分も鈴木のシリーズ記録となる4セーブポイント目を確認して、店を出る事にした一行。二次会のカラオケ会場に向かう道中、ツレの一人はずっと「LA・LA・LA LOVE SONG」をリハーサルさながら歌いながら歩いていた。道頓堀の街頭ビジョンではオリックスの優勝を伝えるニュースが繰り返し流れる。「ひっかけ橋(戎橋)」の上ではシャ乱Qのような出で立ちのキャッチが道行く女性に声をかけていた。街はもう肌寒い時季なのに女性はみんな「ナマ足」にロングブーツ。不況不況と言われながらも木曜日の夜のミナミは多くの人で賑わっていた。歌っているツレは明日も早朝から派遣の仕事で現場に行くという。「就職氷河期世代」達は残り少ない20世紀を必死に楽しんでいた。
 
 あれから21年。オリックス・ブルーウェーブはオリックス・バファローズになりグリーンスタジアム神戸もほっともっとフィールド神戸に名前を変えた。あのシリーズで対戦した若き天才・イチローはアメリカ・メジャーリーグでレジェンドとなり、日本屈指のスラッガー・松井秀喜はニューヨーク・ヤンキースで4番を務め、帰国後は国民栄誉賞を受賞した。安室奈美恵は40歳を過ぎても第一線で輝き続け、ついに今年引退を発表した。

 そしてなんだかんだと我々「就職氷河期世代」も厳しい世の中を何とか生き抜いている。派遣の仕事をしていた「LA・LA・LA LOVE SONG」のツレは電気工事の仕事と生涯のパートナーとマイホームを手に入れ、今では一児の父となった。「失われた世代」と言われるが、我々は得るものの方が多かった世代でもあったのだろう。20世紀の最後をあんなに楽しめたのだから。

 だからこそ泣いて笑って喜んで、エネルギッシュに生きて行こう。今度はBsの未曾有の「日本シリーズ氷河期」を。

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(MEGASTOPPER DOMI)

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