【ヤクルト】小川淳司と宮本慎也が口にする「2011年ほど悔しいシーズンはなかった」

【ヤクルト】小川淳司と宮本慎也が口にする「2011年ほど悔しいシーズンはなかった」

©時事通信社

■今でも記憶に残る2011年CS

 阪神とDeNAの雨中の息詰まる熱戦も、チームに勢いを与える楽天・茂木栄五郎の先頭打者ホームランも夢中になって見ている。甲子園も、マツダスタジアムも、あるいはメットライフドームも、ヤフオク!ドームも、いずれも満員盛況で野球人気の根強さを感じさせてくれる。クライマックスシリーズ(CS)に対する賛否の声はいまだ根強いけれど、それでも日本シリーズ進出をかけて、そしてその先の「日本一」を目指して、総力戦で戦いに挑む姿は一野球ファンとして心躍るものがある。

 しかし、やはりこの場に愛するスワローズの姿がないのは、はなはだ残念なことである。何しろ、「シーズン96敗」を記録し、「借金51」なのだから、今年に限って言えば、ヤクルトファンにとって「CS」とは完全に他人事であり、対岸のフェスなのである。指をくわえて、ただ傍観するより仕方がないのである。

 今年の惨状はともかく、ヤクルトもこれまでに2009年(シーズン3位)、11年(同2位)、12年(同3位)、15年(同1位)と、過去4度、CSの舞台に立っている。思えばわずか2年前にはファイナルステージも勝ち上がって、日本シリーズに進出しているのだけれど、それも遠い昔の蜃気楼のようなもの。すべては盛者必衰の理であり、レ・ミゼラブルなのであり、CSとは遠い日の花火なのだろう。敗北は人を理屈っぽくする。

 過去4度の晴れ舞台において個人的に最も胸を熱くし、最も印象深いのが11年のCSだ。今でも、「あの10月」の日々をありありと思い出すことができる。この年、チームを率いていたのは、来季から再びユニフォームを着ることになった小川淳司監督。この年のヤクルトはシーズン序盤から快調に飛ばしていた。東日本大震災の影響で開幕が遅れたものの、4月から10月上旬までずっと首位を快走していたのだ。

 石川雅規、館山昌平の二枚看板は安定し、由規、増渕竜義、赤川克紀、村中恭兵の「ドライチ4兄弟」は順調な成長曲線を描いていた。中継ぎ陣にはクローザーの林昌勇を筆頭に、バーネット、押本健彦、松岡健一、久古健太郎の20ホールドカルテットが控えていた。今見ても、惚れ惚れする陣容ではないか。打撃陣では青木宣親と田中浩康の「早稲田コンビ」が元気で、畠山和洋とこの年から加入したバレンティンがほぼフル出場を果たしている。ベテランの宮本慎也も相川亮二も、まだまだ元気だった。

 しかし、真の天王山となった10月10日から13日にかけて、ナゴヤドームで行われた首位決戦で中日にまさかの4連敗を喫し、ヤクルトは2位でシーズンを終えることとなった。そして迎えたCS。ファーストステージは巨人相手に2勝1敗。そして、ファイナルステージでは中日相手に2勝4敗(中日のアドバンテージの1勝を含む)で涙を呑んだ。僕にとって、最も忘れられないCS――それが2011年の熱戦なのである。

■由規の故障と、宮本の肺炎に泣いた2011年

 ファーストステージは3位・巨人との間で行われた。前述したように、この対戦は3戦を行い、ヤクルトの2勝1敗だった。もちろん僕も神宮球場に駆けつけていたけれど、正直言えば、まったく負ける気がしなかった。下馬評では「巨人有利」の声もあった。それでも、CSにおけるヤクルトは初戦でリリーフした村中、3戦目に先発した赤川、この日もリリーフした村中が本当に安定していて、ラミレス、小笠原道大、高橋由伸、阿部慎之助、坂本勇人らが名を連ねる巨人の超重量打線をまったく寄せつけなかった。

 この日の神宮で、僕は完全に「日本シリーズ進出」を確信していた。しかし、ナゴヤドームで行われた中日とのファイナルステージでは、2勝2敗のタイに持ちこんだものの層の薄さが露呈して力負けしたのも事実。名古屋での思い出は11月3日の第2戦。中日のアドバンテージの1勝を含めて0勝2敗とされたヤクルトは、流れを変えるべく、この日の一番打者にルーキーの山田哲人を起用。結果を残すことはできなかったけれど、未来のスターの記念に残るプロデビューとなった……。

 ――さて、なぜ2011年をしつこく振り返ったのか? 未来に希望が持てないから、単に過去を振り返っていたのでは、もちろんない。答えは一つ。来季からヤクルトを率いることになる、小川淳司新監督、そして宮本慎也ヘッドコーチが、僕がインタビューした際にともに口にしたのが「2011年シーズンほど、悔しい一年はなかった」という言葉だったからだ。

 首脳陣のツートップがともに「2011年ほど悔しいシーズンはなかった」と語っているのだ。そして、僕にとっての「2011年」とは、ペナントレース終盤までは圧倒的な力を誇ったものの、由規が右肩を痛め、相川が右手親指を骨折し、宮本が肺炎で離脱したことで一気に終息していったシーズンだった。そしてその象徴が、ファーストステージでは完勝したものの、最後は力負けしたこの年のCSのイメージにピタリと重なるのである。

 2017年のCSを見ながら、僕は11年のCSを未練がましく思い浮かべているのである。僕が話を聞いたとき、小川新監督、宮本新ヘッドはともにスーツ姿だった。しかし、彼らはついにユニフォームを着て神宮球場に戻ってくるのだ。あのときの雪辱を晴らすべきときが、ついに訪れた。現在、世間の目は間違いなく広島と福岡に向いている。しかし、神宮球場に隣接するコブシ球場、そして室内練習場では、黙々と捲土重来に向けての研鑽を積んでいるスワローズナインがいるのだ。

 冬来たりなば、春遠からじ――。そんな心境で、僕は今日もテレビの前でCSの激闘を見つめているのである。

(長谷川 晶一)

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