祝・横浜DeNA日本シリーズ進出! 小説家・佐藤多佳子さんのキャンプ取材を特別掲載

祝・横浜DeNA日本シリーズ進出! 小説家・佐藤多佳子さんのキャンプ取材を特別掲載

©時事通信社

10月25日、19年ぶりの日本シリーズ進出を決め、ハマスタを興奮の渦に巻き込んだ横浜DeNAベイスターズ。劇的な勝利を記念して、今年「 オール讀物4月号 」に掲載されて話題を呼んだ小説家・佐藤多佳子さんによるキャンプ・リポートを再録する。陸上競技を舞台にし本屋大賞を受賞した『一瞬の風になれ』やノンフィクション『夏から夏へ』など丹念な取材で知られる佐藤さんは大の横浜DeNAベイスターズファン。キャンプの「現場」で佐藤さんが見たものは──。

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 神奈川県、東丹沢の白山。標高二百八十四メートルの低山だが、勾配がきつい。プロ野球の新人王が、重い機材をかついだ報道スタッフたちが、顔を歪めて辛そうに上る──昨年のその映像を見ていたので、ハイスピードについていけないことはわかっていた。とんでもなく遅れて展望台にたどりつくと、インタビューの真っ最中だった。最年少の熊原健人投手が下から背負ってきた差し入れのみかんをいただく。

 この「山登り」は、昨年引退した三浦大輔氏が毎年行ってきた厚木の自主トレのメニューの一つだ。もう自主トレの必要がない三浦さんだが、今年は若手投手四人のコーチ役として同行している。二〇一七年一月十三日はマスコミ公開日で、山登りのあとは、厚木市内のグラウンドで、投内連係、アメリカンノック、階段ダッシュなど下半身の強化を目的とした練習を行った。

 プロ野球の自主トレを見学するのは初めてだが、四人の若手投手の動きは、それぞれ印象的だった。秋季キャンプのMVP投手に選ばれた最年長の三嶋一輝投手の、いっさい手を抜かない気合いのこもった練習ぶりは見ていて気持ちがいい。クローザーの山ア康晃投手は、身体にすごいバネを感じる。軽いというより、力感のあるはずむような動きだ。開幕投手に内定している石田健大投手は、どの動きにも無駄がない。スーッと昇っていく階段ダッシュを見ていると、効率のいい身体の使い方が自然にできるのかもしれないと思う。初参加の熊原投手は、階段ダッシュのやり方がわからず戸惑っていたが、スピードはすごい。

 ノッカーを務め、階段ダッシュのタイムキーパーをする三浦さんの目は、明るく優しい。昨年は同じメニューをこなし、後輩たちもライバルだったはずだが、今年はすべてを託し、見守る立場に変わった。それでも、ボールやバットを握る三浦さんを久しぶりに見られて嬉しく、そう思うことが少し寂しかった。

 スポーツの「現場」を見ることが好きだ。競技そのものだけでなく、その準備段階の練習見学は、本当に面白い。陸上競技のスプリントを題材に小説とノンフィクションを書き、高校の部活や日本代表選手の練習を取材して、仕事に反映しきれないほど、様々な大きな感動をもらった。スポーツという題材では完全燃焼した感もあったが、数年前から、また何か書きたくなってしまった。

 もし、チャレンジするなら野球しかないと思っていた。自分の人生を振り返ると、えんえんと見てきた野球が刻まれている。子どもの頃から見ているが、大学時代に横浜大洋ホエールズのファンになってからは、自分史と球団の歴史がぴったり寄り添っている。

 可能性を探り、構想を立て、取材を申し込み、現在、勉強中だ。競技経験のない自分が、プロ野球というメジャーな題材を扱うのは、正直、怖い。好きなぶん、さらに怖い。でも、書こうと思った時から、野球の見方が変わった。一投一打、さらに真剣に細かく見るようになった。見れば見るほど、知らない新しい世界が開けていき、胸がときめく。

■四人の投手へインタビュー

 沖縄県の宜野湾(ぎのわん)市立野球場は、風が強い。一週間のあいだ、寒い日も暖かい日もあったが、風だけは強烈に吹き続けていた。横浜DeNAベイスターズ春季キャンプ、第二クール初日二月六日から第三クール途中の十三日まで、取材パスをいただいて見学した。

 選手への取材も、タイミング次第では可能ということで、七日に厚木自主トレメンバーの投手の方々に大先輩へのコメントをお願いしてみた。練習終わりに話が聞ければということになり、室内練習場の入口で「張り込む」。記者っぽいのか、怪しい人なのか、よくわからない。隣接するグッズ売り場の前には、サイン待ちのファンの人々の行列ができていく。そんな中、リュックを背負った(練習終わりのスタイル)山ア投手が出てきて、呼び止めることに成功する。その後、広報の方に全員呼んでいただけたのだが、急なお願いなのに、どなたも丁寧な対応で、本当にありがたかった。コメントすべてを載せたいが、抜粋で。

 ──三浦さんとの自主トレで一週間生活を共にして、ピッチングコーチとして球場で教わるのとは、また別に、学んだことがありましたか?

 山ア 長くやる秘訣を聞くんじゃなく、背中を見て学ぶことが多かったです。疲労の抜き方、準備の仕方、三浦さんが長年の間、色々と工夫してきたものを自分の身体で感じました。同じ時間に起きたり、一緒に食事をしたり、山登りをしたりは、シーズンにないことで、近くに感じて学べることは色々ありました。二回目の厚木自主トレは、メニューや三浦さんが何を望んでいるかをわかって練習したので、余裕をもってできました。

 三嶋 四年間プロにいて背番号が17、18で納会でも一緒の部屋になったり、ご飯に連れていってもらうことも多かったですが、一緒に生活していても隙がないですよね。あら探しじゃないですけど、何かないのか探したこともありましたが、やっぱりないんです。癖とか浮いた話とか変な話も聞かない。人付き合いも素晴らしく人脈が豊かで、自主トレにも色んな人が来たり、サポートしてくれて、本当にすごいと思いました。

 石田 一緒に宿に泊まってご飯を食べている三浦さんは、人として違うというか、優しい方に戻るんです。でも、ご飯を食べながらでも野球の話をしっかりとしてくださるんで、表も裏もコーチかなという気がします。生活面では、去年は僕が、今年はクマ(熊原投手)が、お茶の淹れ方を教わりました。一番下が淹れるんで。お前はそんなものもわかんないのかって(笑)。なかなか機会がないから(同じ濃さに淹れる)やり方がわかんないんですよ。代々教わっていく感じですね。


 熊原 長年結果を出している三浦さんに学びたくて参加したかったんですけど、優しい存在なんですが、恐れ多くて言いだせず、三嶋さんに色々質問していたら、話が伝わって三浦さんのほうから誘っていただけました。一緒に自主練した先輩たちも、本当にみんなすでに活躍されて、人としてもすごくちゃんとしていて、迷惑をかけてばかりの僕は学ぶことだらけで、日常生活でも、こんなふうになりたいと思いました。

 インタビューの間中、すごい人数のファンに山ア投手はサインや写真撮影のサービスを続けていた。

■投手陣の練習を追って

 キャンプでは、最初のウォーミングアップが終わると、基本、野手と投手は別の場所で練習する。書きたい小説の主人公がピッチャーなので、投手陣の練習を追うことになる。多目的広場(広い原っぱ)でのキャッチボールのあと、その日のメニューによって幾つかのグループに分かれての練習になる。ブルペンでのピッチング、サブグラウンドでの守備練習、室内練習場でのコンディショニング。

 室内練習場は見学不可で、窓の間からちょっとのぞけるが、よく見えない。チューブ、ポール、メディシンボールなどを使ったトレーニングのほか、マシンを使ったバッティングやバントの練習、ショートダッシュなどをしている。野手もここで練習することがある。

 サブグラウンドの守備練習は、よく声が出ていて活気がある。ミスをすると、ノッカーのコーチ以上にチームメイトにやいやい言われて、やり直しになる。

 私が見ている時のノッカーは必ず木塚敦志コーチだった。木塚コーチは、本当に、いつも、あらゆる場所にいる感じがした。投手陣のいるところに木塚コーチあり、である。現役引退後、球団職員になった一年を除いて、ずっと、横浜のピッチングコーチを一軍、二軍で務めてきた。選手から何かと感謝の言葉と共に名前のあがる名コーチだが、目の前で見ると、現役時代の気迫あふれるサイドスローのマウンド姿がオーバーラップする。ブルペンでは、キャッチャーが足りない時には球を受け、投手に頼まれて打席に立ち、実に気さくだが、納得のいかない投球に対してアドバイスする目と言葉は時に鋭く厳しい。

 
 ブルペンは、すごい空間だった。

 グリーンのビニールシートで覆われた独立した簡易な建物で、前方の傾斜のあるマウンド部分と、キャッチャーが球を受ける後方にのみ屋根がある。投手は六人並べるが、私が見ていた時、本格的なピッチングは四人以下でやっていた。右側に窓があるが、視野が限られるのと、見学者が多いので、外からはなかなか見づらい。取材パスの恩恵を最も感じたのが、ここだった。中に入ることができる。報道陣が入れるのは、両サイドの中ほどのロープで仕切った狭いスペースだ。屋根のない部分なので降ってくると濡れる。注目される投手が投げる時は、カメラが左サイドを埋める。取材陣が多い時のほうが、まぎれるので入りやすかった。人がいない時も、見たい気持ちが強くて、結局よくお邪魔した。

 自分の位置からは、投球開始で左を向き、ボールを追いかけて右を向いて捕手のミットを見る。捕手の横か後ろのほうが、ボールの軌道や変化がわかりやすいが、見えるものを見て、感じられるものを感じる。

 ボールが風を切るうなり、ミットがたてる轟音、捕手の「ナイスボール!」の叫び、反響が大きいので、これらの音が鋭く心身に突き刺さってくる。

 取材場所から一番間近の左奥のマウンドは、長年三浦さんの定位置だったが、今年からは、須田幸太投手が受け継いだ(他の投手も空いている時は普通に使う)。木塚コーチの現役時代と同じ背番号20の須田投手は、今はリリーフのポジションで、あの魂のピッチングともいうべき気迫をも継承している。

 怖いくらい間近を、スピンのきいたストレートが通っていく。きれいなフォーシーム。縫い目が回転するのが、本当によく見える。捕手の低く構えたミットにそのまま吸い込まれ、審判のストライクのコールを聞く。サイドいっぱい。アウトローか。球速以上に威力があり、打者の見逃しを誘い、空振りを奪う、須田投手の最大の武器。

 七日に、百三十球を超えるピッチングを一緒に見ていたスポーツ好きの編集者が「須田さんに削られました」とあとで言っていた。立っているだけなのに、しばらくいると、本当に疲労する。五感への刺激がすごいこともあるが、やはり、それ以上にプロ投手の気迫を、この近距離で浴びると、えらいことになる。四人投げていると、四倍の気迫がブルペンに満ちる。わずかな時間差で隣のミットが鳴り、ナイスボ!の絶叫が重なっていく。

 自分の投球に集中していても、隣で投げている人のボールや調子の良し悪しは、否応なく伝わってくるはずだ。どんな立場にいても、同じ場で投げている同僚に「負けない」「負けたくない」という気持ちになるのではないか。チームメイトはすべてライバルだという勝負の世界を目の当たりにした気がする。

■競い合いながら教え合う

 午前中は、練習スケジュールに記された投手のピッチング。多い時は、一軍捕手が二人受け、審判が三人つく。午後は、フリータイム。ブルペン捕手やコーチに頼んで投げることもあるが、多くは、タオル持参のシャドーピッチングだ。次々と人が来て満席になる。午前のひりひりした空気と、午後はまるで違っていてリラックスした雰囲気で会話も多い。

 休養日明けの十一日の午後は、石田投手の隣に須田投手が来て、左と右なので近距離で向き合う形になり、すぐに須田投手が自分のセットポジションの足幅のことで石田投手に確認をした。「いつもそんなに開いてないです」と石田投手が指摘すると、「こんなもんじゃないの?」と須田投手は納得せず、その場の他の投手にも尋ね、井納翔一投手は首をひねりながら自分の重心の置き方を話し、三嶋投手はニコニコし、平田真吾投手は自分のフォームで試し、端にいたルーキーの濱口遥大投手はシャドーを続けながら聞いていた。最後には顔を出した篠原貴行コーチまで巻きこんで、にぎやかな討論となった。

 ブルペンでお互いのフォームチェックをしたり、変化球の投げ方などアドバイスをするエピソードは聞いていたが、競い合いながら支え合うチームメイトの様子を見るのは、とても楽しい。


 第二、三クールのブルペンでは、それぞれの課題を持ってフォームがためをし、コンディションを上げていく。同じ投手でも、日によってかなり内容の違う投球になる。陸上の取材をしている時にも感じたが、見たことを専門的に即時に理解できたら、どんなに面白いだろうと無理なことをしみじみと思う。

 ブルペンで投げ終わると必ず、時には途中でも、投手はよく捕手に話を聞く。投球内容について細かく尋ねているようだが、ブルペン捕手とのコミュニケーションはすごく重要だなと感じた。キャッチングそのものも、受けた印象の伝え方も、投手の調子に影響しそうだ。

 フリーバッティング、シート打撃、紅白戦に登板して、自軍の打者に投げる。次は練習試合のマウンドに上がって、他チームとの実戦。投げることの結果が、一つひとつ出てくる。横一線でブルペンで投げていたところから、一人ひとり違う結果を手にする。一軍当落線上の選手は、早々に厳しい通告を受け取ることにもなる。

 十二日、横浜の投手と横浜の打者が対決する紅白戦を初めて見た。どんな感じがするのだろうと楽しみにしていたが、意外と同じチーム同士……という特別感はなかった。一人の投手と一人の打者、そして守るバック、普通の真剣勝負だ。容赦ない勝負だ。誰もがアピールをし、生き残らなければならない。

 その紅白戦、一軍春季キャンプ初参加で、ブルペンや投内連係で生き生きとしたパフォーマンスを見せていた、二十歳の飯塚悟史投手が二回九失点と打ち込まれた。少し後で、グラウンドを出てきた飯塚投手とたまたますれ違った。落ちついた様子で普通に歩いている。若手のプロ選手として当たり前のことなのかもしれないが、その普通さをすごいと感じた。

 ピッチャーとは、ある意味、「打たれる」人、なのかもしれない。抑えたシーンより、打たれたシーンを濃く記憶している投手のコメントを時々見る。ルーキーで八勝をあげ堂々たる主力の一人となった今永昇太投手は、クライマックスシリーズ最終戦の初回六失点を、一生忘れず成長の糧にすると誓う。セットアッパーとしてシーズンを投げ切り、救援陣でチーム内の防御率が最もよかった田中健二朗投手は、振り返るとまず打たれたことを思いだすと語っていた。

 先日、インタビューした石田投手も、そうだ。クライマックスシリーズ東京ドーム第三戦の先発に関して尋ねたのだが、「打たれた」という言葉が真っ先に出てきたことに驚いた。負けたら(引き分けでも)シーズンが終わるという緊迫した状況、ドームの半分がベイスターズブルーに染まるファンの異様な熱気の中、「当たりまえのようにむちゃくちゃ緊張して、でも、このマウンドで投げることは、この先あるかどうかわからないから楽しんで……楽しいと思わないとちょっと無理だなって逆に思って」キーマンに挙げた坂本勇人選手を抑えてしっかりゲームメイクをした。この試合を含め、シーズンを通して、特に終盤の苦しいところで二度の連敗を止めるなど、プレッシャーに強い投球でチームを支えてきた。それでも、いや、だからこそ、「勝った状態のまま後ろに預けたかった」「この反省は、本当に今年につながる」と、打たれた本塁打に敢えて言及する。

 練習試合、オープン戦、シーズン、ポストシーズン、キャンプのブルペンからスタートして、どれだけ大きなステージを踏めるのか、一軍に留まり役割を担えるのか、すべてが可能性であり未知数だ。抑えたシーンより打たれたシーンが常に頭にある、そこにポジティブに向き合い努力できる、そんな投手が今季もチームを支えるのかもしれない。

 
 宜野湾の一軍キャンプが休みの十日、嘉手納の二軍キャンプを見学した。同じ場所に長くいるのが苦痛なほど寒かったが、選手たちの動きは溌剌としていて、活発な声が飛び交う。一軍の首脳陣が新戦力を間近で見たがるため、この時期の二軍キャンプには、むしろ実績のあるベテラン勢の顔が色々見られる。

 ブルペンには、高崎健太郎投手がいた。グラウンドでのシート打撃に登板する準備をしている。浅野啓司コーチがグラウンドと連絡を取り、「健太郎、あと十分!」、仕上げる時間の指示を出す。

 昨年、一軍登板のなかった高崎投手が投げるのを久しぶりに見た。三浦さんのあとを継ぐエースとしてファンが期待し、ピッチングスタッフが最も苦しい時期にローテーションを守った右腕も、三十一歳。ベテランの域にさしかかっているが、一軍ローテを守っていた頃と風貌は変わらない。威力のあるストレート、キレのあるスライダー、ブルペンのミットはビシビシと乾いたいい音をたてる。あまりにも援護がなく、好投してもなかなか勝利がつかない二年間のあと、投球内容が落ちてしまい、ファンはずっと復活を待っている。高崎投手を見られて良かった。でも、嘉手納だけでなく、宜野湾でも見たい。そう思っていたら、私が沖縄を離れた翌日に昇格の朗報を聞いた。

 入れ替えは、これからもどんどんある。開幕一軍に、どんな顔がそろうのか、年間を通じてどんな活躍が見られるのか、本当に楽しみだ。

 今年は、一軍だけでなく二軍の試合や練習もたくさん見たいと思っている。さらに、さらに、野球を追いかけていきたい。

編集部注:記事の言葉通り、今シーズン、佐藤多佳子さんはハマスタや横須賀へ何度も足を運ばれ、CS優勝の瞬間も広島で観戦をされていました。

 なお高崎健太郎選手は2017年シーズン限りでの現役引退が10月5日に球団から発表されています。

佐藤多佳子(さとうたかこ)  東京生まれ。1998年「サマータイム」でデビュー。『一瞬の風になれ』で本屋大賞と吉川英治文学新人賞。ノンフィクションに『夏から夏へ』。今年5月、『明るい夜に出かけて』で山本周五郎賞を受賞。

(佐藤多佳子)

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