『G線上のあなたと私』で、松下由樹が見せる「天海祐希にはない」“自然なおばさん力”とは

『G線上のあなたと私』で、松下由樹が見せる「天海祐希にはない」“自然なおばさん力”とは

松下由樹 ©AFLO

 女優はいつから「おばさん」を演じるのだろうか。

 ホームドラマも恋愛ドラマも勢いを失った今、メインを張る40代以上の女優に求められるのは何より「カッコ良さ」だ。男性に媚びず、芯の強さを武器に仕事に立ち向かい、恋もするが最終的には自分の足ですっくと立つ。そんな現代のファンタジーを体現する女優たちは美と若さ、そして嫌味にならないサバサバ感を画面の中で競い合う。そこに「おばさん」の4文字はない。

 そういった現状にほんの少し対抗するようにアップデートを重ね、約30年間つねにテレビドラマの第一線に立ち続ける女優がいる。

 松下由樹である。

■『G線上のあなたと私』で“平凡な主婦”を演じ切る松下由樹

 現在オンエア中の『G線上のあなたと私』。これまで“お仕事ドラマ”を多く送り出してきたTBS火曜10時の枠だが、本作で描かれるのは仕事でも家庭でもない趣味のバイオリン教室=サードプレイスで起こる小さな人間ドラマだ。

 結婚直前に婚約破棄されたアラサーの也映子(波瑠)、兄の元婚約者であるバイオリン講師に想いを寄せる大学生の理人(中川大志)、姑と同居する専業主婦の幸恵(松下由樹)。3人がそれぞれの思いを抱えて入った音楽教室で出会い、柔らかな人間関係の中、彼らの心が少しずつ変化していく様子が穏やかに紡がれていく。

 原作漫画の世界からそのまま抜け出したような波瑠と中川大志のたたずまいや瑞々しい演技も作品の世界観にぴったりハマっているのだが、おもにアラフォーからの女性たちに多大な支持を得ているのが本作で平凡な専業主婦・幸恵を演じる松下由樹だ。

■「これからの人生が見えてしまった」幸恵の“エアバイオリン”

 郊外の戸建てに家族4人で暮らし、夫の浮気や姑の介護といった現実的な問題を抱えながら、教室では絶妙な距離感で也映子や理人と向き合う幸恵。也映子たちが「これからの人生に迷う人」であるなら、幸恵は「これからの人生が見えてしまった人」である。だからこそ、主婦でも妻でも母でもなく「自分」でいられるバイオリン教室での時間が何よりも大切なのに、それすらも家族の都合で取り上げられる。

?

 音楽教室の大ホールでの発表会当日、姑が倒れ、会場に行けなかった幸恵は登壇時刻に病院の窓際で“エアバイオリン”をかまえ、也映子や理人と練習を重ねた「G線上のアリア」をひとり弾く。その姿は家族のことで自分の何かをあきらめてきた多くの女性たちの心に深く刺さり、多大な共感を呼んだ。

 『G線上のあなたと私』では自らを「おばさん」と称し、余った肉じゃがをカレーにリメイクしそうな幸恵役を自然に演じている松下だが、当然、最初から「おばさん」キャラだったわけでも、いわゆる「普通の主婦役」を得意とするタイプだったわけでもない。

■デビュー当時の松下由樹は「バリバリのアイドル女優」だった

 松下由樹のデビューは1983年の映画『アイコ十六歳』。主役はオーディションで選ばれた富田靖子で、松下はヒロインの友人役として出演。その後、ダンス留学でアメリカに渡り、帰国後も音楽番組等でバックダンサーとして活動していたが、1989年、レオタード姿で踊るオープニングが印象的なドラマ『オイシーのが好き!』でドラマ初主演を果たす。

 30代以下の人にはピンと来ないかもしれないが、この頃の松下由樹はバリバリのアイドル系女優。今でいう広瀬アリスみたいな存在だった。石田純一、藤井フミヤ、伊原剛志の間で“誰と付き合ったら一番オイシーか”を計算しながら雑誌編集部で働くヒロインの姿は、バブル全盛期の空気「女子が稼ぐってチョロい」を具現化していたと思う。

 そして翌年、彼女は社会現象にもなったドラマ『想い出にかわるまで』で、世の女性たちから総スカンを食らう。この作品で松下が演じたのは、主人公・るり子(今井美樹)の妹・久美子。姉の婚約者・高原(石田純一)に想いを寄せ「私の方がお姉ちゃんよりずっとずっと高原さんを愛してる!」のパワーワードで見事略奪。当時、SNSがあったら、松下への罵詈雑言がTwitterのトレンドに上がったことは間違いない。

 94年には『29歳のクリスマス』で山口智子、柳葉敏郎と共演。シングルマザーとして生きようと決意を固める今井彩役を鮮やかに演じ、多くの女性視聴者から支持を得る。バブルも弾け「男性に頼って生きるのヤバくない?」という空気が世に満ち始めた頃である。

■元祖お仕事ドラマ『ナースのお仕事』で見せたコメディエンヌの才能

 次の転換は96年の「あーさーくーらー!」。そう、観月ありさとの名コンビぶりと小気味良い展開が人気となって、2014年までシリーズ化された『ナースのお仕事』だ。今やドラマ界のメインストリームとなった“お仕事ドラマ”の下地をがっちり作った本作で、松下は先輩ナースの尾崎(沢田)翔子役を担い、病院内での立場が上がり、結婚、出産といった転機を迎える女性の悩みや仕事との向き合い方を18年に渡ってきっちり見せた。コメディエンヌとしての力をはっきり示したのもこのドラマだろう。

 かと思えば、99年の『週末婚』では、永作博美演じる主人公・月子を追いつめる姉・陽子役で“心に蛇を飼う女”を演じて話題に。美貌もキャリアも併せ持つのに報われず、妹の成功に執着する様子は、仕事を離れ、家庭に入って自己を失ったとモヤモヤを抱える女性たちのひとつの分身だったのかもしれない。

■主菜の横で多大な存在感を放つ「ポテサラ」のような存在に

 冒頭「女優はいつから『おばさん』を演じるのだろうか」と書いた。松下由樹に関して言えば、2008年の『Around40 〜注文の多いオンナたち〜』あたりからその色が濃くなっていったと感じる。世間で「アラフォーはおばさんじゃない」とキャンペーンが打たれ始めた頃だ。

 90年代、まだテレビドラマに大きな影響力があった時代に、その時々のアイコンとなる女性像を演じた松下は、2000年代に入り母親からサイコパスまで役の幅を広げつつ、2時間ドラマや『大奥』等の時代劇、硬質な警察ドラマ、さらには『ココリコミラクルタイプ』でコントにも挑戦し、それぞれの作品できっちり爪痕を残す。

 このキャリアデザインは、今もドラマでメインキャストの一員として名を連ねる女優たち……天海祐希、鈴木京香、山口智子、鈴木保奈美らとは確実に一線を画すものだ。つまり、同世代の女優たちが生き残りをかけて「カッコ良さ」をまとい「おばさん」を脱ぎ捨てたのに対し、松下由樹は少しずつアップデートを重ね、自然に「おばさん」として存在する道を歩んだのである。デビュー時からのショートカットだけはそのままに。

 まるでポテトサラダのような存在だと思う。

 昭和の時代から食卓に載り続け、時に加わる食材や微妙な味付けが変わっても、その安定感と美味しさでつねに高い人気を誇るポテサラ。主食になるじゃがいもで作られていながら、副菜として力を発揮する懐の深さ。

 『G線上のあなたと私』で幸恵が也映子と理人を優しく見守るように、私たちは主菜の横で多大な存在感を放つポテトサラダを見つめながらそっとつぶやくのだ。「やっぱり松下由樹ってうまいよね」と。

(上村 由紀子)

関連記事(外部サイト)