「空気を読まない人」望月衣塑子記者はなぜ目立ってしまうのか

「空気を読まない人」望月衣塑子記者はなぜ目立ってしまうのか

取材をする望月衣塑子記者 ©2019「i-新聞記者ドキュメント-」製作委員会

 9月の終わり、森達也監督から突然メールが届いた。「新作映画の内覧試写をやるので、観て感想を教えてほしい」。新作映画とは、東京新聞の望月衣塑子記者を追ったドキュメンタリー『 i-新聞記者ドキュメント 』のことだ。

 うーーむ。予定された日時のスケジュールは空いていたが、完成した作品を映画館で初めて観たい、という気持ちもあった。だが、あの森達也の製作過程を垣間見られる、という欲望の方が勝り、指定された場所に赴いた。

■「率直な意見を言ってほしい」

 映画の編集をしている会社の会議室に、森監督含め映画のスタッフが4人、私も含めドキュメンタリー番組や映画に携わる外部のディレクターやプロデューサーが5人、合計9人が集まって編集の最終段階の映像を観た。その時の尺は2時間を少し超えていて、「あと5分から10分短くしたい、率直な意見を言ってほしい」と森に言われた。

 ドキュメンタリー製作の経験を積めば積むほど、他者が作った作品に意見を言うことは怖くなる。なぜなら、作り手としての自分が問われるからだ。ましてや、ドキュメンタリー界のレジェンドとも呼べる森達也の作品ならば、なおさらだ。あっという間の2時間が過ぎ、外部の5人は思い思いの意見を述べた。その中には一致した見解もあれば、まったく異なる指摘もあった。ドキュメンタリーに正解はないし、100人いたら100通りの答えがあるのだから、それも当たり前だ。

 森は、それら一つ一つに真摯に耳を傾けていた。

『i-新聞記者ドキュメント』は、シム・ウンギョンと松坂桃李主演の劇映画『新聞記者』(藤井道人監督)のドキュメンタリー版(と言っても内容は大きく異なる)で、両作とも同じ製作・配給会社によるものだ。政治を扱った映画としては異例のヒットとなった『新聞記者』の熱気の流れの中で、『i-新聞記者ドキュメント』は11月の東京国際映画祭で上映され、日本映画スプラッシュ部門で作品賞を受賞した。そして11月15日から劇場公開が始まった。

 これから私が書く評は、劇場公開された113分(本当に10分ほどカットしたのだ)の完成版についてである。

■望月記者は「わかってないやつ」なのだろう

 森達也監督作品と言えば、オウム真理教の内部を追った『A』や、ゴーストライター騒動で話題となった作曲家・佐村河内守氏を被写体とした『FAKE』が有名だ。いずれも、世間を騒がせメディアから糾弾された対象を、別の角度からとらえる手法をとってきた。その根底には、直接の取材対象ではないものの、裏のテーマとして「メディアの在り方を問う」という監督の強い意志が感じられた。それが今回は、そのものずばり、メディアのメインストリームとも言える新聞記者が取材対象だ。

 その主役、東京新聞社会部の望月衣塑子記者が、沖縄・辺野古の新基地移設問題の取材をする場面から映画は始まる。望月記者は、官邸記者会見での菅官房長官との激しいやりとりが話題となったが、それは政治部記者と社会部記者の「お作法」の違いによるところが大きい。政治家の懐に入り込んで情報を得る取材スタイルをとる政治部の記者たちから見れば、望月記者は「わかってないやつ」なのだろう。だから彼女に対して同業者からも、「記者会見は、自分の思想信条をぶつける場ではない」といった批判の声が出ていて、良くも悪くも目立ってしまったというわけだ。

 そして映画に映し出された実際の取材現場でも、望月記者は猪突猛進だ。新基地建設現場の土砂についての防衛省の説明に納得がいかない望月は、担当者を問い詰め、「どうして答えられないんですか!」と追いかけながらさらに激しい言葉を浴びせる。

 私はこの冒頭の場面を観て、望月記者の正義感には脱帽したものの、「この担当者だって組織の一員で、決定権はないんだから、そんなに強く言わなくても……」と、少し引いてしまった。そして、彼女に対する毀誉褒貶があるのもやむを得ない部分もあるな、と思った。

■「この人は、空気を読まない人だから」

 だが映画が進むにつれ、望月記者の様々な面が見えてくる。いつも大きな荷物を持ち方向音痴でウロウロすること、無防備に大口を空けて食事をむさぼる様子、いつでも誰に対しても、思ったことを喋る姿……そう、彼女は裏表がなく、天然なのだ。

 特に喋りに関しては、最近こういうタイプの女性をどこかで見たことがあるな、と思った。国連気候行動サミットでのスピーチで話題となった、スウェーデンの16歳の環境活動家・グレタ・トゥーンベリさんだ。彼女もまた、正しいと思ったことを口に出さずにはいられない正義感の持ち主であり、熱狂的な支持を受けながらも、一部から反発を招くところも、望月記者と似ている。

 そのことが確信となったのは、取材で訪れた福島で、文部科学省の元事務次官・前川喜平氏が望月を評して言う言葉だ。「この人は、空気を読まない人だから」。

 そこに至って、森監督の映画に込めた意図がだんだんと見えてくる。この映画は「空気を読む人」と「空気を読まない人」の話なのだ。「忖度する人」と「忖度しない人」と言ってもいい。

■記者として当たり前のことをすると目立つ

 途中から顔を出しながら画面に登場する森は「考えたら望月さんは記者として当たり前のことをしているだけだ。なんで僕は撮ってるんだろう?」と呟く。当たり前のこと、とはつまり、「疑問に思ったことをきちんと聞く。答えに納得できなかったら繰り返し聞く」という姿勢である。それをしていない記者が多いから、結果として望月記者が目立っているというのが、今のメディアの状況だ。

 確かにここ数年で言えば、政治に関する記事は週刊文春に代表されるやんちゃな雑誌ジャーナリズムの方が元気があって、記者クラブに属する新聞・テレビの報道は、朝日新聞による「森友学園問題」のスクープなどはあったが、全体としては大人しい印象を受ける。その中で、望月記者の奮闘は特筆に値すると言っていい。

 カメラはそんな望月記者の取材の日々を丹念に追う。「伊藤詩織さん準強姦事件」「森友学園問題」「宮古島の自衛隊弾薬庫の存在発覚」(望月記者のスクープ)「菅官房長官と望月記者の官邸記者会見の攻防」などなど、いずれも“空気を読まない”記者だからできた仕事である。

■「森さん、こうきたか!」とうなる、圧巻のラスト

 様々な要素が詰め込まれ、濃密かつ速いテンポで進んでいくこの映画の圧巻はラストだ。森の映画はいつも「読後感」を大切にしてると思っていたし、私自身、ドキュメンタリーは終わり方が最も重要だと考えている。取材を始めるのはそう難しくはないが、どう終わらせるかは難問であり、監督の腕の見せ所でもある。

 未見の人のために詳しくは書かないが、私は内心で「森さん、こうきたか!」とうなった。第二次大戦中の歴史的な出来事の資料映像に、それまで全くなかった森自身のナレーションが入り、現在の日本の政治状況を交錯させながらエンディングへと向かう。映画を観てラストカットで鳥肌が立ったのは、いつ以来だろうか、と思ってしまったほどだ。

 また本作での森は、これまでの映画よりも「演出的」だ。音楽の使い方やアニメーションの使用、基本2カメの撮影体制や、分割画面を使った編集など、ドキュメンタリーでありながらも、エンターテイメントの要素も入って飽きさせない。これは、スタッフの力も非常に大きい。「望月番」として撮影をしながら、時に森の姿も映し込んでいく難しいカメラワークによって、重要な場面をいくつもゲットしたカメラマンで監督補でもある小松原茂幸。そして、けれんみ溢れる編集で望月記者の疾走感、暴走感を表現した編集マンの鈴尾啓太。森よりも20以上年下の、彼ら若いスタッフに拍手を送りたい。

■映画サイトの評価は両極端

 やはり、魅力的な企画、魅力的な被写体、魅力的な監督が集まれば、スタッフは最大限の力を発揮するのだ。企画と言えば、劇映画の『新聞記者』と、このドキュメンタリーの2本の企画を立て、森に監督を依頼したエグゼクティブ・プロデューサーの河村光庸の慧眼には、恐れ入るしかない。

 と、ここまで書いて、私は同じドキュメンタリー畑の人間としてこの映画を褒め過ぎかしら、と思って映画サイトのレビューを覗いてみたら……やっぱり!

 評価は極端に分かれ、5点満点で星は5か4が多いが、1や0.5も結構あり、低い点数をつけた一部の人たちの望月記者や森監督への罵詈雑言には、もはや苦笑というか、いやはやこれが望月衣塑子であり、森達也なのだ、と思わされた。

 さて、劇場で映画を観て「あれ?」と思ったことを最後に記したい。

 この映画のタイトルは『i-新聞記者ドキュメント』であるが、映画本編には“新聞記者ドキュメント”という文言が入っていない。つまり『i』だけなのだ。

 ここからは推測だが、森の思いとしては、この映画はあくまで『i』なのだ。だがそれでは何を題材にした映画なのかわからないから、プロデューサーや宣伝部サイドからの要請で、客を映画館に呼び込む術として『i-新聞記者ドキュメント』としたのだろう。

 だが私は思う。この映画は「いち新聞記者のドキュメント」には留まらないのだ。望月記者の活動を通して見えてくる日本社会の特性が、真のテーマである。だから森は『i』にこだわった。『i』とは、一人称単数の主語を大切にする、という態度である。

■同調圧力によって誰かを生贄にする日本社会への危機感

 一人称単数の主語が、日本の社会からどんどん失われてはいないか、という森の危機感が、このタイトルにつながったのだ。例えば、昔は自民党にも、時の政権に公然と異を唱える政治家がいた。しかしいまは大半が、安倍首相と菅官房長官の言うがままだ。そこには「党」という主語があるのみで、一人称単数の主語で語る人間はいない。官僚もしかり。メディアの世界も、望月記者のような例外を除けば、みなが空気を読み、同調圧力によって誰かを生贄にする。そんな世の中の状況に、森はずっと一石を投じ続けてきた。

 冒頭に記した試写会の夜。会議室から近くの焼肉店に場所を移して議論は続いた。「家が遠くて終電が早いから、ぼくは先に帰ります」という森は、最後にこうあいさつした。

「今日は貴重な意見をありがとうございました。参考にさせてもらいますが、採用するかどうかは、自分で決めます」

 そう、にこやかに言って去って行った森の後姿を見ながら、森達也も徹頭徹尾「iの人」なんだよな、と思った。

INFORMATION

『i-新聞記者ドキュメント-』
11月15日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開
監督:森達也 
出演:望月衣塑子 
企画・製作・エクゼクティブプロデューサー:河村光庸
監督補:小松原茂幸 
編集:鈴尾啓太 
音楽:MARTIN (OAU/JOHNSONS MOTORCAR)?
2019年/日本/113分/カラー/ビスタ/ステレオ 
制作・配給:スターサンズ ?2019『i ?新聞記者ドキュメント-』
公式サイト: i-shimbunkisha.jp

(大島 新)

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