矢口蘭堂が35キロ歩いてたどりついた、臨時政府・立川防災合同庁舎9つの秘密

矢口蘭堂が35キロ歩いてたどりついた、臨時政府・立川防災合同庁舎9つの秘密

©石動竜仁

「 矢口蘭堂と巨災対が“根城”にした首相官邸6つの謎 」では『シン・ゴジラ』前半の舞台となる首相官邸について紹介したが、続いて後半の舞台となる災害対策本部予備施設を紹介したい。

■(1)首相官邸が使用不能になったら?

 首都直下地震等で首相官邸が使用不能となった場合、官邸に設置される災害対策本部はどうなるだろうか? こういった事態を想定して、あらかじめ代替施設が複数定められている。

 第一の代替施設は、内閣府や内閣官房が入居する中央合同庁舎第8号館だ。しかし、8号館は官邸と道を挟んで隣接しており、官邸と似たような被害を受ける可能性が高い。

 中央合同庁舎第8号館が使用出来ない場合は、市ヶ谷にある防衛省の中央指揮所に災害対策本部を設置することになっている。中央指揮所は事実上の自衛隊最高司令部であり、劇中でも自衛隊の幕僚たちが対ゴジラ作戦を議論しているシーンが出てくる。

 中央指揮所は防衛省A棟の地下に建造されており、陸海空の3自衛隊の指揮通信システムに連接するとともに、米軍との通信手段も備えるなど、高度な通信設備を持っている。

■(2)都心一帯が壊滅したら?

 では、都心一帯に甚大な被害が生じ、市ヶ谷の中央指揮所も使用不可能になった場合はどうだろうか。この場合は、立川市の立川広域防災基地に設けられた災害対策本部予備施設を使用することになっており、劇中後半でも巨大不明生物特設災害対策本部はここで活動している。

 立川広域防災基地の敷地は、元々は旧陸軍の立川飛行場だった。これが戦後米軍に接収され、長らく在日米軍立川基地として使用されていたものが、1977年に日本側に全面返還され、その跡地利用として、国営昭和記念公園の造園と立川広域防災基地の整備が進められた。立川は地質的に安定した洪積台地上にあるため、地震に対しても強いと考えられており、都心まで30kmという距離から、災害時には応急対策の拠点となるべく立川広域防災基地は整備されている。

 基地内には陸上自衛隊の立川駐屯地、警視庁、東京消防庁といった災害時に救援に当たる組織の他、国立病院機構災害医療センター、日本赤十字社の血液センターといった医療関係施設が設けられている。そして、災害対策本部予備施設のある立川防災合同庁舎もこの立川広域防災基地の一角にある。

■(3)臨時政府の舞台、平時はどう利用されている?

 立川防災合同庁舎は、地上2階地下1階の本館と、地上3階の新館の2棟から成っている。建物内部は、内閣府が所管する予備施設の他に、国土交通省の営繕事務所としても平時から利用されているが、建物の大きさと比べて国土交通省の事務室はわずかで職員も少ない。

 しかし、国の施設のメンテナンスを行っている営繕事務所は、災害の際は庁舎の被害状況を確認するといった役割を担っている。平時の予備施設は防災知識の普及を行うための設備として使われているが、前回出てきた『そなエリア東京』と異なり、一般に公開されているのではなく、防災関係者の訓練等が中心だ。

 では、建物内部を見ていこう。本館2階には、災害対策本部の会議室がある。ここでは対策本部長を始めとした対策本部員が、災害応急の方針を定めるところだ。

■(4)2つの椅子が微妙に異なるわけ

 大震災級の極めて激甚な災害の際設置される緊急災害対策本部(これまで東日本大震災以外に設置されてない)では、全閣僚が本部員となるとともに、首相が対策本部長に就くことになっている。予備施設が使われるような事態になれば、まず緊急災害対策本部が立ち上がっていると見ていい。このため、会議室に並ぶ椅子は、2つだけ変わったものがある。写真でよく見てみよう。

 写真の中央2つだけ他の椅子と異なるが、これが首相と官房長官が座るものだ。さらに首相の椅子(右)は、官房長官の椅子(左)と比べて、やや大きめと細かい違いがある。

■(5)首相の控室はどんな雰囲気?

 さらにこの会議室の裏には、本部長控室。つまり、首相の控室がある。1998年に新館が完成してその3階に本部長室が移るまで、ここが本部長室として使われていたという。つまり、かつては首相の執務室だったのだ。保安上の理由により、新しい本部長室の取材は叶わなかったが、執務机と応接セットがあるといった雰囲気はそう変わらないだろう。

■(6)いつでも使用可能なようにセッティング済み

 新館の2階には、オペレーションルームとして使われる事務室がある。巨大なディスプレイが設置されている有明のオペレーションルームとは異なり、机とパソコンが並ぶこちらはオフィスに近い。

 整然と並べられた机の上には、参集した要員が使用するノートPCや電話があらかじめ用意されている。これらのPCはOSも最新の状態に保たれ、要員が予備施設に参集しても、すぐに使えるようになっているという。

 また、新館1階には記者会見室も設けられてあり、記者用の椅子もセッティング済みとなっている。

 この他、通信設備を備えた通信室、対策本部要員用の仮眠室や、食料の備蓄倉庫、停電時の自家発電設備などが備えられており、ここが災害に備えた施設であることが窺える。

■(7)実は大変だった屋上への移動手段

 もっとも、首相が寝泊まり出来る公邸を併設した首相官邸と異なり、予備施設には公邸としての設備は備わっていない。そのため、首相が予備施設で寝起きすることになると、本部長室のソファーなりで寝てもらうことになるかもしれないという。

 また、劇中、矢口蘭堂官房副長官と赤坂総理補佐官が新館屋上で会話するシーンが登場するが、実際には屋上に出るにはベランダに出てタラップを登っていく方法しかない。スーツを着た2人がわざわざこのタラップを登って屋上に上がる光景は、想像するとちょっとシュールだ。

 なお、ロケの際は撮影用のリフトが持ち込まれていて、それで役者や撮影班は屋上まで上がったという。

 前述したように、災害対策本部予備施設が使われる事態となると、永田町・霞が関といった都心の官庁街は壊滅的な被害を被っていると思われ、全閣僚を本部員とする緊急災害対策本部が立ち上がっているはずである。そうなると、政府機能の中枢は必然的に立川周辺に移ることになるが、それぞれが大臣を務めている官庁の仕事はどうなるのだろうか?

 東日本大震災以降、政府の災害対策本部以外にも、各省庁の本庁舎が使用不能となった際の代替拠点施設を設ける動きが起きている。しかし、省庁の既存の施設を用いているため、省庁の「モノ持ち具合」によってその内容には大きな差がある。例えば総務省消防庁は立川市内にある自治大学校といった大きな施設を代替施設に定めているが、環境省は皇居外苑や新宿御苑の管理事務所といった、小さい上に立川から離れている施設を指定せざるを得ない状況だ。

■(8)立川までの34.9キロ、実際に歩いてみたら……

『シン・ゴジラ』劇中のように、立川に内閣がそっくり移るような事態になれば、現状では国家行政にかなりの混乱を来たすことは想像に難くない。

 劇中、矢口が都心から一晩かけて、徒歩で立川の災害対策本部予備施設まで移動するシーンがある。実は霞が関一帯が被災し、政府中枢の業務継続が困難になった場合の、災害対策本部要員の徒歩による移動についても政府は検討している。2013年に内閣府(防災担当)がまとめた「政府中枢機能の代替拠点に係る基礎的調査業務 報告書」では、閣僚などの要人200名は自衛隊のヘリで移動することを想定し、その他の初動人員2,000名、後続人員として10,000名の移動についてはチャーターバス、それも使えなければ徒歩で移動することを検討している。

 このシミュレーションでは、霞が関にある中央合同庁舎第5号館を出発点として、立川広域防災基地までの約34.9kmを災害時は休憩時間含め約16時間(平時は11時間)で歩くことを想定している。劇中で矢口が歩いたのも、これに近い距離だろう。

 筆者は今春、『シン・ゴジラ』の設定資料と、内閣府の移動シミュレーションで検討された移動ルートを突き合わせ、矢口が歩いたと思われるルートを再現し、劇中や内閣府のシミュレーション通りになるかを実際に歩いて確かめてみた。

 青線が矢口が通ったと思われるルート、赤線が内閣府が実際に検討したルートだ( https://goo.gl/YEQJzq? )。矢口は地下鉄赤坂五丁目駅(実在しない)あたりからスタートしたと思われるので、設定上駅が存在する赤坂五丁目交差点を朝8時に出発したところ、立川の予備施設には17時25分に到着した。

 実際に歩いてみた感想としては、全行程のおよそ半分の地点である吉祥寺駅周辺から肉体的疲労が現れ、女子高生に追い抜かれるくらい歩くスピードが落ちていた。吉祥寺西公園での昼休憩では、その近くで某テレビ番組の撮影でカフェ飯巡りしている芸能人一行を恨めしく見ながらオニギリを口にした(実際の移動では簡単な食事以外食べられないだろうと想定したため)。小金井市に入ったあたりからは憂鬱な気分に支配され、玉川上水沿いの新緑美しい緑道を「もう二度とやりたくない」と思いながら歩いていたのが正直なところだ。

 これを行うにあたり、筆者はウォーキングシューズにコンプレッションタイツを履き、直射日光による疲労を避けるためにツバ広の帽子を被り、目を完全に覆うタイプのサングラスをするなど、完全武装で挑んでこの有様だった。晩秋の11月にスーツと革靴で一晩かけて立川まで歩き、そのまま執務を行った矢口のバイタリティは相当のものだろう。実際に中央省庁の職員が徒歩移動した場合、被災地を通ることを考えても、脱落者は少なからず出るかもしれない。また、内閣府の検討ルートの中には、歩道もないのに交通量が多くかつ狭いという、少々危なく感じたポイントも1箇所あった。

■(9)臨時政府の舞台を見学するには?

 さて、2回にわたり、『シン・ゴジラ』の舞台となった2つの施設を軸に、日本の危機管理の一端を紹介したが、これらの施設は通常は一般に公開されていない。首相官邸で定期的に行われている特別見学は、小学校高学年と中学生を対象として学校が申請するもので、見学できる人は限られている。

 災害対策本部予備施設については、立川市が見学会を開催しており、今年は11月23日に予定しているが、残念ながら10月31日で申し込みは締め切られている。どうしても行ってみたい方はこまめに立川市のサイトをチェックしてみるといいかもしれない。

 しかし、予備施設は難しくても、立川広域防災基地自体に入るのはハードルが低い。東京消防庁の 立川防災館 は開館日ならば誰でも無料で見学可能だ。また、防災基地内に設置されている各機関の公開日に行けばその部分は見ることができる。例えば、予備施設公開日と同じ11月23日に、 立川防災航空祭 が防災基地内の陸上自衛隊立川駐屯地で予定されており、こちらは申し込み不要。防災基地内の警察、消防、海上保安庁、災害医療センターなどの防災関係機関についても紹介展示されているので、機会があったら見に行ってもいいかもしれない。

(石動 竜仁)

関連記事(外部サイト)