「巨根客で苦労した(笑)」なんてノンフィクションでは書けないから“小説”になりました

「巨根客で苦労した(笑)」なんてノンフィクションでは書けないから“小説”になりました

『里奈の物語』(鈴木大介 著)

 これまで鈴木大介さんは、貧困や暴力被害などの事情からやむを得ず裏社会に生きる人々の姿をノンフィクションで描いてきた。だが今回上梓したのは、初の小説である。

「ノンフィクションでは、彼らが置かれている社会問題に焦点をあて、その問題に収斂(しゅうれん)するように書かなければいけないので、書けないことも沢山出てきます。たとえば過度の虐待や貧困状態にある家から逃げ延び、自力で生きるために売春をやっている少女たちにだって、明るい側面ってあるんです。けれど、その子らが仲間内で面白おかしく語ってみせる、買春男とのセックス談義なんて、書くのは難しいですよね。『巨根客で苦労した(笑)』なんて、女の子同士で笑い飛ばして話し合う姿は、なかなか素のままで描けない。そのままの姿をノンフィクションで描くということは、『なんだ楽しんでるじゃないか』『進んで売春しているなら自業自得だな』といったように、問題の本質がぼやけたり、差別の助長に繋がる危惧もあるんです。読み手に当事者の立場になってもらうために、あらゆる手段を尽くしたいと思っています。今回試みた小説という方法も、その手段の1つです」

 小説で描かれるのは里奈という少女の十数年間の物語。北関東で伯母のもと、血のつながらない最愛の妹と暮らす。親の顔は知らない。頼りになるのは、伯母と彼女とつながりのあるスナックのママ。ある日、里奈の生みの母親が幼い兄妹を連れて現れる――。警察沙汰、離れ離れになる家族、施設での暮らし、あまりに早く訪れる自立の時。そして自活の手段は、未成年の売春。ページをめくる度、展開していく事態にたじろがない読者はいないだろう。

「実は里奈にはモデルがいるんです。彼女、僕のノンフィクションを読んで連絡くれたんですが、初めて会った池袋の喫茶店で大声でなじられました。『鈴木さんはリアル書けてない!』って。彼女は、僕が売春を生業にする少女らの被害的な側面だけを切り取ったことに、強烈な違和感を持ったようです。可哀想だなんて思われたくないと。里奈の熱量にはやられましたね」

 里奈の身には普通に生きていれば、およそ考えられない不幸が起きる。道を踏み外したことのない善男善女からすれば、彼女の人生は眉をひそめるべき転落の連続に映るかも知れない。

「里奈の一番の希望は、自分で自分の人生をコントロールすることなんです。何者にもとやかく言われたくない、周囲のアドバイスなんか納得できない。それは現にいま路上で暮らす少女たちのメンタリティにも共通する。彼女たちは圧倒的に不自由な環境で生きてきて、もうひとかけらたりとも自由を奪われたくない。自分の力で生きていくことを選択するわけです」

 本作は青春小説だ。あるいはピカレスクロマン、犯罪小説として読むこともできるだろう。だが、主人公として紙面を暴れまわる里奈の人間像は、既成のジャンルにはとても収まらない。きわめて複雑で、たまらなく魅力的だ。

「自分はワンオブゼムにすぎない。里奈もそのことを知っている。もっと酷い目に遭ってきた子がいる、自分はまだましだ、そう思っているんです。罪悪感が彼女を動かしているとも言えるかもしれません。僕が今まで書ききれなかったことの全てを突っ込みました。おかげでどの登場人物も、僕の最初のプロットを破って好き放題動き回ってくれて、小説を磨き上げるのには随分苦労させられましたけど(笑)」

すずきだいすけ/1973年、千葉県生まれ。文筆家、ルポライター。著書に『最貧困女子』『家のない少女たち』『老人喰い』『脳が壊れた』『されど愛しきお妻様』など。担当したマンガ原作に『ギャングース』。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年12月5日号)

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