反骨の志士を演じ切った声の名優・井上真樹夫

反骨の志士を演じ切った声の名優・井上真樹夫

井上真樹夫さん ©時事通信社

 令和元年11月29日(金)、またひとり昭和を代表する名優のおひとりが旅発たれた。井上真樹夫さん80歳。持病の狭心症悪化による急性心臓死のため千葉のご自宅で息を引き取られた。

 井上さんといえば『巨人の星』(’68年)の主人公・星飛雄馬(声・古谷徹)のライバル・花形満や『ルパン三世(TV第2シリーズ)』(’77年)以降の通称二代目石川五ェ門、そして、松本零士原作の『宇宙海賊キャプテンハーロック』(’78年)の主人公・ハーロックの声などで知られる、元祖“イケボ”だった。イケボとはイケメンボイスもしくはイケてるボイスの略で、聞くだけでイケメンを連想される声、またはその声の持ち主を意味する。井上さんは、’95年に亡くなられた富山敬さん、現役でご活躍中の神谷明さんと“声優御三家”と称され、一世を風靡された。

■29歳で中学生を演じる“声の魔法使い”

 その芸歴はテレビ黎明期まで遡り、テレビアニメの出演はその元祖の『鉄腕アトム』(’63年)のゲスト出演からスタートする。そこからわずか5年で井上さんは、生涯最大の当たり役のひとつと出逢う。それが花形満だった。花形モーターズの御曹司で、レールに敷かれた人生から自暴自棄となり、不良少年とつるみ悪さばかりしていた彼が、星飛雄馬という生涯にわたる盟友にしてライバルと出逢ったことで人生が一変。やがて阪神タイガースの若き獅子としてマウンド上の飛雄馬と火花を散らしていく姿を時に美しく、時に激しく演じて大人気となった。

 漫画原作・アニメでは花形満の中学生時代から飛雄馬の姉・明子(声・白石冬美)と結婚してからの壮年までが描かれたが、スタート時のリアル年齢29歳の井上さんは、視聴者になんの違和感も与えることなく見事に中学生の花形を演じ切った。飛雄馬役の古谷はリアル中学生だったが、視聴者は井上さんも中学生だと思い込んでいた。

 花形以降、井上さんは、本宮ひろ志原作の『男一匹ガキ大将』(’69年)の片目の銀次役や『男どアホウ甲子園』(’70年)の主人公・藤村甲子園役など、破天荒で反骨精神溢れるキャラクターを演じる機会が多くなるが、そのイメージはやがて“孤高の一匹狼”的キャラクターに昇華されていく。その代表的なキャラクターのひとつが先の石川五ェ門(二代目)であり、キャプテンハーロックだった。

■寡黙なサムライと、一匹狼の宇宙海賊のはざまで……

 原作及びアニメ1作目の五ェ門は、人でも物でもやたらめったら斬りたがり、峰不二子(声・二階堂有希子)にも色目を使うナンパなキャラでもあった。その声は大塚明夫のお父君、名優の大塚周夫が演じて“侍の狂気”を表現していた。井上さんが演じたことで二代目五ェ門は、真逆と言っても差し支えない“寡黙な侍”となった。『ルパン三世(TV第2シリーズ)』第108話「哀しみの斬鉄剣」(脚本:岡本一郎/コンテ・演出:御厨恭輔)では、女性に免疫がなく、決して無益な殺生などせず無駄に斬ったりもしない、五ェ門の“侍スピリッツ”が描かれ、それは劇場版第1作『ルパン三世 ルパンVS複製人間』(’78年)、第2作『ルパン三世 カリオストロの城』(’79年)の五ェ門像に継承されていく。

 特に『カリオストロの城』では名匠・宮崎駿の筆に乗り、不二子(声・増山江威子)とともにルパン(声・山田康雄)や次元大介(声・小林清志)のサポートに徹し、“陰ながら”悪(時に車も)を痛快に斬り捨てていく様がかっこよかった。これには“じつは宮崎駿がこの映画に五ェ門を登場させたくなかった”という説もあるが、やはり井上さんの声のイメージに引っ張られた“キャラ変”の結果だろう(もちろん初代の大塚さんもかっこよかったが、かっこよさのベクトルが異なる)。
 もうひとりのハーロックは、今さら書くまでもない孤高の宇宙海賊だが、親友の忘れ形見の少女・まゆ(声・川島千代子)のために戦い、友と同志のためには命も惜しまないその生き様に、井上さんは見事、その美声で魂を吹き込んだ。

■実写ぬいぐるみキャラクターに“反骨の魂”を吹き込んだ

 そんな、井上さんが演じたキャラクターで筆者的に忘れられない存在がいる。井上さんの経歴の中では比較的珍しい実写特撮ヒーロー作品『アクマイザー3』(’75年)の主人公ザビタンだ。『原始少年リュウ』(’71年)など(井上さんは主人公リュウの声を演じた)で井上さん自身も縁の深い、石ノ森章太郎原作のこの作品は、“脱変身”を狙った意欲作で、井上さんは、“人間が変身しない”主人公ザビタンの声を演じた。言ってみればぬいぐるみ人形劇なのだが、表情を持たない仮面の戦士を子供たちにかっこよく見せ、感情移入させるには声が大事と考えたスタッフが白羽の矢を立てたのが井上真樹夫という声の名優だった。

 ザビタンも同胞のアクマ族に反旗を翻した孤高の反逆児だが、自分を殺そうとした相手でも許し、決して殺そうとはしない。そんな彼の行動に疑問を抱いた討伐隊員のひとりガブラ(声・八奈見乗児)が「お前を殺そうとしたわいを、なんで二度も助ける? なんで?」と聞けば「アクマと同じことをしたくないからだ!」と毅然と答える。当時これを観た小学生の筆者は、ザビタンのように決して他人を手にかけることのないように生きたい……と強く思ったものだ。それも井上さんの“孤高の声”の為せる業だったことだろう。

■一介のファンにも心遣いを忘れない

 大学生のとき、筆者は井上さんにファンレターを送り、『アクマイザー3』の同人誌に掲載するためのアンケートにお答えいただけるようお願いした。ダメ元だったが、井上さんは一介のファンでしかない自分に、ご丁寧なお返事と直筆記入のアンケート用紙を送り返してくださった。そこには当時のアフレコ秘話とともに、『アクマイザー』のようなマニアックな作品でファンレターが届いたことに驚いた思いを正直に吐露されており、「せいぜいガムバッテください」と締め括られていた。一見すると突き放したような書き方だが、『虹のシャワー』(’82年/朝日ソノラマ刊)等の井上さんのエッセイを読んだ者なら分かるとおり、井上さん一流のフランクさとユーモアを交えた激励で、思い出すだけで胸が熱くなる。
 声だけでなく、生き方そのものがイケメンだった井上さん。その孤高の存在と精神は、ザビタンや五ェ門、ハーロックら井上さんが演じた数多くのキャラクターとともに、永遠に生き続けることだろう。

(岩佐 陽一)

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