佐々木朗希よ、新沼謙治氏を超える東北のスターとなれ!

佐々木朗希よ、新沼謙治氏を超える東北のスターとなれ!

契約交渉後の会見にて、佐々木朗希と柳沼強担当スカウト(右)と松本尚樹球団本部長(左)

 大船渡に熱気が溢れた夜だった。11月30日。ついに令和の怪物と呼ばれる大船渡高校の佐々木朗希投手が千葉ロッテマリーンズとの契約を交わし、会見に臨んだ。その歴史的な瞬間を捉えようと当日、50人以上のメディアが大船渡に集結。市内のホテルで行われた会見ではフラッシュの嵐となった。

 本人との契約と会見を無事に終えた後、担当スカウトの柳沼強(45歳)は近くの焼き肉店で関係者とささやかな打ち上げ会を開いていた。会場となったホテルから歩いて数分の場所。まだ街には報道陣の熱気が残っているようだった。

■「皆さん、佐々木朗希を知っていますか?」

 人と会話をするのが好きなのが柳沼スカウトの性格だ。ブルペン捕手からスカウト転向1年目だが、まさにうってつけの仕事のように見える。思えばドラフト会議で交渉権を獲得し10月29日に大船渡高校へ指名挨拶に行った際も前夜に宿泊した岩手県一関市のホテル近くで見つけた焼き鳥店で知らない人たちと話し込んだ。カウンター席しかない知る人ぞ知る地元の小さなお店。焼き鳥1本70円という設定がまず目に飛び込む。黙々と鳥を焼く主人は多くを語らず絵に描いたような職人気質だ。席には常連と思われる地元の人たちが「いつものやつをお願い」と注文を繰り返している中、初めてお店に入った柳沼は完全アウェーともいえる状況ながら堂々と話を切り出した。

「皆さん、佐々木朗希を知っていますか?」。今まで見た事がない顔の客に少し警戒心を見せていた店内の雰囲気に変化が生じた。柳沼は包み隠さず話す。「千葉ロッテマリーンズのスカウトで明日、指名挨拶に行きます。岩手の皆様がどう思われているのか知りたくて」。これぞ本物のスカウトの現地調査だった。岩手の新たな希望と言える存在に店内に居合わせた人々が突如、饒舌になる。そしてなによりも幸運だったのはみんなが野球好きだった事だ。イッキに話が広がり、語り合った。

「岩手のヒーローですよ」。「みんな応援していますよ」と声をそろえる。それまでほとんど口を利かなかった店の主人までが初めて頬を緩めた。プロのスカウトマンの話術を見せつけられた瞬間だった。そして目敏い。帰り際、お店の隅に楽天ゴールデンイーグルスのカレンダーを発見すると「これからは千葉ロッテマリーンズも応援してくださいよ。次、お店に来た時にカレンダーを持ってきますから」。スカウトマンはこういったちょっとした会話から色々な情報を仕入れ人脈を作り上げるのだ。そして自分たちが球団を代表している存在であることも忘れない。だから笑顔が素敵で気さくに話をする。会話をした人たちは誰もがマリーンズに好印象を感じるのだ。

■佐々木の前に立ちはだかる“大船渡のスター”

 さて話は11月30日に戻る。打ち上げの焼き肉店でもやはり店員との会話が始まった。ここは大船渡市である。しかも会場から徒歩数分圏内の焼き肉店。2時間ほど前まではこの周辺をテレビカメラが行き交っていた。「佐々木を知っていますか?」という質問は野暮だろう。だからこそ、こう聞いた。「このお店にも佐々木は来ますか?」。70代と思われる男性店員はしかし、思い描いてたリアクションを起こさなかった。

「どちらの佐々木さんですか?」と首をひねる。まあ、仕方がない。もう少し細かく問うことにした。「大船渡高校の佐々木朗希くんです」。それでも反応は鈍い。「はて、どなたですか。佐々木さんはたくさんいらっしゃいますが、存じ上げません」。してやられた。まさかこんなに身近に知らない人がいるとは。テーブルの空気が凍りついた。ただ、唯一の希望がある。それはこの人が野球に疎い可能性があることだ。だから一応、質問をした。「大谷翔平選手は知っていますか?」。

 明快な回答が帰ってきた。「もちろん、岩手のヒーローです」。日本を代表するアスリートだ。仕方がない。続けざまに聞いた。「菊池雄星選手は知っていますか?」。左で投げるそぶりを見せて「菊池くん、知っていますよ」と答える。結構、野球を知っていたためショックの色が隠せなくなった。最後に聞いた。「ちなみに大船渡と言えば、誰ですか?」。少しヤケ気味だ。間髪入れずに回答が返ってきた。「そりゃあ、もちろん新沼謙治さんでしょ!」。あまりにも力強い回答に、たじろいでしまうぐらいだった。

 名前を聞いてハッとした。確かにそうだ。NHK紅白歌合戦にも出場する日本を代表する演歌歌手で会場のホテルに向かう途中にも「新沼謙治のふるさと」と大きな看板が立っていた。東北のスターだ。多くの報道陣を集め、フラッシュの嵐にさらされたとはいえ、まだプロの世界でなんの実績もないこれから道を歩む若者。この初老の店員からしてみればただの18歳の青年なのだろう。本人が会見で「沢村賞を目指す」と目標を掲げたようにこれから一つ一つ結果を出すことできっとこの人からも誇られる存在となるのだ。

■いつの日か「大船渡と言えば佐々木」と言ってもらえるように

 佐々木は会見で力強く言った。「岩手の人にはこれまで応援していただいたので、その分の恩返しができるように活躍がしたいです」。今ではない。地元で胸を張れるのはプロで活躍をして恩返しとなるような明るいニュースを届けた時なのだ。

 千葉ロッテマリーンズの一行は契約と会見を無事に終えた事で自分たちが少しばかり浮足立っていた事を反省し、店を出た。そして誓った。この令和の怪物と言われるダイヤの原石にしっかりとした環境を提供し、全面バックアップしながら育てて、あの契約会見場から徒歩5分圏内にある焼き肉店の店員に「大船渡と言えば佐々木君でしょ!」といつの日か言ってもらえるようにしたいと。

 空を見上げた。東北の空は澄んでいた。星が綺麗に輝いていた。ちなみにあの店員からもらった領収書には「新沼」とハンコが推されていた。「ああ、この初老の店員さんは新沼謙治さんと同じ、名字なのかあ……」。スカウトの柳沼はポツリとつぶやいた。吐く息は白かった。

梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報)

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ウィンターリーグ2019」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト https://bunshun.jp/articles/17819 でHITボタンを押してください。

(梶原 紀章)

関連記事(外部サイト)