「ヤラセじゃない?」 31年目の『探偵!ナイトスクープ』新局長・松本人志で何が変わった?

「ヤラセじゃない?」 31年目の『探偵!ナイトスクープ』新局長・松本人志で何が変わった?

「探偵!ナイトスクープ」 西田敏行の後任として、ダウンタウン松本人志が3代目新局長に就任

「『探偵!ナイトスクープ』の時間がやってまいりました。複雑に入り組んだ現代社会に鋭くメスを入れ、さまざまな謎や疑問を徹底的に究明する『探偵!ナイトスクープ』。私が局長の松本人志です」

 関西地区では11月29日に放送された『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送テレビ)のオープニングで、この回より番組の3代目局長に就任したダウンタウンの松本人志が、おなじみの口上を述べ、“松本探偵局”を本格始動させた(東京MXテレビでは12月15日に放送予定)。

 『探偵!ナイトスクープ』は1988年3月、タレントの上岡龍太郎を探偵局長として放送をスタートした。以来、視聴者からさまざまな依頼を受けて、タレントや俳優扮する探偵たちが解決にあたっている。この間、上岡は芸能界引退にともない2000年4月に局長を退任。それからしばらく探偵たちが持ち回りで局長代行を務めたが、2001年1月より2代目局長に俳優の西田敏行が就き、上岡の在任期間を超える約19年間務めた。ちなみに局長就任時の年齢は、上岡が46歳になる直前、西田が53歳、そして松本人志が56歳である。番組スタート時の上岡が、現在の松本より10歳も若かったことにちょっと驚かされる。

■「上岡さんの才能を生かして、1本の番組にできないか」

 そもそもこの番組は、まず上岡ありきの企画だった。番組の初代プロデューサーの松本修によれば、1987年秋、当時の副社長から、若い視聴者をターゲットとした新番組をつくるよう命じられたのが発端だという。松本はすでに自身が30代後半だったことから、自分と同年代に受け、なおかつ若者にも受ける番組というふうにターゲットを広げたうえで、スタッフらと企画を練った。初めはひとつずつテーマを決めてアイデアを出し合ったが、すでに似たような番組が存在していたりしてうまくいかない。ならばと今度は、メインとなるタレントを想定して番組を考えることにした。そこで松本がふと思いついたのが、上岡龍太郎だった。

 松本は自分の担当する生番組で、かつて上岡に司会陣に入ってもらったところ、VTR終わりでのコメントが毎回鋭くて批評的だったのを思い出した。「上岡さんのこの才能を生かして、1本の番組にできないか」……そう考えた末に生まれたのが、視聴者からの依頼にもとづき、レポーターが取材し、結果を上岡に報告するというアイデアだった。これを探偵局というスタイルにして企画を提出、実現にいたったのである(※1)。

 番組がスタートすると、探偵の報告に対する上岡の反応はいつも理詰めで、ときに厳しくもあった。幽霊退治の依頼に霊媒師を登場させたところ、こんなインチキな輩をテレビに出すのは罪だと怒って退席し、そのまま帰宅してしまったこともあった。

■「驚きだった」西田敏行の局長就任

 上岡は2000年、かねてより予告していたとおりタレントを引退する。それでも松本らスタッフは、彼が引退を翻意してもいいよう、局長退任後も後任を用意しなかった。だが、探偵が週替わりで局長代行を務めるうちに視聴率が低迷。ついに新たな局長を迎えることになる。スタッフが会議を重ねるなか、この番組の大ファンらしいと名前が挙がったのが、西田敏行だった。「西田さんなら、二番煎じではない、また新しい『ナイトスクープ』に脱皮できるのではないか」とスタッフの意見は一致し、局長就任を打診したところ、快諾を得る(※1)。

 福島県出身で、関西とは一見無縁そうに思われる西田(じつは父親が大阪府堺市出身だったのだが)の局長就任は、地元の視聴者には驚きをもって受け止められた。しかし支持を集めるまでには時間はかからなかった。涙もろいキャラクターは、スタッフの思惑どおり、番組のカラーを変えた。昨年、番組が30周年を迎えたとき、松本修は、2代目局長に西田を選んだ理由を次のように説明している。

《時代が変わった。つまり、30年前は、本音をズバリ言うタレントが2人しかいなかった。一人は横山やすしさん。もう一人は上岡さん。でも今は100人いてる。みんなズバリ本音を言う。ワイドショーなんかみんなそう。もうズバリは古い。でも泣くのは桂 小金治さん以来。半世紀ぶり。これはすごい。あっちは噺家で泣かすのが商売。こっちは名優。涙の値段が違う。西田さんに代わって、探偵たちもそれまでは我慢していた涙を流すようになった。上岡時代には泣くなんて有り得なかった》(※2)

■なぜ西田は退任することになった?

『ナイトスクープ』の構成作家のひとりである平野秀朗は、番組に対する上岡と西田の姿勢の違いを、《上岡さんはどちらかというと、監督とか演出者という立場で見てはったと思う。自分では思いつきもしない展開を見せられたとき、「やられた!」と感じながら。/西田さんは、自分が依頼者になった気持ちで見てはる。西田さんがよく泣きはるのは、依頼者の心の情景を想像しながら見てはるからでしょうね。依頼者の心に入り込んで、心ふるわされる快楽にひたってはるのです》と分析している(※1)。

 ただ、当の西田は、自分が番組のカラーを変えてしまったことに対し、どこか後ろめたさも抱いていたようだ。局長退任を表明したときには、《僕が局長をやりはじめてたまたま感動して泣いてしまったことをきっかけに、どんどん依頼内容に感動系が増えていってね。渇いた笑いと濡れた感性を50:50にして進めていきたかったけど、僕の場合、濡れた感性のほうが多くなっちゃった(笑)。軌道修正していかないとこの番組のコンセプトが薄れるという危惧があったので、ぼちぼち退くべきだなと》と打ち明けている(※3)。退任の理由としてはほかにも、今年72歳になり、番組収録のため隔週で大阪に来るのが体力的にだいぶしんどくなってきたこともあげた。

■初回の松本はコメントがいまひとつ弾まなかった?

 西田の発言を踏まえると、今回の松本の局長起用には、「濡れた感性」のほうに傾きがちだった番組を、もう一度「渇いた笑い」のほうへ戻そうという意図もあるのだろう。もっとも、11月22日の放送の終わり際、西田から後任として紹介された松本は、《この番組が大好きな人は、松本が出てきたら番組のカラーが変わっちゃうかなとか言うかもしれないですけど、僕一人でカラーが変えれるようなヤワな番組だとは思ってません》と遠慮がちに語り、西田から逆に《どんどんカラーが変わってていいです》とエールを送られていた(※4)。

 引用した松本の発言からは、彼が30年間続いてきた番組を引き継ぐことの重さを十分すぎるほど感じているのがうかがえる。そのせいか、局長となって最初の放送では終始どこか硬さがあったように思う。この回では、視聴者から「ぬるま湯を張った浴槽に、頭を下にお尻を上にした状態でしばらく潜っていると、母親の胎内にいた感覚を思い出す」という小ネタを提供され、間寛平探偵(70歳)が、実際に風呂で素っ裸になって試していた。大先輩の体を張ったレポートに、松本があきれながら「あれ見てわかったのは、(ロケ現場が)線路沿いの家なんやなっていうこと」だけ(VTRに電車が通る音が入り込んでいたため)と斬り捨てていたのは彼らしかったが、ほかのVTR後のコメントはいまひとつ弾まない感じであった。

■「やらせってことはない?」にツッコミ

 しかし、12月6日の2回目の放送を見る限り、しだいに硬さもとれつつあるようだ。オープニングでは、この日の番組顧問の歌手・円広志(番組主題歌「ハートスランプ二人ぼっち」の作者でもある)を紹介したあとで、「局長は円さんでもいいんじゃないかって話もあったんですけどね」と話を振り、円が「ないない」と苦笑しながら否定すると、「言った人がボコボコにされたって」とボケてみせた。

 また、この日の依頼のひとつ「亡き夫の釣竿でイシダイを釣りたい」のVTRは、奇跡的な結末を迎えて感動巨編となったが、松本は西田のように涙は見せず、「僕の番組ね、ちょっとあったんですけど、やらせってことはない?」と口にして、探偵たちからツッコまれていた。このコメントはもちろん、松本の出演していた他局の番組がやらせ問題で打ち切られたのを踏まえたものだ。西田がほとんどできなかった「渇いた笑い」を、さっそく実行したともいえる。

 こうしていざ“松本探偵局”が始動してみると、彼が新局長に迎えられたのは何より、VTRに対する「的確なボケ」を求められてのことだとしだいにはっきりしてきたように思う。相方の浜田雅功がいない分、探偵たちが一斉にツッコミを入れるのも、今後お約束の光景となりそうだ。「理詰めの上岡」、「泣きの西田」に続く、「ボケの松本」は、果たして『ナイトスクープ』にどんなカラーをもたらすのだろうか。

※1 松本修『探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子』(ポプラ社、2005年)
※2 KansaiWalker編集部『探偵!ナイトスクープWalker』(KADOKAWA、2018年)
※3 「Lmaga.jp」2019年10月25日配信
※4 「ラフ&ピースニュースマガジン」2019年10月26日配信

(近藤 正高)

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