石川佳純と平野美宇の壮絶すぎる争い 卓球史に残る五輪代表選考、語り継がれるべきその“意味”とは

石川佳純と平野美宇の壮絶すぎる争い 卓球史に残る五輪代表選考、語り継がれるべきその“意味”とは

オーストリア・オープンでダブルスを組んだ石川佳純(左)と平野美宇 ©AFLO

 長い卓球の歴史の中で、これほど過酷な代表レースはなかっただろう。12日のグランドファイナル(中国・鄭州)で、石川佳純(全農)、平野美宇(日本生命)がともに1回戦で敗れたことで決着した、2020東京五輪女子シングルスの代表選考レースだ。

■東京五輪代表枠をめぐる凄まじいデッドヒート

 東京五輪のシングルスの代表枠は各国2人だ。少ないように思えるが、3人以上にすると中国がメダルを独占してしまい、大会への興味を失わせるという理由でロンドン五輪から2人となった(実際、北京五輪では男女とも中国がメダルを独占した)。代表選手を決める方法は各国に委ねられているが、日本卓球協会は、選考の透明性と国際競争力を重視して「2020年1月発表の世界ランキングの上位2名」と決定した。これが競争を過酷なものにした。世界ランキングは選手の実力を数値化した「ポイント」で決まる。現在のポイントの計算方法は、大会に出れば出るほど上がりやすく、なおかつ各大会で得たポイントは1年間有効であるため、ライバルに後れをとらないためには、2020年1月までのきっちり1年間、ひとつでも多くの大会に出続けなくてはならない。実際にはそこに行くまでにシード権を確保しておく必要があるから、競争はそれ以前からだが、この1年の激しさは特別だった。

 伊藤美誠(スターツ)は途中から他の選手を引き離したため、多少の余裕は出ただろうが、石川と平野は最後の最後まで凄まじいデッドヒートを繰り広げた。

■書いているだけで胸が苦しくなるような試合数

 3月から今回のグランドファイナルまでの10カ月間に、2人がともに出場した大会を並べると、カタールオープン、アジアカップ(横浜)、世界選手権(ハンガリー)、中国オープン、香港オープン、ジャパンオープン(札幌)、韓国オープン、オーストラリアオープン、T2(マレーシア)、ブルガリアオープン、チェコオープン、アジア選手権(インドネシア)、スウェーデンオープン、ドイツオープン、ワールドカップ(中国)、オーストリアオープン、T2(シンガポール)、ワールドカップ団体戦(東京)、ノースアメリカンオープン(カナダ)、グランドファイナル(中国)と、実に20大会にもおよぶ。平野に至っては配点の小さなオマーンオープンまで出ているから21大会だ。ひとつの勝利、ひとつの敗戦が結果を左右するから、10カ月もの間、長い長い1試合を戦い続けているようなものだ。これらの他にも、世界ランキングには影響しないが重要な国内大会である全日本選手権、ジャパントップ12、そしてTリーグと、書いているだけで胸が苦しくなるような試合数だ。

■直接対決に勝利し、涙が止まらなかった石川

 8日に終わったノースアメリカンオープンは、本来はトップ選手が参加しない配点の低い大会だが、1ポイントでもほしい2人がともに参加し、決勝で石川が平野を破り、平野の65ポイントリードから逆に石川の135ポイントのリードとなった。まさにゴール直前に鼻差で抜き返した形だ。グランドファイナルで両者ともにポイントを加算できなかったため、結果的にこの直接対決が事実上の代表決定戦となった。勝った石川は、五輪で勝ってもこれほど泣きはしないのではと思うほど涙が止まらなかった。異様な迫力となった日本人どうしの決勝戦は、この試合の背景を知らないであろう現地カナダ・マーカムの観客の目にどう映ったことだろう。

 卓球は「100メートル走をしながらチェスをするような競技」と言われるように、アスレチックであると同時に非常にゲーム性の高い競技だ。ボールと競技サイズが小さいため、アスレチックな部分さえも指先レベルの繊細さと0.1秒レベルの反応が勝敗を決める。ゲーム性については言うにおよばず、相手との騙し合い、先の読み合いとなるが故に、精神面が強く反映される。緊張によるわずかの動作の狂いがボールの行方を狂わし、心の揺れが判断を狂わす。勝ちたい気持ちが強いほどその作用が大きくなる矛盾。そうした内面と戦うために選手はときに異様なほどの大声を出し、負ければ必ず自分を責める。だから勝っても負けても涙を堪えきれない。こういう競技で10カ月もの間、緊張を強いられて戦い続ける辛さは想像に余りある。

■団体戦において選手がチームのためにできることは?

 希に見る過酷な戦いは終わった。勝者以外はやがて忘れられるのが世の常だが、この戦いは東京五輪の一部として、願わくば打倒中国の成功物語の序章として語り継がれなければならない。

 女子シングルス代表は伊藤美誠、石川佳純に確定したが、団体戦は、この2人に日本卓球協会が推薦する1人(1月6日に発表)を加えた3人で戦う。卓球は個人競技なので、団体競技のようなチームワークは必要ない。よくマスコミなどで日本女子のチームワークの良さが賞賛されるが、大衆の願望を反映した虚構にすぎない。トップ選手同士は普段はライバルであり、団体戦のときですら試合以外では別行動をするのが普通だ。大衆が期待するような仲間意識はそもそも持っていない。持っていたとしても役には立たない。応援や励ましが役に立つとしても、そんな誰でもできるようなことを賞賛する必要はない。選手がチームのためにできることは勝つことだけだ。勝たないまでも、素晴らしいプレーをすることで仲間を振るい立たせることだ。そんな、どこまで行っても個人競技である卓球で、あえてチームワークと言い得るものがあるとすれば「こいつなら勝ってくれるだろう」とお互いに思えることだ。そう思うことによって、自分のプレーに前向きな気持ちや余裕が生まれ、実力以上の力を発揮することにつながる。

■「品格が問われるのは負けたときの態度だ」

 団体戦の3人目が誰になるかはわからないが、過酷な代表選考レースを戦い抜いた選手たちのひとりになることは間違いない。「あれほど自分を苦しめた、憎らしいほど強いコイツが簡単に負けるわけがない」」(ダブルスなら「入れてくれる」)とメンバーがお互いに思うことによって、チームの力は最強になる。それがこの過酷な代表選考レースの収穫となる。

 グランドファイナルで負けてシングルスの代表を逃した平野は、記者会見で大粒の涙を流しながら毅然とした態度で率直に心情を吐露した。多くの犠牲を払って報われなかったが、その最後の場面でもなお我々に感動を与えた。「勝ったときは誰でも輝いて立派に見えるが、品格が問われるのは負けたときの態度だ」と故・荻村伊智朗(世界選手権金メダル12個、第3代国際卓球連盟会長)は語った。まだ19歳の平野は見事にその範を示した。

※著者・伊藤条太氏によるトークライブ開催
卓球漫談 ディープ&クレイジー! 奇天烈卓球の世界
2020年1月6日(月)19:00〜 新宿Naked Loftにて

(伊藤 条太)

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