「モザイクの向こう側はグレーの世界でした」筑駒卒のAV男優・森林原人が思い出す“あの日ヤクザに言われたこと”

「モザイクの向こう側はグレーの世界でした」筑駒卒のAV男優・森林原人が思い出す“あの日ヤクザに言われたこと”

©杉山秀樹/文藝春秋

筑駒卒の“元神童”はなぜAV男優になったのか? 森林原人40歳が明かす「同級生にカミングアウトした夜」 から続く

 筑波大学附属駒場中学校・高等学校、通称「筑駒(ツクコマ)」は、全校生徒の約6〜7割が毎年東大に合格するという、日本屈指のエリート校だ。だが、同校の卒業生である森林原人は、軒並み東大へと進学した同級生たちを横目に、19歳でAV男優としてデビュー。以後20年以上に及ぶキャリアの中で、約1万人の女優と絡んできた。

 はじめは「自傷行為」として飛び込んだAV業界だったが、着実にキャリアを積みながら、次第にやりがいや手応えを感じ始めた森林。しかし、まもなくその身に大きな転機が訪れる。親にAV出演が知られてしまう、いわゆる“親バレ”だ。そのとき彼は両親といかに向き合い、何を語ったのか。(全3回の3回目/ #2より続く )

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「親バレしたのは、男優2年目のとき。5月の母の日のことでした」

 森林は少し俯きながら、記憶を探るように語り始めた。「大学から親に『お子さんの履修届が出ていない』って連絡があったんです。そのころ、僕はもう全然大学に行ってなかった。けど、男優の仕事のために、毎日『大学に行く』って嘘をついて出掛けてたんです。だから、お前は何をやってるんだ、話を聞かせろってことになって」

 森林はリビングのテーブルに、両親と向かい合わせに座った。しかし、数分間は誰も口を開かなかったという。気まずい空気が流れるなか、最初にその沈黙を破ったのは厳しい父でも、覚悟を決めた森林でもなく、いつも優しい母だった。「いきなり『何の宗教やってるの』って言われたんです。たぶん、親なりにいろいろ考えを巡らしたんでしょうね。当時は、頭のいいやつが道を踏み外すと言えば、宗教だったんです」

■「親を泣かせるだけだったら、辞めてたかもしれない」

 母の思わぬ一言に驚いた森林は、「宗教なんてやってないよ。AV男優をやってるんだ」と答えた。「むしろ心配をかけさせないように、と思って言ったんですが、もちろん2人とも猛反対で。母は唖然としていて、父はしっかりと言葉で怒りを表しましたね。そんなことをさせるために育ててきたんじゃない、自分が何をしてるかわかってるのか、と」

 その反応は予想通りではあったものの、ここまで“怒り”が前面に出てくるとは思っていなかったという。「もともと親を悲しませたくない、という思いはずっとあったんです。一番覚えてるのは……小さい頃に、母親の財布からお金を盗んでいるのを見つかったことがあって。ビックリマンチョコが欲しくて、こっそり財布からお金を抜き出していたときに、パッとドアを開けられて。そしたら母親が固まって、僕を見ながら何も言わずにボロボロ涙を流したんです。その記憶がずっと頭にあって。だからこのときも、そんな風にただただ親を泣かせるだけだったら、男優を辞めてたかもしれない。でも、このときは怒りだったから……だから、話ができたのかな」

■一生取り戻せないと思っていた“2年の出遅れ”

 それまでの2年間、森林も「このままでいいのか」という思いは抱え続けていた。「やっぱり後ろめたい気持ちもありました。でも、友達は本格的に就職活動を始めていて、銀行にしたとか、国一受けたとか、早いやつは司法試験受かったとか、そういう話が聞こえてくるんです。そうなると、もう自分にはこれしかないな、と。今の年齢で思えば、全然やり直せるんですよ。2年なんか、全然取り戻せるよって思うんだけど、浪人もしていたし、当時はこの出遅れは一生取り戻せないって思っていて」

 自分にはもうAVの道しかない。そう信じていた森林は、その思いを両親にぶつけた。「この家に生まれて良かったと思ってる。お父さんお母さんの子で良かったと思っている。でも、僕はお父さんとお母さんの作品じゃないんだ。だから、僕がどんな生き方を選んでも、2人が失敗したとは思わないで、って言ったんです。自分が何をしているのかは、僕なりに分かってるつもりです。やめるときは自分でやめるから、僕が僕の人生を決めていくから、と」

 親バレからまもなく、森林は実家を出て、都内で一人暮らしを始めた。父親は話し合いのあと、半年間口をきいてくれなかった。だが、部屋を借りる際には保証人になってくれた。「母からは、5年だけ待つから、と言われました。その間にお金を貯めて、ちゃんとやりたいことを見つけなさいと」。そのとき森林は22歳だった。

■身体を心配してくれていた母がある日……

 それからも1ヵ月に一度は実家に顔を見せに帰った。その度に母は森林の身体を心配してくれた。「大丈夫なの、ちゃんと食べてるの」。そんな関係が2年ほど続いたある日、森林が実家に帰ると、母親が庭仕事をしていた。「もともと庭をいじるのは好きだったんですけど、そのときはなんか一段と庭が綺麗になってたんですよ。それで『すごいじゃん』って言ったら、笑いながらですけど、『植物はね、裏切らないの。愛情を注いだ分、ちゃんと返してくれるから』って言われたんです。何も言えなかったですよね」

 母が「待つ」と言ってくれた5年は、あっという間に過ぎた。だが、27歳になるころには、森林は業界内で一流男優と呼ばれるようになっていた。「鷹さん(加藤鷹)やチョコさん(チョコボール向井)が引退して、これからは『シミクロモリ(しみけん、黒田悠斗、森林原人)』の時代だ、なんて言われていて。それに、DMMが本格的に参画してきた時期で、とにかく本数が増えて、男優待ちで現場が進み始めたんですよ。そうすると、別の全能感というか、ここで絶対天下とってやるぞ、やってやるぞって気持ちが出てきたんです。だから親にはそのとき、これでやっていきますって伝えました」

■28歳で文化服装学院の夜間部に入学

 とはいえ、「世間に対して胸を張ってる感じはないですね。やっぱり後ろめたさはありました」。AV男優という職業では、引っ越しをするにも全く家を借りられない。また、20代が全て男優業で終わっていいのか、という不安もあった。「それで28歳のときに、文化服装学院の夜間部に入学したんです。男優でやっていくぞ、っていう思いはあったんだけど、引退した先輩たちを見ていると、これは成功した人ですら地獄を見てるぞ、と。僕に『お前の親父の給料なんてな……』とマウントしてきた先輩も、結局後輩たちから散々金を借りまくって、それを踏み倒していなくなっちゃったんです。そんなことがザラにあったんで、やっぱり男優以外のこともしなくちゃなって」

 しかし、それでなぜ“ファッション”だったのか。「僕、10代の頃は母親の通信販売の下着カタログをオカズにしてたんです。で、そこからファッション誌に流れて。だから僕にとって、ファッション誌はエロ本なんですよ。でも、賢者タイムに改めて読んでみると、ファッションって意外と面白いなって(笑)」。冗談めかして話す森林だが、その裏側にはきっと真剣な気持ちがあったのだろう。30歳を前にして、彼はそうやってぐるぐると逡巡し続けていたのかもしれない。

■「AV男優でも気にしないよ」と言ってくれた女性

 そうして通い始めた専門学校で、森林は生まれてはじめて「結婚したい」と思える相手と出会った。「その子も実はソープ嬢をやっていたことがあって。だから僕がAV男優でも気にしないよ、って言ってくれたんです。でも、向こうの親が、男優とは絶対に結婚させない、と」

 そこで再び、森林の気持ちは揺らいだ。「AV女優が辞めるきっかけって、実は結婚が多いんですよ。だから僕も、結婚で男優を辞めるっていうのが、人生を変えていくきっかけになるんじゃないかな、とも思って」。だが、そんな気持ちを自分の両親に伝えると、意外な反応が返ってきた。「母親がちょっとムッとしながら、『自分の親が辞めろって言っても辞めなかったのに、他人の親が言ったら辞めるのか』って言ったんです。『10年近くやってきて、プライドはないのか』と」

 その言葉で、森林はようやく男優で生きていく決心が固まったという。結局、その相手とは別れることになった。そして40歳になる今も、彼は独身のままだ。「それから付き合う子には、男優を辞める気はない、ということを伝えてから付き合うことにしています。年も年なので結婚もしたいし、子供も欲しいんですけどね」

■「男優業には、正直限界を感じているんです」

 20年以上のキャリアを積んだ今、森林は名実ともに一流男優となった。彼はこれまで、「セックスが好きで好きでたまらない僕にとって、この仕事は天職だ」などとも語っている。改めてそのことについて尋ねてみると、「男優はセックスが好きでやってるんだ、って思えた方が、見てる人も気楽に楽しんでもらえると思うので」と答えた。

「男優業には、正直限界を感じているんです。もうやり切ったかなって。生まれ変わっても、男優としてのこの20年をもう一度経験したいと思うけど、『この先の20年間も男優以外に考えられません!』とはなっていないのが本音です。セックスは好きだし、現場に行けば楽しいけど、今でも『パンツを脱がせて、股を開かせる瞬間に最高の喜びを感じます』ってわけじゃない」

■ヤクザでもカタギでもない「グレーの世界」

 モザイクの向こう側に行ったことで、森林は「グレーの世界で生きること」を、身をもって経験したという。「男優を始めた年に、歌舞伎町の風俗にあえてぼったくられに行ったことがあったんです。それも自傷行為の一つだったのかな。声をかけられた店にそのまま入って、案の定、男に脅されて。7万か8万とられました。そのとき、ヤクザの男から『お兄ちゃん、何の仕事してるの』って聞かれて、『男優です』って答えたんです。そしたら『男優なら風俗なんて来なくていいじゃん。それに、男優ならこっち側の人間だろ』って言われて」

 その瞬間、森林は自分が飛び込んだ世界がどんなところなのか、改めて自覚させられたという。「ヤクザの側にいるなんて1ミリも思ったことがなかったんですけど、僕がやってることってやっぱりヤクザなことなんだな、って。モザイクの向こう側は、合法の世界ではあるんです。でも、人として一線を踏み外しているという意味では、カメラの前でパンツを脱ぐっていうのはヤクザと一緒なんだ、と。そのときに、もうモザイクの向こう側にしか居場所はないんだ、僕はカタギじゃないんだ、って気持ちになったんですね」

 しかし、その気持ちはこの5年ほどで、少しずつ変わってきたと森林は語る。「とあることで、警察や弁護士の力を借りることがあったんです。怖い人に絡まれてどうしようもなくなって、相手にしてもらえないだろうなぁと思いながら警察に相談しにいって。そしたら、『男優はヤクザじゃないから我々警察を頼っていいんですよ。弁護士の先生たちだってちゃんと力になってくれるのは、あなたがヤクザじゃないからですよ』と言われたんです」?

 森林は「パンツを脱いでいる以上、僕は白ではない」と言う。「だけど、白寄りのグレーでいたい、という気持ちは強くなってきました。胸を張れる仕事ではないけど、罪を犯しているわけじゃないので。業界全体も、生き残っていくために限りなく白にしていこうって動きはあります。だけど、黒寄りのグレーの人は、グレーはグレーなんだよ、白じゃねえんだぞ、っていう風に取り込もうとしてくる。まだそういった人も少しはいますね。それでも、現場は整備されてきていると感じます」

■モザイクの“こちら側”で自分にできること

 森林は、男優としての自分は「パフォーマー」なのだという。「男優は、見せるセックスを求められて、それに応える。僕らがやっているのは、楽しむセックスとは違うんです。その仕事でお客さんが喜んでくれたらもちろん嬉しいですけど、それは自分発信ではないんですよね。だから、自分から何かを伝えたり、創りだしていきたい、って思いは強くなってます。調子に乗るなって否定されることもありますが、そんなことも含めて何か新しいものが見つかるんじゃないか、って」

 今、森林は新たな挑戦を始めている。「モザイクの向こう側ではないところで、性に関することを片っ端からやっていて。性教育をやったり、性の講演会や個別相談をやったり。出張ホストだけはやってないですけど(笑)。何かしらの形で、性が人間にとって本質的なことなんだ、っていうことを伝えて、もっと探求していきたいなって思っています」

■「どっかで親孝行したいって気持ちもあるんです」

 そんな森林はインタビューの終盤、微かに苦笑しながら、呟くようにこう言った。「でもね、自分の中で、どっかで親孝行したいって気持ちもあるんです。昔みたいに、テストでいい点取ったよ、って。それでお母さんから『すごいね』って言ってもらえるような、そういう親孝行をしたいって気持ちもあって」

 小学校時代の思い出を振り返る際に、森林は「先生に反抗して、親ごと呼び出されたことがあるんです」と語っていた。「黒板で使う大きな三角定規で、忘れ物をした生徒を殴る先生がいて。それで僕は体罰だ!って叫んだんですよ。そしたら体罰じゃない、教育だ、とか言われて、言い合いになって結局親が呼び出されたんです。それで、お宅の教育はどうなってるんですか、みたいな。でも僕の親は、うちの子は間違っていないと思います、と。これでいいんだ、自分が思ったならそれでいいんだ、って言ってくれたんです」

 中学受験で大人たちを喜ばせた12の春から、28年。“自傷行為”で飛び込んだ世界で才能と努力が認められ、1万人の女優とセックスしたAV男優。エリート街道を突き進む同級生たちを横目に、「グレーな世界」でもがきつづけてきた森林原人を今日まで支えてきたのは、もしかしたらあの日、隣に座る両親が力強く伝えてくれた、そんな優しい言葉だったのかもしれない。

撮影=杉山秀樹/文藝春秋

(河崎 環)

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