部下に厳しい「鬼平」は理想の上司? 時代を先取りしていた池波正太郎のスゴさ

部下に厳しい「鬼平」は理想の上司? 時代を先取りしていた池波正太郎のスゴさ

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『鬼平犯科帳』の誕生から50年。その世界を舞台にしたアンソロジー『蘇る鬼平犯科帳』が刊行された。これに短篇を寄せた三人はいずれも熱烈な池波正太郎ファン。『家康、江戸を建てる』の門井慶喜さん、『一朝の夢』の梶よう子さん、『超高速! 参勤交代』の土橋章宏さんが三者三様の鬼平像を語る。

出典: オール讀物2017年12月号

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梶 私と『鬼平犯科帳』の出会いはテレビドラマでした。小さい頃だったので、平蔵を演じていたのは八代目松本幸四郎さんでいらしたと思います。シイタケを裏返したような陣笠を着て、「火盗改(かとうあらため)である」と入ってくるシーンが、モノクロで暗くて怖かった。その後、ご子息の中村吉右衛門さんの『鬼平』を見てからは彼にぞっこんでした。吉右衛門さん主演の舞台「五年目の客」(1992年・新橋演舞場他)も素晴らしかった。大舞台で「長谷川平蔵である」と言われて、もう大興奮です。

土橋 僕は大学生の頃に初めて小説の『鬼平』を読みました。新聞に、世をはかなんだ男性が『鬼平』を持って穴倉に引きこもったという記事があり、この本に興味を持ったんです。それからは何百回も読み込みました。だから『蘇(よみが)える鬼平犯科帳』のお話をいただいたときは嬉しかったなあ。心情を丸括弧で書いたり、改行のリズムを自分なりに真似したり、池波さんにはもちろん追いつけないですけれど、池波さんへの愛は負けないので、ファン気質を読者の方に感じていただけたら嬉しいです。

■町奉行に昇進することなく火付盗賊改のまま51歳で亡くなった平蔵

梶 私は逆に、自分の鬼平像をどう表現しようかとても悩みました。そこで、森山源五郎という、長谷川平蔵と同じ石高の旗本の視点から書こうと思いました。彼は8歳程年下ですが、出世で遅れを取っていた頃、平蔵への文句を日記に書いています。平蔵は町奉行に昇進することなく、火付盗賊改のまま51歳で亡くなりました。一方、森山は西丸(にしのまる)鑓奉行までつとめてから隠居をした。サラリーマンで例えると定年退職までつとめあげた森山が、20年前に亡くなった平蔵に何を思うか、ということを描いてみようと思ったんです。

門井 依頼をいただいたとき、僕は史実担当だなと直感しました。歴史小説、時代小説と仮に分けると、僕は史実に寄り添う歴史小説の作り手なので、実在した長谷川平蔵の姿を書くのが役目だと、まあ勝手に(笑)。実際に年表も作ったんですが、初めの1行を書き始めたら、ぜんぶ吹っ飛んでしまった。これはもう池波正太郎そのままの文体で書くべき話だとガラッと変わりました。頭で考えていたことを手が裏切ったのです。

梶 門井さんの「浅草・今戸橋」を拝読したとき、「池波先生復活!」と思いました。

門井 とてもうれしいです。今回、作家人生で初めて自分の持ち味を殺そうと思いました(笑)。改めて自分の書いた作品を読むと、我ながらおかしな感想なのですが、池波作品よりも池波的という部分が目につきますね。模倣犯の心理というか、文体を似せようと力を入れすぎたからでしょうか。

梶 コピーバンドも、オリジナルより自分たちの方が本物っぽいと思うことがあると聞きますよ。実は私も、文章修行で池波先生の小説を模写したことがあるんです。音楽系の雑誌の記事を『鬼平』調で「新譜が出たのであった」と書いたりもしました(笑)。

■『鬼平』作品の女性はいい女ばかり

土橋 文体に加えて、雨引の文五郎(あまびきのぶんごろう)とか小房の粂八(こぶさのくめはち)、鶴の忠助(たずがねのちゅうすけ)など泥棒のネーミングセンスも素晴らしいですよね。

梶 池波先生の造語は本当に魅力的で、例えば盗みのことを〔おつとめ〕、人殺しもいとわない強奪を〔急ぎばたらき〕、諸国を歩き回り、盗(つと)めに適当な家を探す人物を〔嘗役(なめやく)〕と名付けるなど、このような言葉は、実際に隠語として使われていたのではないかと思うほどです。

門井 盗賊の営みに対して、「はたらく」とか「つとめる」という、何かへの謙虚な奉仕の言葉を当てたセンスが抜群です。平蔵には「善事をおこないつつ、知らぬうちに悪事をやってのける。悪事をはたらきつつ、知らず識らず善事をたのしむ。これが人間だわさ」(「谷中・いろは茶屋」二巻)という言葉がありますが、この「善悪は紙一重」という池波テーゼが「おかしら」というたった4文字で分かるんですね。

梶 火盗改メ長官の長谷川平蔵も、“おかしら”、盗賊の親分も“おかしら”ですものね。

土橋 平蔵も一歩間違えると大盗賊になっていたのではないかと想像が膨らみます。今でも、取り締まる側のマル暴刑事が暴力団の道に進んでしまうことはありますからね。僕がベストスリーに挙げた「盗法秘伝」(三巻)も、平蔵が盗賊にスカウトされるお話です。

門井 善と悪が紙一重という先ほどの池波テーゼは二重構造になっています。1つは平蔵と盗賊が紙一重ということ。もう1つは、平蔵という1人の人物の中でも、善と悪が紙一重です。現在と過去で平蔵は全く異なる。過去は遊蕩三昧(ゆうとうざんまい)で無頼者も恐れる〔本所の銕(てつ)〕でしたから。酒は飲むし、結婚後も女遊びはやめない。もしも当時週刊誌があったとしたら、「新長官の過去を暴く! 20年前のゲス不倫」と見出しが立つ(笑)。

梶 ところで男性諸氏は、『鬼平』作品の女性はどう思われますか。

土橋 いい女ばかりだと思います。「猫じゃらしの女」(六巻)に出てくる、男の腰に鈴が鳴るおもちゃをつける【けころ】(娼婦)のおよねが好きです。池波さんは遊女のことを本当によくご存じですよね。鬼平の手下の同心の木村忠吾・通称“兎忠(うさちゅう)”も、最初は白い女が良いと思っていたけれど、あさぐろくて細い牛蒡(ごぼう)のような妓(おんな)にも骨抜きになる(「谷中・いろは茶屋」)。

門井 ハッとするような比喩を女性に使います。「本所・桜屋敷」(一巻)でも、鬼平が青年時代に通っていた道場で出会った、おふさという女性が出てきます。鬼平と、同門の剣友である岸井左馬之助(きしいさまのすけ)は1つ年下のおふさに憧れていたのですが、彼女の初々しさを池波正太郎は「むきたての茹玉子(うでたまご)のような」と表現する。

梶 ツヤツヤピカピカなんですね。

門井 おなじ短編のなかに「女という生きものには、過去(むかし)もなく、さらに将来(ゆくすえ)もなく、ただ一つ、現在(いま)のわが身あるのみ」という印象的なセリフがありました。茹玉子のようだったおふさが、嫁ぎ先から追い出され、不良御家人の妻となり、復讐のためにかつての婚家を襲うよう盗賊をそそのかす、その落魄を知った左馬之助に平蔵がささやく言葉です。池波テーゼもここまで来ると、もはや女性を尊敬しているのか軽蔑しているのかすら分かりません(笑)。

▼門井慶喜さんのおすすめ

「兇剣」(3巻)/「麻布一本松」(21巻)/「誘拐」(24巻)

■結局、男は実在しないような女が好き

梶 正直なところ、このセリフを目にしたときには憤慨しました。おふさは鬼平と左馬之助のことなんてすっかり忘れているのに、20年以上もおふさに憧憬(しょうけい)を抱き続け、牢屋へと去る姿を見ながら泪(なみだ)を流す左馬之助は純粋すぎます。「いい年して、本当にそんな女が存在すると思っているの? 今しか見てないのはむしろ男で、女のほうが未来を見ているぞ」と思いました。

門井 さらに悪いことに、男は現在にあっても過去しか見てないのかもしれないですね。左馬之助は悪行を重ねたおふさが遠島になっても、彼女を想って川岸にたたずんでいますから。

土橋 僕は男として共感するなあ。

梶 エッ!!

土橋 結局、男は実在しないような女が好きなんです。

梶 それなら、小学校時代の同窓会を開いてください。そうすれば現実が分かります。

土橋 現実を知りたくないがために同窓会に行かないんです。昔好きだった女性が結婚したという話すら聞きたくないんです。

梶 「むかしの男」(三巻)で、平蔵の妻の久栄(ひさえ)は「女は、【男しだい】にござります」というんです。これにも怒りましたね。あなたの立場が無いじゃないと。

土橋 傷ものだった久栄を「私がいただきましょう」と平蔵は言いますよね。度量が広いと思ったなあ。

梶 ちょっとちょっと(笑)!

■鬼平にディスられたい

土橋 密偵のおまさは過去の男のことを覚えているからいい女だなと思います。

梶 「狐火」(六巻)のときのおまささん、大好きです。おまさが二代目・狐火の勇五郎と一緒になるために京都に行った翌年、勇五郎が亡くなり、平蔵の元に戻ってくる。そのとき「おまさは、また密偵(いぬ)になりとうございます」と言った彼女に、平蔵は「おれを捨てて、二代目・勇五郎の傍(そば)へ行ったくせに……」と【にやり】と笑うんですよ! あんな“たらし”はいないですよ。

門井 それは、軽い冗談のつもりで言ったのでは……?

梶 いいえ。あれは“たらし”です。だって、おまさは自分のことを好きだって分かっているんですよ。平蔵の優しさは感じるんですけど……。ヤダなぁ、言われてみたい、って思いますよね(笑)。

門井 すごくいい言葉ですね。「イヤだな、言われてみたい」。

梶 平蔵の女性に対する言葉には腹が立つことが多いのですが、同時に、言われると胸がときめく言葉であったりもします。

土橋 最近の恋愛ゲーム理論では、女子をディスる(けなす)ことによって惹(ひ)きつける戦法がありますからね。その方法論を昭和の頃に早くも体現していた。

門井 梶さん、それは平蔵に言われてみたいのですか、それとも吉右衛門さんに言われてみたいのでしょうか?

梶 できれば吉右衛門さんの声で!

▼梶よう子さんのおすすめ

「本所・桜屋敷」(1巻)/「むかしの男」(3巻)/「狐火」(6巻)

■レストランのメニューでわかる「社会がようやく池波さんに追いついた」

門井 もう1つ、『鬼平』の魅力には料理もありますね。じつにおいしそうな文章なんですが、よく見ると、あれは料理名ではないですね。普通なら「鴨のつけ焼き」というところを「鴨の肉を、醤油と酒を合わせたつけ汁へ漬けておき、これを網焼きにして出すのは、久栄が得意のものだ」(「火つけ饅頭」十六巻)。料理名ではなく調理法です。味はたえず口の中で変化するので、名詞よりも動詞との相性がいいんだと思う。

土橋 深い発見ですね。

門井 最近はレストランのメニューに「仔牛の香草焼き ソテーした野菜を添えて」など、動詞を使っているお店が多い。社会がようやく池波さんに追いついた。

土橋 池波さんは食の本もご執筆になるほどグルメですし、調理法もかなり研究なさっている。僕も食べることが好きで、釣ってきた魚に合わせる出汁(だし)や、マリアージュするワインを考えるのが楽しいので、池波さんのお気持ちが分かります。鯉(こい)の塩焼とか深川飯とか江戸の古い料理が食欲をそそるんです。

梶 土橋さんの「隠し味」に出て来る山葵(わさび)丼も食べたくなりました。

土橋 伊豆の名物で、通販で買ってみたらすごくおいしかったんです。ご飯の上に載せる鰹節にも特徴があるんですよ。作中に書いた食べ物については、かなり調べて実食しました。

■現代人は塩分を取りすぎ?

梶 そうすると、ふろふきの大根に、利尻昆布とあの“隠し味”は合うんですね。私も試してみよう。『鬼平』の食が魅力的なのは時代背景もあります。舞台の寛政期以降、調味料が増え始めて、料理のレパートリーが広がったのです。でも、私も池波さんの作中に出て来るご飯を再現したことがあるのですが、ひと味が足りないんですよね。

土橋 そうなんです。ほうじ茶を冷やご飯にかけて食べる茶飯もパンチがない。塩分を抜いた子供用の食事を食べている私の2歳の子が、江戸料理ぐらいの塩分の食事をとてもおいしそうに食べるんです。現代人は逆に塩分を取りすぎているのかもしれないですね。

梶 大根やお豆腐には、アサリの出汁だけで十分なのですね。

門井 また、バラエティ豊かな同心や密偵の存在も、『鬼平』を語る際に欠かせません。何を隠そう、僕が作中で一番好きなキャラクターは、さきほど土橋さんが“牛蒡のような娼婦にはまった同心”と名前を挙げていた兎忠です。ベストスリーにも「兇剣」(三巻)を選びました。鬼平と兎忠が京都から奈良に行くまでにロードムービーのように事件が展開していきます。冒頭、2人がお酒を飲んで嵯峨野の菜の花畑で昼寝をして……という幸福感みなぎるシーンが好きなんです。

土橋 鬼平が負けを覚悟したとき、岸井左馬之助が助けに現れるんですよね。

門井 京都から奈良に行く道は1本ではありませんし、どうして駆けつけられたのか(笑)。やや強引な登場ですが、それならば十四巻で密偵の伊三次が殺されたのも、何とか助けてほしかった……(「五月闇」)。

梶 本当です。伊三次ロスはつらかった! 鬼平のためにひたむきに働く姿は、ドラマの三浦浩一さんの粋な演技ともあいまって忘れられません。

▼土橋章宏さんのおすすめ

「盗法秘伝」(3巻)/「猫じゃらしの女」(6巻)/「用心棒」(8巻)

■「ぼくは彼の逃げ道を用意しておかなかった」

土橋 伊三次は生い立ちも恵まれなくてね。勢州(現・三重県)の生まれで宿場女郎に育てられた。伊三次は「猫じゃらしの女」の【けころ】のおよねとわりない仲なのですが、なんと彼女は、伊三次を可愛がってくれた女郎の娘だということが分かる。

門井 池波さんはインタビューの中で、「ぼくは彼の逃げ道を用意しておかなかったんですね。だから(中略)悔やみながら、もう助けようがないんだ」と述懐されている(『オール讀物』1989年7月臨時増刊号)。でも僕は、池波さんの計算はあったと思います。毎回密偵が助かっていては、読者の緊張感がなくなりますから。そこで誰を殺すかと考えていくと、おまささんはただひとりの女密偵だから殺せない。大滝の五郎蔵も元盗賊の首領という唯一のキャリアですから殺せない。相模の彦十も、鬼平の〔本所の銕〕の頃の話を知っている人物なので消せない。消去法の結果、不幸にも伊三次が……。

■最近のテレビ番組のメソッドを半世紀前から先取りしていた

土橋 最近のテレビ番組では、主要人物を早めに殺すメソッドが散見されます。『鬼平』は半世紀も前からその方法論を先取りしていたのですかね。

門井 伊三次が死んだ回は特別にシリアスですが、『鬼平』はコメディの面白さもありますね。ストーリー全体でおかしみを出すのと、兎忠や、見かけ倒しの用心棒・高木軍兵衛や、あるいは茶店の女あるじで、平蔵が素行の悪かった青年時代を知っている、凧(たこ)の骨のような老婆のお熊など、キャラクターで笑わせるのとの2パターン。

土橋 騙し取った三十両を懐に入れていたら、それをすれ違った掏摸(すり)にすられて陰陽師が慌てる話(「毒」十一巻)は前者ですね。本人は大真面目に焦っているからこそ滑稽に見えます。

門井 こういうユーモアは、いま書いている原稿用紙1枚だけに集中していては生まれないと思うんです。池波さんは先のインタビューで「5枚書けたということは、次の五枚、10枚分の内容が頭に浮かんでいるということ」とおっしゃっている。3倍の広さの風景を俯瞰しているということですよね。じつは知性的・客観的な書き手だと思う。だからユーモアも出る。

梶 お若いときに新国劇の脚本を書かれていたためか、笑いどころを作ることに長けていらっしゃいますね。色気や、食べ物など、上演中にお客さんを飽きさせないくすぐりが随所に入っている。

土橋 僕も映画やドラマの脚本を書いていると「3分に1回、目新しい情報を入れて盛り上がりを作ってくれ」と注文されます。ただし、小説は文体や描写で見せることができますが、脚本には地の文がありません。だから、池波さんを初め、長谷川伸や隆慶一郎など戯曲出身の小説家には、地の文よりも会話で見せ場を作ったりドラマを転がしていく傾向があるのでしょうか。

門井 コメディ担当の中でも、圧倒的に存在感があるのは兎忠ですが、その魅力全開のお話が「麻布一本松」(二十一巻)です。悪党がたくさん出てきたり、鬼平が誰かを救ったりするわけではなく、ただ彼がミスをしたという話です。ずっと独身で女遊びをしていた兎忠が、おたかさんと結婚した後も浮気の虫が騒いでしまう。それだけで読ませる。

土橋 兎忠は、男色の盗賊に襲われたこともありましたね(「男色一本饂飩[なんしょくいっぽんうどん]」十一巻)。

門井 舌を口の中に入れられて「よい味、よい味」と舌なめずりをされる。池波さんも楽しんで書いていた様子が伝わります。

■鬼平は理想の上司? 人心掌握の秘密

梶 色気のない話に変わりますが、ビジネス雑誌で鬼平が「理想の上司」とされることもありますよね。でも、鬼平には部下に非常に厳しい面もあります。「唖(おし)の十蔵」(一巻)では、凶盗を殺したおふじに同情して情を交わしてしまう同心の小野十蔵を自決に追いやっています。

門井 他人の人生を左右することに、平蔵は躊躇(ちゅうちょ)がないのです。同心の嫁取りを強引に決めてしまうのはまだ良いとして、盗賊を〔狗(いぬ)〕(密偵)にすることはもちろん、盗賊の娘を養女にもらったりもする。

土橋 日本人は子分気質がありますから、多少強引なくらいの方が頼りがいを感じるのでしょう。脚に傷を負った盗賊に、平蔵みずから枇杷(びわ)の木を削って杖を作っていましたが、そんなことをされたら狗にもなってしまいますよ。

梶 「高萩(たかはぎ)の捨五郎(すてごろう)」(二十巻)ですね! 大好きなエピソードです。“おかしら手ずから”、というところがたまりません。

門井 意思確認をしなくてもその人が望んでいることが分かる。洞察を超えた、本来の意味での奉仕(サービス)ですね。それを上司がやるところに、我々は掌握術に似たものを感じるのでしょう。

梶 鬼平自身も自分の命を懸けていますしね。責任を取らない上役が多い中、「おれが腹を切る!!」と言える方に心酔するのは、江戸も今も同じです。

土橋 その一方で今の世の中は、“善と悪は表裏一体”という鬼平の考えからどんどん離れていると思いませんか。正しければ人を攻撃してもいいと考えるのか、上から目線でバッシングしてストレスを解消したり、とてもギスギスしているように感じます。

梶 『鬼平』には、善人であれ悪人であれ、人間の生きてきた背景を想像させる奥行きがありますよね。だからこそ、20代で読んでも30代で読んでも、その時々で心に響く部分が異なるのです。池波さんがお亡くなりになったのは30年程前、67歳でいらっしゃいました。池波さんの年齢になって、『鬼平』を再読したら、きっと今まで読みおとしていたことに気付くと思います。

(「オール讀物」編集部)

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