お手軽なネット時代に、劇場だけで出会える「美」がある───野村萬斎×麻実れい

お手軽なネット時代に、劇場だけで出会える「美」がある───野村萬斎×麻実れい

©文藝春秋

ギリシャ悲劇、三島由紀夫……。
役者同士として、また演出家と役者として
過酷な舞台を成功させた2人がたどり着いた役者の本質とは。
出典: オール讀物2017年12月号  (司会・構成:関容子)

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関 お2人の共演は蜷川幸雄演出のギリシャ悲劇『オイディプス王』(2002年)で本場のギリシャ公演まで果たされて、強烈な印象でした。その後萬斎さん演出による三島由紀夫の『サド侯爵夫人』(12年)にも、麻実さんがサン・フォン伯爵夫人で好演なさっています。

 萬斎さんは俳優として演出家として、共演前の麻実さんをどうご覧になっていましたか?

萬斎 演出をする人間として言うなら、麻実さんほど重宝な、というか貴重なというか、こんな役者さんは滅多にいないでしょうし、同じ役者としての立場から言うと、ちょっとずるい、と思うくらい恵まれている(笑)。

麻実 そんなことないですよ(笑)。

■萬斎さんの考える「役者の理想形」

萬斎 とにかく立っていらっしゃるだけで違うし、声を発しただけで違う。僕の役者の理想形ですね。立ってまずその人が場の空気を変えるくらいのオーラとか、声を聞いたときに、特別に意味がなくても凜とした音として場の色を変える存在としてある、というのが僕は役者の理想形であると思うので、麻実さんはまさしくそれを体現していらっしゃる。

 本当に手も足も長くて、顔の造作もしっかりしていらっしゃるし、声もものすごく強いし。敢えて表面的なことを言いますけど、大概の役者さんは麻実さんのそばへ行くと、かすむって誰しもが思うことですよ。

麻実 いえいえ、思いませんよ。大きいと悪目立ちするんですよ。

萬斎 そんなことないですよ。それは『オイディプス王』でご一緒して、ものすごく感じるところでした。『サド侯爵夫人』のサン・フォン伯爵夫人という非常に難しい役をしていただくのも麻実さん以外にないな、っていう思いでした。

関 『オイディプス王』がお2人の初顔合わせですよね。

 ソフォクレス作の『オイディプス王』は、ギリシャ悲劇の最高傑作と言われている。放浪の旅を続けていたコリントスの王子オイディプスは、スフィンクスの謎を解き、前王の妻と結婚して隣国テーバイの王となる。疫病が蔓延する中、アポロンからくだされた神託は「前王ライオスを殺した者を捜し出し、血の穢れを払え」というものだった。やがて忌まわしい過去の真実が表に現れる。

麻実 そうです。最初にお会いしたのがポスター撮りで、その時は2人だけだったんですけど2人とも、かなりアートなメーキャップをされたんです。それがびっくりする程お似合いでとっても美しかった……。目頭にあしらった鳥の羽根が印象的でした。

 そしていよいよ稽古始め。蜷川さんとの顔合せがあったんですけど、とにかく全員が驚いたのは、大体台本を素読み、というのが普通なんです。私たち役者の中にただ1人お狂言の世界から入られた萬斎さんだけが、もう憶えていらしたんですよ、台詞を。それも、鍛え上げた朗々とした声で語り始めたとたん、オイディプス王が君臨してましたね! みんな驚いてしまって、自分たちはまだ何にも用意していないのに、あまりの完成度の高さにちょっと待ってよ、っていう感じでした。

萬斎 いやぁ、そうでしたっけ。

麻実 そうですよ。私の役のイオカステはオイディプス王の妻なんだけど、実はその母でもあった、という大変なお役。しかも前王ライオスを殺したのもオイディプスだった、という、すごい壮大な内容の悲劇を、東京のシアターコクーンで終えて、ギリシャのヘロディス・アッティコスという古代劇場に立たせていただいた、というのが、もう本当に役者冥利に尽きる思い出で、忘れられない公演になりました。

■新宿からギリシャへ

萬斎 ギリシャ公演の前に新宿の花園神社の社頭で公演がありましたね。わざと真夏の暑い暑い日本の野外で。

麻実 縁起担ぎでしょうね! 蜷川さんは公演の時は花園神社で1回だけ通しをして、そしてギリシャへ出発するというのがいつも決まってらしたみたいですね。神社の前で参拝者が自由に行き交う中で何とも言えない不思議な雰囲気でした。

 その日はもうとにかく暑くて、私は出待ちの時は日傘をさしてましたけど、萬斎さんはずっと出ずっぱりだったから、大変でしたでしょう。

萬斎 ええ、でも僕は薪能(たきぎのう)とか夏の野外で装束着てやってますからね。

関 ギリシャの野外劇場は、夕方からの開演でしたか?

麻実 そう、それで助かりました。お月様がまん丸で、まるできれいに焼けた目玉焼きの卵の黄身のような大きなお月様が、グーッと上がってくるんですよ。鳥は自由に飛んできれいにさえずるし、やがて銅鑼(どら)がガーンと響くと開演。あの感じは何とも言いようがありませんでした。

萬斎 そうでしたね。5、6千人も入るんですが、そういう大きな劇場で、大きな演技をしなきゃいけないかと思ったら、演技エリアはそんなに大きくなくて、すぐ近くにお客さんがいる。そしたら蜷川さんに呼ばれて、すぐ近くのここにカメラがあると思って繊細な演技をしろ、と突然変えられて、夜中に特訓させられました(笑)。

麻実 それは大変でしたね。でもあの大きな場所なのに、声をあまり張らないでもコロセウムの一番上まで通るというのは、昔の文化のすごさですね! 驚きました。

萬斎 そうですね。とにかく人人人の壁、というか、雲霞(うんか)のごとく人がいる。その人の壁がそのままずうっとせり上がって、その向うにアクロポリス神殿が小さくあってね。蜷川さんは日本にいる時から、その神殿に向って声をとどろかせるんだ、という感じでしたね。

麻実 そこに向って叫べ、って。

■気持ちが飛んでないとできない芝居

萬斎 そうそう、思い出した。あの時、今をときめく吉田鋼太郎が……ときめいてますよね(笑)。

麻実 朝ドラの炭鉱王以来(笑)。

萬斎 彼は麻実さんのイオカステの弟、クレオンの役だから、本当は僕の叔父さんになるのかな。でもその時はまだそれをわかってない。それで2人が対立して小競り合いしているところに、麻実さんが出てきて、「お黙り!」みたいな一喝がすごかった。吉田鋼太郎と僕がふっとそこで喧嘩が終わる、っていうね。あのすごい直線的な声を出して、よく声がもつな、と思った。

麻実 そうそう、鋼太郎さんって夢中になると、演技と本気がわかんなくなっちゃうところがあるよね(笑)。萬斎さんの顔合わせの本読み第一声を聞いて、1番焦ってたのは鋼太郎くんよ(笑)。そのあと急に頑張ったもの。

萬斎 あの芝居はとにかく大変で、気持ちが飛んでないとできない芝居だった。それでその日の公演が終わると、毎晩それこそ吉田鋼太郎と飲みに行く。僕そんなに酒強くないのに、あの時はいくら飲んでも酔わない。お前、テキーラ百杯飲むのか、って、言われるくらいに。

麻実 2人でつるんでたわけね(笑)。

萬斎 あのころは2人とも若かったから。彼のほうがちょっとお兄さんですけどね。

関 役者さんて、本当に身体を張ってるんですね。強いお酒でも酔わないくらいに。

麻実 私達2人共肝臓が強くて良かった。もう完璧に肉体労働者ね私達は。精神労働でもあるんですけど、肉体面のほうがきついかな。骨組みのしっかりした作品に出ることが多い私でも、ギリシャ公演は大変でした。

■過呼吸で生まれて初めて救急車に乗った

萬斎 あの時はコロス(合唱隊)もものすごい勢いで、五体投地(ごたいとうち)という身体を地面に投げ打って、痛めつけて、一種の集団ヒステリーの状況にいる。するとこっちも相互作用で、過酷な撃進感の中にいる。最後に僕が自分で自分の目を突いてイターイ、イターイ、と叫びながら去って行くときに、ものすごい呼吸音をコロスに聞かせようと思って、特に吸う音をすごく強調してたら、途中でおかしくなって。

麻実 そうそう、過呼吸になったのね。

萬斎 大阪の公演の時だったかな。カーテンコールの途中で、救急車に乗りました。生まれて初めて。

麻実 萬斎さんの悲痛な「イターイ、イターイ」はまだ耳に、そして心に残っています。

■「言葉が天空に飛んでいくように言ってくれ」と蜷川さんが……

萬斎 蜷川さんに「言葉が天空に飛んでくように言ってくれ」と言われて、すごい発見だった。人間の並の痛さではなく、運命とか存在とか神への抗議も含めて痛いと言え、というか、そういうふうに声を放つんだ、って。

 この過酷な芝居を渋谷のコクーンで1日2公演もしてた時、麻実さんは公演の合間によくお散歩に出てましたね。

麻実 ええ、いつもの事ですけど何か気分転換しないと息詰まっちゃって、精神的過呼吸になりそうなんですよ。それでコクーンでの公演の時はいつも抜け出して閑静な街中を散歩して松濤の小さな公園、そこで全てから離れて、いったんオフの状態にして、改めてスイッチオンしないともたないの。テキーラの代りですよ(笑)。

萬斎 女性は麻実さん1人でしたし。

麻実 多分蜷川さんは私を女と見てませんからね。まったく男だけの舞台と思って作ってらしたんじゃないですか(笑)。

関 『サド侯爵夫人』を蜷川さんが男優だけで演出なさったことがありました。サド侯爵夫人のルネが東山紀之さん、その母親モントルイユ夫人が平幹二朗さん、そしてのちに麻実さんの演じることになるサン・フォンが木場勝己さんでした。

『サド侯爵夫人』は三島由紀夫作の戯曲。18世紀末の16年余の歳月を描く3幕からなる。サド侯爵夫人のルネ、その妹のアンヌ、その母親モントルイユ夫人、家政婦のシャルロット。そして2人の訪問客シミアーヌ男爵夫人とサン・フォン伯爵夫人の六人による華麗な台詞の応酬でフランス革命当時の背徳的な貴族の生活が徐々に浮かび上がってくる。

萬斎 僕が『サド』を演出するなら、ルネが蒼井優さん、母親役をあちらが平さんでいかれるなら、白石加代子さんかな、という感じ。サン・フォンはやっぱり台詞が言える役者じゃないとつとまらない、ということから麻実さんでした。

 蜷川さんは男性にいかにもあの時代のロココの衣装を着せてましたけど、僕はもうちょっと近代的にしたいと思って、麻実さんには格好いい衣装を。

麻実 もうデザイン画を見てびっくりしました。黒のレザーの超ミニのスカートで、網タイツ(笑)。でも、それを見た時に、サン・フォンのこういうイメージを狙っていらっしゃるんだな、というのがわかりましたけどね。

関 かつてのベニサン・ピットの『サド』では、麻実さんがルネで、玉三郎さんがサン・フォンでした。

麻実 あのサン・フォンの衣装はすごかったですね。大時代で、大きな帽子はカラフルな鳥の羽根がたくさん付いてて。

 私、玉三郎さんの衣装着せていただいたことがあるんですよ。『黒蜥蜴(くろとかげ)』(1984年)を拝見しに行って、ちょっと楽屋へ伺ったら、「着てみる?」って、黒いドレスを着せてくださったの。そうしたら直しなし、すべてぴったりなの。

萬斎 面白いですね。でも手は麻実さんのほうが長いでしょう。

麻実 いえ、もう胸のあたりもぴったりで、恥ずかしいくらい。それでイメージがつかめてた事もあって、私が『黒蜥蜴』(2006年)を演じたとき、すごく楽でした。

 私がルネを演じたときに、玉三郎さんのサン・フォンと対面しているので、やっぱりすごいな、いつか私も演じてみたいな、と思ってたら萬斎さんからお話をいただいたので。

萬斎 そうだったんですか。

■修飾の多い三島の台詞

麻実 私は宝塚卒業後の10年間、外国人の演出家としか組んでなかったんですよ。デヴィット・ルヴォー、アラン・アッカーマンなど。なのでずっと日本語の表現というのが自分にはできてるのかなという不安があった。それで萬斎さんの演出を受けさせていただいた時に、とにかく日本語をきちんとしゃべる。主語、述語、この修飾語は何にかかるのか、というのを改めて勉強させていただこうと。機会を与えて頂きよかったなと思ってます。

萬斎 三島の文章というのは、堅固な建造物のように非常に修飾が多いので、総てを無駄なくしゃべるためにはものすごい努力が必要だと思う。無駄に長いなと思わせたらおしまいで、何がどの言葉を修飾しているのかを含めてきちんと言い切れないと、三島に負けてしまう。で、その台詞をまず言い切ること。そしてまた動き回ると言葉が霧散することもあるので、それをある程度制限しないといけない。

麻実 それであの小さなテーブルに……。

 サン・フォンの一番の演じどころがあるんですよ。それをこの台の上で好きなようにやって、と萬斎さんがニコニコしながらおっしゃって。もう仕方がないと覚悟を決め大胆に始めてみました。このでかい女が網タイツ姿で台詞言いながらのたうち回る、というね(笑)。

萬斎 つまり動き回るんじゃなくて、狭いテーブルの上だけで、ある程度身体に負荷をかけるとか、多少エロティックなポージングを含めた、あれは一種のポールダンサーというのかな。柱があって、ストリッパーが踊るような。語りとしてはなまめかしく、性に対する描写があるので。それはおみごとに演じていただきましたよ。

■どんな角度から見ても美しくなくちゃいけない

麻実 いやいや。でも、与えられた高いテーブルの小さいスペースの上でも、やっぱり美しく見せないと。どんな角度から見ても美しくなくちゃいけない、という気持ちはありました。これはもしかしたら、宝塚で学んだ1つかもしれませんね。

萬斎 そうかもしれませんね。しかし僕も勉強のために麻実さんの『かもめ』(08年)のアルカジーナを観に行ったりしてましたけど、あのころからもう完全に男役を卒業して、非常に女性的だったんじゃないですか?

麻実 何作か女を演じてきて、サン・フォンはやっと性というものを出せるようになった時期とぶつかったのかもしれません。恥かしさとかを感じてたら絶対できないし。

萬斎 鞭(むち)も派手に鳴らして。

麻実 そう、鞭って、ピシッピシッと鳴り響くんですよね。その音って、ズーンとくるじゃないですか。何とかいい音を出そうと思って、日夜、家で稽古を重ねて、さあ本番で頑張ろうと思ったら、萬斎さんが、鞭をもう少し短いのに変えたいんだけど、って。

萬斎 そうでしたっけ(笑)。

麻実 せっかくいい音が出るようになったので、それだけは断固拒否しましたね。小道具1つでも自分の身体の一部だし、表現ですからね。

■まだ研究生みたいだった長谷川博己

関 萬斎さんはもう15年間も世田谷パブリックシアターの芸術監督でいらっしゃいますが、その中で麻実さんとの関わりは。

萬斎 『AOI/KOMACHI』(03年)でしたね。

『AOI/KOMACHI』は、三島由紀夫が能「葵上」と「卒都婆小町」などを元に描いた『近代能楽集』をベースにした現代劇。川村毅(かわむらたけし)が作・演出し、野村が監修をした。能の物語を現代によみがえらせる試みで、『AOI』は美容院を舞台にしたストレートプレイだ。

麻実 そうでしたね、萬斎さんは監督という形でしたかね。今日は萬斎さんが稽古をご覧になる、という時は緊張しましたけど、あのキャスティングにも参加なさってる?

萬斎 ええ、麻実さんは『AOI』の六条御息所で、カリスマ美容師の光源氏が今をときめく長谷川博己(笑)。

麻実 ご一緒した方々が、皆さん今をときめいてますね。

萬斎 最初は女性だけでやろうとしてたのを、それじゃあ御息所と源氏のレスビアンみたいに見えるから男性にしてくれ、と僕が言って、長谷川博己になった。

麻実 まだ研究生みたいな感じでしたよね。

萬斎 そう。川村さんが可愛がってた坊やみたいな感じでした。

 あの作品は好評で、再演する時にやっぱりあいつじゃ力不足だから変えようか、みたいなことをわざと長谷川に聞こえよがしに言った。多分、麻実さんの芸術選奨か何かの受賞パーティで、『AOI』もその受賞理由に入ってますよね。だから長谷川も来ていて、あとでホテルのバーで飲みながらそんな話をしたら、長谷川がすごい勢いで酒を注文して、僕と川村さんを飲ませ続けた。

麻実 降ろされたくなかったのね(笑)。

萬斎 それでみごと再演も彼でした。

麻実 川村さんの作品に出るに当って、公演の御案内をいただいたんですけど、芝居を観に行こうかと思ったら、その日の新聞に大きな写真が載って、牢獄みたいなところにランドセルをせおったセーラー服の少女がしがみついてる。これ観ちゃったらちょっと私、引いちゃうかもしれない、と思って、観ずに飛び込むことにしました。その方が私には良かったかも。川村さんの演出がとても新鮮でした。

■単なる欲望や煩悩を芸術に押し上げられるかどうかは役者の質が決める

萬斎 ええ、だから僕は思うんです。芝居作りって、脚本家や演出家がやりたいこと、たとえば川村さんの『AOI』だったら、三島のエロチシズム、性的な表現を、どう美しく芸術的に昇華させるかというのは、役者の質にもあると思う。単なる欲望とか煩悩のようなものを、本当に芸術に押し上げられるかどうかは、役者の質が決めるところもあるような気がするんです。それはやっぱりある品格を持って育った役者じゃないとできない。

 川村さんにとっても、女子高生、セーラー服ではない素材に出会った時に、崇高な中にエロチシズムを感じさせることが、うまくいった作品なんだな、と僕は思うんです。どうしても自分の仲間内で、自分の趣味の中でやってしまうと、やっぱりそこにとどまってしまう。ところが、そういうものを敢えて排した宝塚とか能狂言の世界というのは、下ネタを下ネタとしてそのまま見せない。ほぼ裏側に隠し切りますよね。見た目のお下劣感より、中にあるエロチシズムにどれだけ昇華していくか、ということなので、僕は『AOI』の時、いい組合せだったな、と思いました。

麻実 あの作品にも光と御息所のセックスシーンがあったんですけど、長谷川君少し緊張してたので好きなように、自由にやって、って言ったんです。そのひと言で全然変わりましたね。あのようにどこか美しく見せないといやです。

 私はいただいたシーンも役も美しく、魅力ある人間として仕上げてあげたい、それが汚れ役であっても、といつも思ってます。演出家、衣装デザイナー、その他のスタッフそれぞれと相談し合って、役にふさわしく作るというのが私の土台なんです。

萬斎 今はインターネットを開ければ手軽に面白いものがいくらでもある。でも、人間の美意識を生で感じる経験は、わざわざ劇場に足を運ばない限り、得られない。僕らが目指すところは、そこしかないのかな、という気がしています。

■五輪の年にオイディプス王を

関 世田谷パブリックシアターでの最近の麻実さんのお芝居では、中東レバノンの内戦に材を採った『炎 アンサンディ』(作・ワジディ・ムワワド)があります。プログラムに萬斎さんのご挨拶が載っていて、親子の愛情、人間の根源をも問う壮大なギリシャ悲劇『オイディプス王』を想起する、とありました。

麻実 ああ、あの作品は3時間程の時間内にあれほどの内容を詰めこまなきゃならないんで、出演者皆んなの希望で1日1回公演にしていただきました。

 3年前の初演で、演出の上村聡史さんが毎日芸術賞などをいただいたんで、早く再演が決まったんですが、最後につけ加えたいところがある、って上村さんが。それでなくてもすごい台詞量だったので私、これ以上いやだって言ってみたものの、読んでみたら、初演の辛いまんまの終り方じゃなく、お客様に安堵感の中やさしさと暖かさを残していけるので即答しました。言わせてと。

萬斎 麻実さん扮する主人公のナワルは、ずっと世間に背を向けて生きてきた女性なんですね。そのナワルが言う台詞。

「一緒にいられることほど美しいものはない」って。宝石のような台詞ですね。

麻実 すごく詩的な台詞。そして再演で自分の好きな男の名前を叫び続け終る。やっぱり再演させて頂き深みが出るのが嬉しいですね。

萬斎 初演を上回らないと再演の意味がないですからね。あそこは世田谷区の公共劇場なので、使い捨てにならない長く味わえる演劇をかけ続けていきたいと僕は思っています。

関 今後、お2人の共演というのは何か考えられるんでしょうか。麻実さんは玉三郎さんと裄丈(ゆきたけ)が同じということから、玉三郎さんが演じられた『天守物語』(泉鏡花)の天守夫人は?

萬斎 ああ、すぐにできますね。でも僕が若い鷹匠の姫川図書之助(ひめかわずしょのすけ)というわけにはもういかないでしょう。年齢的に。

麻実 そんなことないですよ。十分に。

萬斎 僕は、自分がやるかどうかは置いといても、オリンピックの年に『オイディプス王』をやれたらいいなあ、と思っています。今度は誰が演出するのかということも含めて、神との対決、コロスをどう扱うか、全体のスケール感をどう出すのか。

麻実 萬斎さんが演出なされば?

萬斎 『オイディプス王』の後日譚で『コロノスのオイディプス』という作品があるんですよ。目をつぶした老人になったオイディプスが娘のアンティゴネーと出てくる短い作品なんですが、蜷川さんが作った『オイディプス王』にそれをくっつけて上演するのも面白いかな、という気がしています。

麻実 萬斎さんがあの壮大なスケールの蜷川演出を受け継いでいかれるのも素晴しいことだなと思うし、楽しみですね。

■神聖な場所では嘘も、作っているのも全部見えちゃう

萬斎 それには麻実さんのような、強靱な肉体と精神と声を持った役者を選ばないと。そうそう、僕がオイディプスに選ばれる時、蜷川さんに「ちょっとそこに立って」って言われた。

麻実 ああ、そう。

萬斎 あのギリシャの空間に立てる身体をしているかを見られたんですね。僕は体幹は強いほうで、それだけは取柄ですけど、ギリシャのあの何千人かの観客に周りを取り囲まれて、声はこちらが放つけれども、全員の目がこの一点に集まる、それに耐えて立てなきゃいけない。

 だって、格闘技場と劇場がほぼ同じ形なわけですからね。空がワァーッと抜けていて、上にアクロポリス神殿があるところなんだから。

麻実 そういう場所では嘘も見えちゃう。作ってるっていうのが全部見えちゃう。神聖な場所なんですね。だからあの時代の役者というのは、人間の心の痛み、肉体の痛みを癒すほどの貴い立場の者だったわけですよね。

 そういうところに立たされると、帰ってきてからも自分の立場を考えさせられますよね。ただ自己満足で演じるんじゃなくて、観客それぞれの方に何かしらメッセージをお届けできないと、って思う。

萬斎 また何かご一緒したいですね。

麻実 嬉しいですね、待ってます(笑)。

のむらまんさい 1966年生まれ。第80回野村狂言座 2017年12月14日・15日 宝生能楽堂問合・万作の会 03(5981)9778
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あさみれい 1950年生まれ。70年宝塚歌劇団入団。雪組トップスターとして活躍、85年退団。2006年紫綬褒章、17年菊田一夫演劇賞大賞受賞。
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せきようこ 東京生まれ。2000年『芸づくし忠臣蔵』で読売文学賞受賞。近著に『客席から見染めたひと』など。

(「オール讀物」編集部)

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