遊びが過ぎて羽目を外すことも……名作アニメ『太陽の王子 ホルスの大冒険』製作秘話

遊びが過ぎて羽目を外すことも……名作アニメ『太陽の王子 ホルスの大冒険』製作秘話

小田部羊一さん。© 文藝春秋

 宮崎駿監督も参加した高畑勲監督作品『太陽の王子 ホルスの大冒険』(’68年)をはじめ『白蛇伝』(’58年)や『わんぱく王子の大蛇退治』(’63年)等の名作東映長編アニメーション映画が、「 東映動画まつり2020 長編漫画映画のすばらしき世界 」と題してユジク阿佐ヶ谷にて本年1月25日から2月14日まで特別上映される。

 昨年NHK朝の連続テレビ小説で放送されて話題を読んだ、広瀬すず主演の『なつぞら』でも、『ホルスの大冒険』にオマージュを捧げた『神をつかんだ少年クリフ』なる劇中劇アニメが公開不振で早々に打ち切られ、その責任を取って、高畑氏をモデルにした演出家・坂場一久(演・中川大志)が会社を辞める……という展開があったように、『ホルスの大冒険』は1968年の公開時、決して大ヒットはしなかった。『なつぞら』と違って実際に高畑氏が辞めることはなかったが、それでも本作スタッフに対する会社の風当たりは強かったという。

 その『ホルスの大冒険』が、今や世界的に評価され、日本はもちろん各国で繰り返し公開・上映されたり、DVDやBlu-ray、配信等でそれこそ世界中の人々が鑑賞し、愛され続けることになる未来をこのとき、誰が予想できただろうか? “塞翁が馬”の故事にあるとおり人の世の未来は全く予測がつかない。

 今回『ホルスの大冒険』は英語字幕付きバージョンが上映され、次世代に語り継ぐ準備が着々と進行しつつある。

 そこで当時、『なつぞら』の主人公・奥原なつのヒントになった奥様・奥山玲子さんと一緒に本作に原画・キャラクターデザインで参加し、『なつぞら』のアニメーション時代考証を務めた小田部羊一氏に『ホルス』製作時の現場の熱気を語っていただいた。

みんなで作った名作『ホルスの大冒険』

「アニメーションの製作現場は『ホルス』製作当時と比べて、今はスケジュールの事情もあり、ひとりの個性で作らざるを得ません。でも『ホルス』の現場は、自分では全然考えつかなかった他人の創作物を見て、そこから刺激を受けて、また描いてみようということをやったりして面白かったです。本当は時間があったら、そういう作り方をするほうが面白いんじゃないかと思います」

『ホルス』はラスト、最初は悪魔を恐れおののいていた村人たちが一致団結してラスボス・グルンワルド(声・平幹二朗)を倒すが、その製作現場でも同様のことが行われていた。

「あらすじが出来た段階で、みんなにあらすじについても意見を募るんです。あらすじの次に、『じゃあ登場キャラクターは?』ということで全員からアイデアを募る。そこで監督と作画監督がこもっている準備室みたいな部屋の壁に、出来たものをめいめい勝手に貼っていく。それで部屋中いっぱいになっちゃってね。皆そういう積極性がありました。

 出しっ放しじゃなくて、監督と作画監督を中心にキャラクター検討会を開いて。一つ一つ『このキャラクターはどれがいい?』、『これがいい』だけじゃなく、監督が『これとこれをくっ付けてみませんか?』といった具合に。髪飾り、ヘアースタイル、着物は言うに及ばず、『面白いからこの要素を採り入れたらどうか?』と有機的にね。普通はひとりの人間が考えたことで決まっちゃうんです。そうじゃなくて、みんなから出たものからまた膨らんでいく。そんな作業の繰り返しでした」

“一致団結ぶり”は仕事の外でも存分に発揮

「バレー部や野球部、ソフトボール、バドミントン部などの社内部活もありました。会社が福利厚生として部費も捻出してくれて。あと、教養室という大きな広い畳の部屋がありまして、そこを使って茶道部、華道部もありました。僕は茶道部でした。お茶菓子が食べたかったので(笑)。

 絵画部もあってみんなでデッサンをやったり。ちゃんと隣りの東映の撮影所で演技指導する、専門家の先生をお呼びしたんです。そうしたら、当たり前のようにお茶が点てられるようになりましたよ。当時の東映(東京)撮影所には撮影用のオープンセットがあったんです。銀座の町並みとか時代劇で使うお城のセットもあったり。当時、映画の『ウエスト・サイド物語(ストーリー)』(’61年)が流行ったんで、銀座の町のセットを使って映画のマネをして踊ったり……そんな写真も残っています(笑)」

 今の企業の職場環境とはおよそほど遠いイメージだが、時には遊びが過ぎて羽目を外したこともあったとか。

「社交ダンスは流行りましたね。気の合った仲間同士で自然発生的にブルース、ワルツ、ルンバ、ジルバも楽しみました。僕の班では班長さんが群馬県の沼田出身で、尾瀬に詳しいので尾瀬に行くことになって。すると奥山の班がそれを聞いて、すぐその後、尾瀬に行ったり。

 あと山岳部もあった。丹沢縦走を計画してそれには奥山も参加していました。そうしたら、先頭が道を間違えて彷徨っちゃって。全員が帰って来ない。翌日、会社で問題になりました。一夜を明かして翌日、ちゃんとしたコースを降りて無事に帰って来ましたけど。寒かったのでみんなで背中を合わせて暖を取ったり。ひとりが沢に降りたまま動けなくなって、何人か付き添いで泊り込んだり。よほど不安だったのでしょう、みんなが幻影を見たとか、変な化け物が出て来たとか……(笑)。すごく自由でした。残業しないと喰えないような給料でしたけど、何よりも若さですよね。仕事も遊びも一生懸命」

 人間、そして生きとし生けるものすべての個性と権限を尊重し、命の尊さを謳った名作『太陽の王子 ホルスの大冒険』。高畑監督をピラミッドの頂点に据えたその製作現場も、若さと生きるエネルギーに溢れた『ホルス』ワールドそのものだったのだ。そのクリアで繊細な映像を劇場やDVD、Blu-rayにシネマ・コミック等で今こそ改めてご堪能いただきたい。

小田部羊一(こたべ・よういち)
1936年台湾台北市生まれ。東京藝術大学美術学部日本画科卒業後、’59年に東映動画株式会社へ入社。長編『太陽の王子 ホルスの大冒険』などで原画を担当。『空飛ぶゆうれい船』(’69年)で初の作画監督を務める。’71年高畑勲、宮崎駿とともに東映動画を辞し、『アルプスの少女ハイジ』(’74年)、『母をたずねて三千里』(’76年)でキャラクターデザインを手がける。『風の谷のナウシカ』(’84年)では原画で参加。’85年、任天堂株式会社に入社。『スーパーマリオブラザーズ』などのキャラクタービジュアルデザインを担当。現在、日本アニメーション文化財団理事ほか多数の役職を務めつつ講演や後進の指導、展覧会等精力的に活躍中。著書に『小田部羊一アニメーション画集』(アニドウ・フィルム/2008年)がある。

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(岩佐 陽一)

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