オカンといっしょ #12 Silver(後篇)「劇場の構成作家見習いになる事が決まった。ずっと透明だった体に、色が戻っていく」

オカンといっしょ #12 Silver(後篇)「劇場の構成作家見習いになる事が決まった。ずっと透明だった体に、色が戻っていく」

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「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。

◆ ◆ ◆

「普通は、芸人も作家も、養成所に入ってちゃんとそこを卒業してからここに来るんや。せやのに君はなんでここに来た? ……君は誰や?」

 目の前に現れた劇場支配人は、僕にこう質問した。

「とにかく書いたネタを見て下さい。今までずっと、笑いの事だけ考えて生きて来たんです」

 そのコピーを渡して、そそくさと帰った。まるで、ピンポンダッシュして逃げたみたいだった。僕がその時に押したインターホンは、花火で焼かれたせいでドロドロに溶けていた。

 逃げるように乗り込んだ帰りのエレベーターの中で、当時、新たに創設されると噂されていたNMB48のオーディションに受かったらしき女の子たちと乗り合わせた。

「お疲れ様です」という挨拶をされる。どうやら、スタッフか何かだと勘違いされている。

「お、お疲れ様です」と返したら、少女たちの眼球の中の黒目が僕に集中した。

 僕は、今もちゃんとこの世に存在している。人からちゃんと、姿形が見えている。ずっと透明だった体に、色が戻っていく。

 電車代480円の距離を、自転車に乗って帰る。

?

「あの100本のネタは、全部一人で作ったんか?」

 後日、支配人から電話がかかってきた。

「はい」

「1本作るのに、どれくらいや?」

「設定が決まれば、10分くらいですね」

 そのまま、劇場の構成作家見習いになる事が決まった。コンクリートを突き破って、地面から顔面を出したモグラ。

 ある朝起きたら、台所で物音がしていた。

 リビングに行くと、いつも通りの眩しいくらいに明るいオカンがそこにいる。

「ただいま」

「えっ? もう治ったん?」

「うん。手術して」

「大丈夫なん?」

「うん」

 ただのいつもに戻っただけやのに、前の状態にただ戻っただけやのに、なんでこんなにも嬉しいねやろ?

 いくつになっても、母の前では単なる一人のガキに戻る。ガキに戻ったオレが、その時に浮かべたのは、マリファナ食って笑う猫のような笑顔。

 オカンも、そんな僕を見て笑った。

 僕が生まれた時もきっと、こんな顔で、僕の事を見ていたに違いない。僕は今、生まれた日に見た景色と同じ景色を見ている。

 その時にふと思った。全ての人は、自分の子供に出会うために生きてんのかな?

 その時のオカンの笑顔は、僕が一生を笑いに費やしても起こせないような、ステージが違う最高純度の笑顔だった。

 僕が劇場の作家見習いになった事を知ったら、どんな顔をするだろう?

「それにしてもお前、変なタイミングで入って来たな」

 劇場の社員は面倒臭そうにこう続けた。

「だって、この劇場はもうすぐ……」

 水面下ではもうプロジェクトがスタートしていた。この劇場はもうすぐ、NMB48の劇場になる。

 そうなった時、オレ達お笑いはどこに行けばええんやろ? やっと手に入れた居場所。それが無くなりかけていた。

 深夜まで劇場に残っている作家見習いは、僕だけだった。ネタを作っていると、頭上から声がした。「ちょっとネタの練習相手頼まれへん?」

 顔を上げると、そこにはガキの頃からテレビで見ていた漫才師のボケの方が立っていた。

「うちの相方、練習嫌いやねん」

 舞台上は本番さながらに、センターマイクが立っている。台本片手に、ツッコミ役を任された。

 最初は緊張して震えながら、恐る恐るツッコんでいたのが、次第に慣れていき、リズムが出来ていく。激しいドラムみたいに上下する口。その中で燃えまくる打楽器。笑いが無かったら、僕も母が語る童話の中の父のような人間になっていたのかもしれない。笑いは魚肉ソーセージを止める銀の金具のように、僕の全てを抑制している。

「ええやん」

 何回目かの漫才が終わった時に、客席の方から声がした。

「お前のツッコミの間、完璧やわ」

 その漫才師のツッコミの方が、客席に座って僕達を見ていた。

「……まあ滑舌は、まだまだやけどな」

 いまだに僕は、本当の僕をあの劇場の中に置き去りにしてきたみたいな感じがする。

 NMB48劇場には、そんな笑いのなきがらが今も残っている。

 あの日、僕が立っていた舞台と、全く同じ場所。そこから見えた景色。それと同じ光景を、NMB48は毎日見ている。大量の笑いのなきがらの中で。

「一回通しでやるから、客席で見ててや」

 僕は客席に降りて、入れ替わるようにツッコミが舞台に上がる。

 そして、客が僕一人だけの漫才ライブが始まった。

◆ ◆ ◆

つづく(※小説「オカンといっしょ」は毎週金曜17:00に公開します)

(ツチヤ タカユキ)

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