「打率.162」でOK!? ヤクルト・大松尚逸が見せた数字以上の働き

「打率.162」でOK!? ヤクルト・大松尚逸が見せた数字以上の働き

©時事通信社

■「打率・162」という数字を、僕たちはどのように評価すればいいのか?

 130打数21安打、3本塁打、打点16、打率.162――。

 10月3日の全日程終了以降、この数字がずっと頭から離れない。昨年オフ、ロッテから戦力外通告を受け、今年からヤクルトに入団した大松尚逸の17年の全成績である。この記録をどのように評価すればいいのか、僕は日々、煩悶を繰り返し、ふとした瞬間に、「打率.162か……」とつぶやいている自分がいるのだ。

 今季の大松は「左の代打の切り札」として登場することが多かった。しかし、打率は.162。代打の切り札でありながら、得点圏打率はさらに低い.160だ。ハッキリ言えば、かなり物足りない。しかも、今季放った3本のホームランは、いずれも「走者なし」の状況でのソロホームランばかりなのだ。

 しかし、この3本のうち2本が「値千金」と言わざるを得ない貴重な代打サヨナラホームランなのである。まずは5月9日、神宮球場で行われた対広島東洋カープ7回戦。延長12回裏、2対2の同点の場面で左打席に入った大松は中田廉の4球目のスライダーを振り抜くと、ライトスタンドに飛び込む今季第1号でチームに勝利をもたらした。

 この日、神宮のスタンドには大松を支え続けた妻・敦子さんが初めて訪れていたのだという。大松は「何をするにしても、車椅子や松葉杖で雨の日は外に出られなかった。そんなときにいろいろと支えてくれた」と感謝の言葉を述べている。僕はこの日のヒーローインタビューが忘れられない。お立ち台に立った大松は我々ヤクルトファンに力強く宣言した。

「初めまして! ヤクルトスワローズの大松尚逸です!」

 この日、ライトスタンドで僕は泣いた。多くのファンも瞳を潤ませながら、声を嗄らして、精一杯の感謝の言葉を大松に伝えたのだった。

 さらに、絶対に忘れてはいけないのが7月26日、神宮球場での対中日ドラゴンズ15回戦だ。6回を終了して0対10と完敗ムード漂う中、ヤクルト打線は7回に2点、8回には怒涛の攻撃で8点を奪い、10対10の同点に追いついたのだ。

 そして延長10回裏、打席に立ったのは、我らが「代打の切り札」だった。大松は中日・伊藤準規の初球ストレートを力強く振り抜き、右中間へ見事な代打サヨナラホームランをたたき込んだのだ。小雨交じりの夜だった。しかし、雨などまったく気にならない歓喜の瞬間の訪れに、僕らヤクルトファンは狂喜乱舞した。試合後、大松は言った。

「真っ直ぐが多くなっていたので、攻め方を頭に入れて打席に入った」

 う〜ん、ベテランらしい味わい深いコメントだ。翌日の日刊スポーツには大松について、こんな一節がある。

【ベンチでは誰よりも声を出し、試合後には素振りを黙々と繰り返した。荒木ら若手も練習を続ける大松を見て、自発的に「大松塾」に参加。声でも背中でもチームをけん引していた】

 以前、真中満前監督にインタビューをした際に、「ベンチでいちばん声が出ているのは大松ですよ。移籍したばかりのベテランがもっとも大きな声を出している。この姿を見て若い選手は何かを感じてほしいのだけれど……」と言っていた。また、伊藤智仁前ピッチングコーチに話を聞いたときには、「ぜひ、大松の記事を書いてあげて下さいよ。あれだけひたむきに野球に取り組む選手は、なかなかいないから」と語っていた。

 若手選手からも、そして首脳陣からも信頼の厚い男。それが、「大松尚逸」という男なのである。「96敗」というチームワースト記録を体験した、今年のヤクルトファンならば、大松が放った2本のサヨナラホームランによる「2勝」は、決して忘れていないはずだ。

 さらに、若手の手本として、チームにいい影響をもたらしているのならば、やはり大松の貢献度は高いといえるのだろう。しかし、いかんせん、打率.162なのだ。今季の大松に対する評価、判断はなかなか難しいところなのである。

■「年俸800万円」の男が見せた精一杯の奮闘

 大松の今季の評価を決定する参考として17年シーズンの年俸を調べようと、手元の選手名鑑を手にする。「……アレ、背番号《66》が載っていない」と、とまどった後に、ふと思い出す。

(あっ、そうだ。キャンプイン後のテスト入団だったんだっけ……)

 キャンプ終盤の2月17日にテストに合格し、19日に入団発表を行った大松。2月上旬に発売される選手名鑑に大松の名前が掲載されていないのは当然のことだった。仕方がないのですぐにググってみると、その年俸はわずか800万円だという。そうか、そんなに薄給だったのか……。2011年には7800万円を稼いだ男が、今季は800万円だったのだ。右アキレス腱断裂という大ケガから見事に復活を遂げた大松は、十分、給料以上の働きをしているではないか。そういえば、現役晩年には同じく「代打の切り札」としてチームに貢献した真中氏はこんなことも言っていた。

「代打というものは本当に難しいものなんです。確かに打率は低いかもしれないけれど、あの2本のサヨナラホームランといい、大事な場面で大松の一打がチームに勇気や勢いを与えた場面は意外とありましたよ。それで十分なんです」

 なるほど。やはり今季の大松は、苦境にあえぐチームにとってなくてはならない存在だったのだ。ならば、ヤクルトファンとしては「打率.162」という数字に感謝の気持ちを持つべきなのだろう。打てなかった「.838」を嘆くのではなく、見事にヒットを、ホームランを放った「.162」という数字に感謝し、誇りに思うべきではないのか? そして、来年こそはもう少し数字を上げてもらえるように、力強い声援を送るべきではないのか?

 ようやく、迷いは吹っ切れた。「打率.162」の大松は、やはり今季のヤクルトにとって貴重な代打の切り札だったのだ。できれば、もう少しいい数字を残してほしかったけれど、それが「96敗」の現実なのだろう。満身創痍、崖っぷちの男が残した「打率.162」という数字を深く噛みしめながら、僕は来季の大松尚逸のさらなる活躍に今から期待しているのだ。

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(長谷川 晶一)

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