ムショ本から介護殺人者の告白まで urbanseaが選ぶ2017年「5冊の傑作ノンフィクション」

ムショ本から介護殺人者の告白まで urbanseaが選ぶ2017年「5冊の傑作ノンフィクション」

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潜入ルポ、ヤクザもの、自伝評伝に社会派ドキュメント……。日々、ノンフィクションを渉猟して読み続けるurbanseaさんに、「極私的2017年の5冊」を選んでいただきました!

■語り合われる、監獄を経験した者ならではの機微

堀江貴文・井川意高『東大から刑務所へ』(幻冬舎新書)

《堀江「なんだか知らないけど僕のところに花が毎日差し入れされるようになって、差出人を見たらK-1を作った石井和義館長でした」/ 井川「殺風景な部屋に花があると、どれだけありがたいかわかっている人だ」》 拘置所でのエピソードである。

 監獄を経験した者ならではの機微を語りあう堀江貴文と井川意高は、ともに東大、会社経営者でもあった。また堀江はライブドア事件で、井川はバカラ賭博で作った借金を返すのに子会社から借り入れをして特別背任の罪で服役する。

 本書はこのふたりの対談である。社会から隔絶され、体ひとつで生きる場所だからこその、人の習性や人間関係にまつわる気づきの数々が読みどころだ。

 刑務所の運動の後に飲む「麦茶がウマすぎる」とふり返るふたりだが、そんな感覚はシャバに出た途端に忘れてしまったという。特殊な環境ゆえの錯覚だったのだろう。しかしそんな状況もあって、堀江は社員たちの寄せ書きに涙し、井川は『夜と霧』を読み、冷たい人間だと思っていたのにこうした本を読んで泣く自分に驚く。

 大王製紙の創業家に生まれ、必然としてそこに入り、社長、会長となった井川。帯に載る著者近影は、そんな名門+エリートの鎧を脱いで憑き物がおちたかのような表情をしているのが印象的だ。

■突然出てくる「凸版の山本さん」とは何者か?

阿久真子『裸の巨人 宇宙企画とデラべっぴんを創った男 山崎紀雄』(双葉社)

 副題にあるようにAVとエロ本で一時代を築いた男の評伝である。ヘアが見える見えないではなく、女性の肌の色にこだわりぬく。それが山崎紀雄であった。エロ本の同業者も「山崎さんところの肌色は凄く美しい」と讃え、本人も「いまの凸版印刷、あそこまでクオリティを上げたのは俺なんだからさ」と豪語する。

 理想の肌色を求め、山崎が色校正を戻し続けるうち、印刷所も本気で応えるようになっていく。

「でも聞くほうにもセンスが必要でトヨタや資生堂を担当していた凸版の山本さんはダントツに芸術肌。上手でした」

 突然出てくる「凸版の山本さん」。

 山崎とならぶエロの巨人・村西とおるの評伝を書いた本橋信宏は、「芥川龍之介、菊池寛に混じり写真におさまる仲間たちのなかで、『ひとりおいて』とキャプションで記されてしまった“ひとりおかれてしまった”人物」(注)、こうした人たちを活字に残すことが自分の使命だと著している。

「凸版の山本さん」はそれこそ “ひとりおいて”とされる市井の会社員に違いないが、それでも日本の印刷技術の進歩に貢献した偉人なのだろう。そこに光を照らす、これぞノンフィクションの魅力である。

(注)『新橋アンダーグラウンド』駒草出版

■包丁の持ち方を覚えたら人生が変わった10人の女性

キャスリーン・フリン『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(きこ書房)

 ル・コルドン・ブルーを卒業したフードライターが料理教室を開く。だからといって、有閑マダムを相手にフランス料理を教えるのではない。そこに集まったのは、兄に料理を笑われたり、小さい頃包丁で手を切ったりといったトラウマもあって、インスタント食品や冷凍食品に依存し、きちんと料理したくても出来ずにいる女たちであった。

「どの冷凍食品も味が同じだから、いちばん安いものを買う」。マクドナルドが実母との思い出の味の生徒・サブラは言う。そんな彼女も、教室で包丁の使い方を教わったことをきっかけに変わる。そして加工品は不味くて体に悪く、しかも割り高だと気づいていく。

 本書は彼女にかぎらず、包丁の持ち方を覚えたら人生が変わった、そんな十人の女たちのドキュメントだ。「私の年齢でも、変わることができるなんて素晴らしいことだわ。この年になっても、自分を驚かせることができるのよ」とは生徒のひとりの言葉である。

 また料理のコツを教える助言・格言が軽妙なのが魅力的。たとえば「煮込みはいつも同じです。まずは、焼き目、野菜、ひたひたの水分、フタ、そしてコトコト。たったこれだけ。これを知っているとなんでも煮込むことができるわよ」といった具合である。

■魔窟のような国鉄の「終わりと始まり」

牧久『昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実』(講談社)

 大蔵省の事務次官にまで登りつめた高木文雄も、国鉄総裁になるや、労働組合にカマシを入れられ、やがて昼間から酒を飲んでベロンベロンに泥酔するようになる。……この魔窟のような国鉄を解体・分割民営化するという、昭和の終わりに起きた「政治経済最大の事件」を再検証したノンフィクションである。

 自民党と社会党、田中角栄と中曽根康弘、加藤六月と三塚博、国労などの労働組合と彼らに怯える国鉄キャリア、こうした重層的な対立と、それを縦断していくの改革派「三人組」(井手正敬・葛西敬之・松田昌士)の人間対人間の勝負が読みどころだ。 

 また本書は終わりとともに、始まりが描かれる。

 最大労組・国労が切り崩され、弱体化する一方で、別の組合・動労の松崎明が力を得ていく。分割民営化後の国鉄キャリアの割り振りについて、松崎が井手に「Hら三人を東京に残してくれ」と頼み込む。そうして残ったHらは、新会社で「完全に松崎の“エージェント”」に堕ちる。

 国鉄解体の過程で、そこに新たな厄介の種がまかれ、それはすぐに萌芽して、新会社を支配していく。その支配の実態は08年の講談社ノンフィクション賞作品・西岡研介『マングローブ』に深く書かれるが、本書はその前日談ともなっている。

■家族を見捨てられなかった者が犯す罪

NHKスペシャル取材班『「母親に、死んで欲しい」 介護殺人・当事者たちの告白』(新潮社)

 殺人者は異常者か特殊な環境にある者であって、「普通」の自分とは隔たりがある。あるいは自分は殺人を犯すことなど、この先もない。多くの者がそう信じていよう。

 しかし「介護殺人」には普通の、道徳的な者が陥る。なぜなら介護は誰の身にも起き、また介護殺人は家族を見捨てられなかった者が犯す罪だからだ。

 本書にしたがえば、男も女も、夫も妻も、息子も娘も介護殺人の当事者となり得る。テレビ局を早期退職して経済的に恵まれている者だろうが、介護職20年のキャリアをもつ者だろうが、だ。

 追い詰められたら助けを求め、社会はそれに手を差し伸べる、こうした仕組みをつくることが介護殺人を未然に防ぐと執筆者は言う。逆をいえば、助けを求めにくい、他者に手を差し伸べない社会が介護殺人の温床となる。つまりは流行りの自己責任社会だ。

 ノンフィクション作家・本田靖春は『疵』で、戦後の混乱のなかでヤクザになる者とそうでない者とは「襖(ふすま)一枚分の隔たりしか持たなかった」と書いた。現代の自己責任社会にあっては、介護殺人する者とそうでない者とは、襖一枚分の隔たりさえ持たずにいる。

(urbansea)

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