伊吹有喜「戦時下も消えぬ、雑誌づくりの情熱」――第158回直木賞候補者インタビュー

伊吹有喜「戦時下も消えぬ、雑誌づくりの情熱」――第158回直木賞候補者インタビュー

©下林彩子

オール読物2018年1月号 より転載

 老人施設にいる波津子のもとに、美しいカードを持った面会者が訪れる。そのカードは、波津子が若い頃に人気を誇った少女雑誌の附録。カードを手に、波津子は、懐かしい人たちを思い出す――。本作は、昭和10年代の少女雑誌編集部を舞台に、雑誌づくりに情熱をそそぐ人々を描いた。

「最初は別の話を書く予定でしたが、打合せの帰りに『少女の友』の復刻版をいただいたんです。そこには附録もいくつか入っており、なかでも中原淳一先生の手による、花の絵が描かれたゲーム用のカードに心惹かれました。色の繊細さといい、カードを納めた箱のつくりといい、大人が見ても心ときめく美しさだったのです。こんな附録をつけていた少女雑誌とはどういうものだったのかと関心を持ったことが、執筆のきっかけになりました」

 時は昭和12年。進学を諦め女中として働いていた波津子は、憧れの「乙女の友」編集部で雑用係として働くことに。そこでは、若くして主筆を務める有賀憲一郎と、可憐な絵で雑誌の人気を牽引する長谷川純司の“ゴールデン・コンビ”を中心に、「友へ、最上のものを」を掲げた雑誌作りが行われていた。彼らの役に立とうとするも、学がないため上手くいかない波津子だが、持ち前の芯の強さと、「乙女の友」への強い思いで、やがて編集部に受け入れられていく。

「以前、出版社に勤めていたのですが、当時、その会社でいちばん人気があったのが、10代の少女向け雑誌でした。イベントを行うと、最前列に座るために読者が始発で来たほどです。何十年の時を経ても、好きなものに寄せる少女たちの熱意は変わらない。そう感じて、この時の経験も重ねています」

 しかし、戦局の悪化はここにも暗い影を落とし始める。敵性語や華美な表現は禁じられ、紙も足りない。そんな中でも、有賀たちは雑誌を出し続けた。

「執筆の着想を得た雑誌『少女の友』も途切れずに刊行を続けていました。そこには戦時下でも文化的な誌面を作ろうと苦心していた形跡がうかがわれます。雑誌を出し続けることが文化の志を高く保つことであり、一種の希望だったのではないかと考えました」

 ラストでは、戦火をくぐり抜け、時代を超えて波津子のもとに届いたメッセージに胸を打たれる。

「思いを自由に表せなかったあの時代、離ればなれになった恋人たちが、万葉集を用いて、気持ちを手紙で伝え合っていたと聞きました。そこで、形は違いますが、思いを託してみました。人の熱い思いは時間や距離を超える。そう信じています」

いぶきゆき/1969年三重県生まれ。2008年「風待ちのひと」でポプラ社小説大賞・特別賞を受賞しデビュー。著書に『四十九日のレシピ』『ミッドナイト・バス』等。

(「オール讀物」編集部)

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