オカンといっしょ #13 Aqua(前篇)「“定位置”から押し出された僕、辿り着いたのはホストクラブ」

オカンといっしょ #13 Aqua(前篇)「“定位置”から押し出された僕、辿り着いたのはホストクラブ」

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「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。

◆ ◆ ◆

「初体験は、14歳の時。相手は知らんオッサンやった」

 ユリアさんの隣に居ると、自分がダサすぎて死にそうになる。

「ケツに挿れられとる時の感じは、めっちゃ固いウンコが出たり入ったりしてるみたいな感じやねん」

 キレイなつやつやの金髪。ユリアさんは、ルーベンスの絵の前で死んだネロとパトラッシュを迎えに来た天使が、大人になったみたいな感じの人だった。

「バリ痛いで? 終わったら、5000円もらったわ」

 それは、僕が一晩で稼ぐ金額と同額だった。

「お前、もう22歳やのに童貞ってマジか?」

「ええ、まあ」

「なんでなん? もしかして、男が好きとか?」

「ちゃいますよ」

「そうか。でも結局、男と女やったら、男の方がマシやぞ?」

「なんでですか?」

「男のアソコは女と違って、洗えば臭わんくなる」

 ホストクラブの店内。ここで呼吸すると、タバコの副流煙の臭いが鼻の中に広がった。まるで店内丸ごとがヘビースモーカーの巨人の体内で、天井から吊るされたシャンデリアは、そいつののどちんこみたいや。

 店内を見回すと、指名したホストにずっと放ったらかしにされた女の客がキレているのが見えた。

「アスカが戻って来るまで時間を繋いでくれ」

 そう言われて、その席に座る。アスカさんはこの店のナンバー2で、あちこちのテーブルを回る。その間、客は放ったらかしになるため、間を埋めるために、ヘルプのホストは存在する。

「誰やねん?」

 僕は、自己紹介をした。ここにいる間ずっと、水中で溺れているみたいな感じがする。

「アスカは?」

「もうちょいしたら来るって言うてましたね」

「1時間くらい放ったらかしやねんけど?」

 こういう時の対処法は、ユリアさんに教わっている。指名ホストをひたすら褒めろ。自分が好きな男を褒められると、客の気分は良くなるらしい。

「アスカさん、カッコイイですよね。僕も、あんな顔に生まれたかったですわ」

 実際、アスカさんの顔はカッコイイを通り越して美しかった。それは、美容外科に行っても直す場所が一つも無いレベルの美しさだった。

「黙れって! 別にお前なんかと喋りたないねん!」

 女はイライラをぶつけてくる。こんな事を言われるのはしょっちゅうだった。

「とっとと死ねや!」

「いやいやー、僕なんてもう、死んでるようなもんですわー」

「はあ? おもんないねん! 死ねや、マジで」

『リトル・マーメイド』の人魚は、声と引き換えに歩けるようになった。初めてホストクラブに来た頃の僕は、人とずっと喋って来なかったから、声が出なくなっていた。

 僕は声と引き換えに、ボケを5秒1個ペースで量産出来るようになり、深夜ラジオや雑誌ではネタが採用されまくるようになった。

 あらゆる媒体を自分の名前で埋めた瞬間から、アンチが生まれて、某巨大掲示板では次第に、僕に対する大量の罵詈雑言が並ぶようになった。ずっと感じていた事にようやく現実が追いついて来た。やっぱりオレはこの世界のヒールやった。

「おいおい、俺の可愛い後輩を、あんまイジメんといたってくれよ」

 アスカさんは現れただけで、場の空気を一瞬で変える。

「だってこいつ、漂ってる空気、ヤバすぎやもん」

 その時に思い出したのは、いつかのヘヴンとアイスの構図。アスカさんを見ていると、改めて思う。この世には、存在しているだけで価値がある人間がいる。

 自分がそうじゃない人間だという事は、ずっと前から知っていた。この世にある全てのエンターテイメントは、そうじゃなかった人間達が生み出した存在証明だ。寝る時間さえ削り、机にかじりつく理由はただ一つ。

 次は、僕がそれを残す番だからだ。

「元犯罪者ちゃうん?」

「ちゃいますよ」

「お前、ホストになる前、何やってたんやったっけ?」

「一応、お笑いの劇場の構成作家見習いをやってたんですよ。……すぐクビになりましたけど」

「へー、クビになったんや。……おもんないから?」

 女の言葉に、「ええまあ、そんな所ですわ」と返答した瞬間に、絶対零度の氷河期みたいに心が凍えた。急激にフリーズしていく心臓。

 深夜ラジオでネタが採用された時に起こる笑い声が、全てを解凍する巨大な電子レンジ。

◆ ◆ ◆

つづく(※小説「オカンといっしょ」は毎週金曜17:00に公開します)

(ツチヤ タカユキ)

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