「アカデミー賞」で人生が変わった……オスカー予想マニアで会社員の私がMs.メラニーになるまで

「アカデミー賞」で人生が変わった……オスカー予想マニアで会社員の私がMs.メラニーになるまで

Ms.メラニー

 映画会社23年間勤務のMs.メラニーは、3年前の2017年2月、TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』に、一般人で生粋のアカデミー賞予想マニアとして登場。30年にわたってアカデミー賞をウォッチし続けて培った受賞予想メソッドを紹介して話題を集め、ついに『 なぜオスカーはおもしろいのか? 受賞予想で100倍楽しむ「アカデミー賞」 』(星海社新書)を上梓するまでに。ジェーン・スーさんの親友でもある彼女に、“オスカー予想屋”Ms.メラニーとして活躍するまでの軌跡を聞きました(全2回の1回目。 後編 に続く)。

■「子供が観ても大人が観ても楽しめる作品が多かった」あの頃

――やはり、相当な映画少女でしたか?

Ms.メラニー 中学1年生の時のクラスメイトにすごく映画好きの子がいて、彼女に影響されて観るようになりました。私が小学校の高学年から中学生くらいにかけては、『グレムリン』(84)や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85)、『グーニーズ』(85)といった子供が観ても大人が観ても楽しめる作品が多かった。それも映画にハマるきっかけになったし、あの頃っていまよりも映画を観るという文化が身近で普通なものとしてあったんですよね。だから、中学、高校の10代の頃が最も映画を観ていた時期だと思います。

――80年代は映画館もシネコンじゃなかったし、ミニシアターも盛んで劇場や地域によって特色がありましたね。

Ms.?メラニー 私が中学生の頃に日比谷シャンテができて、かかる映画が好みのものばかりで通い詰めましたね。シネスイッチ銀座もよく行きました。いまは変わってしまったけど、シネスイッチ銀座のパンフレットって表紙がスケッチ画になっていて素敵だったんですよ。この頃に買ったパンフは思い入れがありすぎていまだに捨てられない……。シネコンと違って完全入替制でもなかったから、良い映画に当たったりすると続けて次の回も観たりしていました。

――いまみたいにネットもないですから、映画少女、映画少年は映画雑誌の「スクリーン」「ロードショー」や深夜に放送していた「ショウビズTODAY」(テレビ朝日で1985〜1995年に放送されていたエンタメ情報番組)をチェックしては情報を集めていたものですよね。

Ms.?メラニー 両方とも読んでいました。「ショウビズTODAY」は毎週観ていたし、黒田アーサーさんが司会をやっていた「ハロー!ムービーズ」もありましたね。「スクリーン」「ロードショー」にはスターへファン・レターを送る際の宛先の紹介も載っていて、書いてみたらサイン入りの写真が送られてきて「ほんとに返事が来るんだ!」とびっくりして。サインが直筆ではなくて印刷だったけど、嬉しかったですね。それとノートに観た映画の前売り券の半券を貼って、せっせと感想を書いたりもしていました。

■オスカー予想を始めた意外な理由

――そんななかでアカデミー賞に出会って魅せられてしまったと。

Ms.?メラニー 初めて見たのが、『レインマン』が作品賞を獲った1988年度の第61回授賞式でした。春休みに海外へ旅行していて、たまたまテレビをつけたら放送していたんです。「ああ、これがアカデミー賞かぁ」って思って見ていたら、ジョディ・フォスターが『告発の行方』で主演女優賞を受賞する場面が出てきたりして。ものすごく華やかな雰囲気にすっかり飲み込まれて、「ああ、なんて楽しいんだろう」って夢中になりましたね。その授賞式の写真が翌月映画誌に載っていて、「あ、こないだ見たやつだ」って夢中になって眺めていました。

 そうこうしていたら、次の1989年度第62回授賞式が民放で深夜に放送されると知って。ビデオに録画して、もう何度も繰り返して見ましたね。CMも入っていたし、吹き替えだったけど、ぜんぜん気にならなかった。それから毎年欠かさずに授賞式を見続けて、現在に至るって感じです。

――オスカー予想を始めて今年で20年目なんですよね。そもそも、何かきっかけはありましたか?

Ms.メラニー オスカー予想を始めたのは、たまたまです。映画業界の友人ローリー(仮名)と知り合い、一緒に授賞式を見ることになった最初の回で、「自分の友人はみな予想をするから、君も自分の予想を提出するように」と言われ、全部門を予想するという難行に挑みました。いわば宿題として始めたら、面白さに気付いてその教科が好きになった、というような感じです。

■ジェーン・スーさんのラジオ「駄話コーナー」に出演

――なるほど。あくまで趣味、あくまで個人的なライフワークだったアカデミー賞の受賞予想が、高校時代のご友人であったジェーン・スーさんによって脚光を浴びることになったわけですが。

Ms.?メラニー TBSラジオに出るようになる2、3年くらい前から、彼女は原宿のミニFMで『ORDINARY FRIDAY〜つまりシケた金曜日〜』という番組をやっていたんです。その番組に自分の友だちを招いてたわいのない話をする「駄話コーナー」というのがあって、オスカー授賞式の時期に“毎年授賞式を見て、狂ったように語る人”として紹介されて出演したのが最初。私がオスカーのシーズンになるとひとりでずーっとああでもないこうでもないと喋っているのを見て、彼女は「よくこんなことに夢中になれるな」と面白く思っていたようで、「番組で話をしてよ」って呼ばれたんです。

「こんなこと話しても誰も興味を持ってくれないでしょ」と言いつつも出てみたら、『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(現『アフター6ジャンクション』)の放送作家である古川耕さんも面白がってくれて、2017年2月にそちらへも出ることになったという。

■オスカーは「最も優れた作品が受賞するとは限らない」

――そして大きな反響を呼ぶことになりましたが、ラジオのリスナーはどういう部分に興味を抱いたんだと思いますか?

Ms.?メラニー 宇多丸さんが面白がって下さるのは理解できるんです。あれだけ映画がお好きな方だから。でも、ラジオリスナーの皆さんがどこを面白がってくれているのかは、いまだに自分でもまったくわからないです(笑)。ただ、私がラジオに出演している時って、スーさんが同時中継状態でTwitterにいろいろ書いてくれるんですね。そのツイートを楽しみにしているというリスナーも多いみたいです。

 いずれにせよ、「いままでオスカーに興味がなかったけど授賞式を俄然見たくなった」とか「興味が湧いてきた」とかツイートしてくれた人が大勢いるのは嬉しいことに違いないです。おそらく、そういう風に書いてくれた方々の中には、これまで映画にそれほど興味がなかった人もいるのかなって思いますけど、少しでもオスカーや映画に目を向けてくれたという意味では嬉しいですよね。

――オスカーは「最も優れた作品が受賞するとは限らない」など、Ms.メラニーならではの名言や着眼点が人々に刺さったということでしょうけど。

Ms.?メラニー やっぱり、ピンとこないですね。今回、本を書くにあたってもなにを書いたらいいのやらって。読む側になにを求められるのか、ずいぶん試行錯誤しました。「私が面白いと思うことと、読み手が面白いと思うことは違うんじゃないか」という思いはずっとありました。だから、最終的には書きたいことを書いただけになりましたけどね(笑)。

■ここまでのブレイクはぜんぜん予想できなかった

――ライフワークが“オスカー予想屋”として本当の仕事になってラジオに出演するだけでなく、本まで執筆してしまう。ここまでのブレイクを予想できましたか?

Ms.?メラニー ぜんぜん。でも、文章を書いたり読んだりするのは好きなので、本を出版することは私の夢の一つだったというか、漠然と「いつか本を書いてみたいな」と思ってはいました。だけど、現実に書く機会に恵まれることなんて考えてもいなかった。スーさんが最初の本『 私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな 』を出して売れた時もビックリしたんですよ。というのは、昨日までファミレスで彼女と一緒に話していたような内容、私たちにしてみれば普段から話題にしているなんでもない事柄が本になってしまうなんてすごいなって。彼女に文才があるのは知っているし、面白さは格別だったから、いまみたいな大物というか世に出ることは想像に難くはなかったけど、本の内容に関してはそういうことがありえるんだなぁって。

 でも、私にもそういうことが起きた。しかも、内容は自分にとってはなんでもない日常の事柄であるオスカー予想。もう、これにはただただ驚くだけですよね(笑)。

【後編】波乱含みのアカデミー賞予想 大快挙『パラサイト』の弱点、助演男優賞は「ブラピで決まり」の理由

聞き手・構成=平田裕介
写真=末永裕樹/文藝春秋

波乱含みのアカデミー賞 大快挙『パラサイト』の弱点、助演男優賞は「ブラピで決まり」の理由 へ続く

(平田 裕介)

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