「美しすぎる東大王」鈴木光が初めて語った、麻布高校の男子と過ごした青春時代

「美しすぎる東大王」鈴木光が初めて語った、麻布高校の男子と過ごした青春時代

(c)佐藤亘/文藝春秋

“スタンフォード大学が認めた才媛”。『東大王』で一躍クイズ界の新星として注目される鈴木光さん。ネットを騒然とさせた、眩しすぎる東大生は一体どんな人なのか? 初のロングインタビューです。

■駒場祭で、受験生からペンを渡されて……

――こうしたインタビューを受けるのは初めてだそうですね。

鈴木 いやなんか、私のようなものに声をかけていただいて、ありがとうございます。

――東大生と芸能人がクイズで戦う人気番組『東大王』で、東大チームの一人として登場するや、「かわいい」「美しすぎる」とネット上でも大反響です。

鈴木 そんな……。反響があるという実感はないんですけど、11月の東大駒場祭では、小学生から、年配の方まで、幅広い年齢の方々から「いつも応援してます」という声をかけていただいて、ありがたいなって思いました。

――やっぱりファンがいるんですね。

鈴木 受験生の子だったんですけど、「何か一言、応援の言葉を書いてください」ってペンを渡されて、びっくりしました(笑)。私が書いちゃっていいの?って。

■法学部の推薦入試後、担任の先生が『東大王』を教えてくれた

――鈴木さんは大学に入学してすぐの、2017年4月から『東大王』に出演されていますが、どんな経緯があったんですか?

鈴木 私が東大に入学する直前の3月に番組出場者を決める予戦があったんです。私は法学部の推薦入試で2月中旬に東大進学が決まったのですが、担任の先生から「東大王というクイズ番組の、予選の案内が来ているよ」って声をかけていただきました。私がクイズ好きな事を覚えていてくれたんだと思います。

――予選ってどんなものだったんですか?

鈴木 ペーパーテストを解くものでした。これをうまく通過できて4月の東大王に挑戦者として出させていただいたのが1回目です。そこでサブメンバーになり、11月に行われた東大王2ndシーズンに向けての入れ替え戦で、東大クイズ研究会の大学院生伊沢さん、4年生の水上さん、鶴崎さんとともにベスト4に残り、東大王チームの一員にさせていただきました。そもそも予選を通過できるなんて思いもしなかったので、戸惑うばかりで……。クイズに本格的に取り組み始めたのも番組に出るようになってからなんです。

■国際会議で『高校生クイズ』を断念した

――筑波大学附属中学・高校の出身ですが、強豪で知られるクイズ研究会には入ってなかったんですか?

鈴木 高校の時にちょっとだけ、です。小さい頃から『Qさま!!』とかテレビのクイズ番組は好きで、高1のときに友だちとZ会主催の「超難問コロシアム」っていう大会の本選に出たことはありましたけど、それくらいのものだったんです、私のクイズ歴は。あ、高1で『高校生クイズ』にも申し込んだけど全然ダメでした。

――次の年にも挑戦しなかったんですか?

鈴木 国際会議に学校代表として派遣されることになって、日程の都合がつかなかったんです。

――国際会議?

鈴木 日本からは、筑波大附属高校と麻布高等学校のみ参加資格を与えられている、毎年シンガポールで行われているサミットです。私が参加した年は丁度戦後70年にあたり、日本チームに与えられたテーマは「真実と和解」。世界12か国の高校生と先生達に10分間のプレゼンをしなければなりませんでした。麻布の子たちも一緒に週3、週4ペースで会って、討論して、打ち合わせして、パワーポイントで資料を作るみたいなことしてました。

■桜丘高校クイズカップルみたいな青春には……

――麻布高校は男子校なので、筑附のメンバーは全員女性だったりしたんですか?

鈴木 いえ、私だけ女子で……。

――それだけ密に会って一緒のことをやっていたら、何か生まれそうですよね。

鈴木 いえいえ、何も生まれなかったです(笑)。

――『高校生クイズ』で優勝した桜丘高校クイズカップルみたいな青春にはならなかったんですね。

鈴木 ならなかったですねー。今でも戦友みたいな感じで、みんな仲いいですけど。

■中学から軽音で、大好きなのは椎名林檎さんです

――国際会議に出る一方で、軽音楽部でバンドもやってたんですよね?

鈴木 軽音は中学からなんです。ギターとボーカルでした。あの頃は『ミュージックステーション』をよく見てました。椎名林檎さんが大好きで、出演するときとかチェックして。

――失礼ですが、鈴木さんって何年生まれですか?

鈴木 1998年です。

――椎名林檎がデビューした年ですね。

鈴木 『幸福論』が一番好きな曲です。

――まさにデビュー曲。

鈴木 バンドでコピーする機会が多かったし、あの独特のメロディーラインがすごく好きなんですよ。山崎まさよしさんの『One more time,One more chance』も好きなんですけど、私が好きになる曲って調べてみるとだいたい2000年代初頭の作品。なんか古い音楽が好きなんですよね(笑)。

――いやいや、古くないですよ……18年近く前のことですけど。カラオケとか、今も行くんですか?

鈴木 気晴らしによく行きます! 『夜空ノムコウ』も好きです。

■生まれて初めて喋った言葉は「ball」

――ところで、鈴木さんの枕詞になっている「スタンフォード大学が認めた才媛」。あれは一体どういう意味なんでしょうか?

鈴木 先ほどの国際サミットに行く前、高2のときなんですけど、スタンフォードの通信教育、日本の高校生向けのプログラムがあると知ったんです。どういうものかというと、起業家から弁護士、大使の仕事をしている人まで様々な方が、たとえばシリコンバレーの現在について講義するのをビデオチャットで受講できるものなんです。そのやりとりと論文が表彰されたことを、テレビ局の方がフレームアップしてくださったというか。

――もちろん全部英語のプログラムなんですよね?

鈴木 はい。そもそも、私は英語にコンプレックスがあるんです。だから、英語力を身につけたくて国際交流に自主的に参加したり、スタンフォードのプログラムに応募したりしたんです。

――それは意外な感じがします。鈴木さんって番組の中でも英語の発音が良くてスタジオの芸能人を驚かせていますよね。そもそも帰国子女なのかと想像していたんですが、違うんですか?

鈴木 私は自分でも覚えていないほど小さい頃に、2年間ほどインターナショナルスクールに通っていたそうなんです。なので、小学校に上がるくらいまでは英語しか喋れない感じ。母親の「母子手帳」には私が初めて喋った言葉が記録されているんですけど、なぜか「ball」だったらしいです(笑)。

■英語力が衰えている自分を、どうにか変えたかった

――ボール? いい発音で。

鈴木 なんで「ball」なのかわかんないんですけどね。で、東京の地元の公立小学校に入学してからも、親が週に1度、英語の家庭教師をつけてくれていたんですけど、英語を話す機会も少なくなってくるし、日に日に喋れなくなって。子どもなりに、自分の中でも「英語力が衰えていっている」って感覚があって、どうにか自分で自分を変えたかったんです。

――それが鈴木さんにとっての「英語コンプレックス」だったんですね。

鈴木 はい。それで中学のときに、英語でコミュニケーションを取れるようになりたい、そのためには面接で自由に英語を話すことが課される英検1級を目標にしようと考えて、中3で合格しました。

■「東大王」を引退する日

――TOEICとかTOEFLも受験したりしました?

鈴木 それはまだです。できれば、将来は海外の大学院に行きたいと思っているので、そのうち頑張ろうと思っています。

――将来はどんな道に進もうとしているんですか?

鈴木 企業法務の弁護士になりたいと思っています。なので、今は司法試験の勉強に一番力を入れていて、予備校のビデオ授業を毎日3時間見たりしてます。

――そうなると、いずれは司法試験に専念しなければならないでしょうし、クイズを引退する日もやってくるということですね。

鈴木 私にとって『東大王』は別の頭を使う息抜きみたいな感じがあって、それで現場に行くのが楽しいんです。あの番組はビジュアルを見せて「これは何?」と問いかけるクイズも多いんですけど、その対策のために世界遺産とか世界地理とか絵画の本を読んだりするのは、リフレッシュの時間になってます。

――ご両親は、突如としてクイズ界のニュースターに躍り出た娘をどう見守ってらっしゃるんですか?

鈴木 番組をまめに録画してくれてます(笑)。TBSに収録に行く日は、家でメイクしていくんですけど、得意ではないので、母が手伝ってくれたり。父も母も応援してくれてますね。けっこう一緒に番組も見ています。でも、なんか微妙に恥ずかしくなってくるんですよね、誤答してるときを家族に見られると。そういうときは、そーっと、お風呂に行っちゃいます(笑)。

後編  http://bunshun.jp/articles/-/5627 に続く

写真=佐藤亘/文藝春秋

(「文春オンライン」編集部)

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