M-1神回の舞台裏 すゑひろがりずが目撃 「ミルクボーイは待ち時間もずっと練習してた」

M-1神回の舞台裏 すゑひろがりずが目撃 「ミルクボーイは待ち時間もずっと練習してた」

すゑひろがりずの南條庄助さん(左、ツッコミ&小鼓担当)と三島達矢さん(右、ボケ&扇子担当)

すゑひろがりずが振り返るM-1「かまいたちさん、和牛さんの後は僕らに行かせてと思えたワケ」 から続く

 史上最高と言われる2019年のM-1。なぜあれほどの“神回”になったのか。出場した漫才師の連続インタビューでその答えに迫っていく。

 能や狂言を取り入れた漫才で大きなインパクトを残した「すゑひろがりず」。彼らが目撃した神回の舞台裏とは?(全3回の2回目/ #1 、 #3 へ)

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■「ミルクボーイさんはずっとネタ合わせしてました」

――舞台裏の話もうかがいたいのですが、楽屋はみなさん一緒なのですか。

三島 一緒です。けっこう、和気あいあいとしてましたね。

南條 初出場組が7組いたので、その分、空気がやわらかかった。常連のかまいたちさんと、2度目の見取り図とかは、ちょっと違う空気を発していたと思いますけど。

――放送は6時34分からスタートでした。

南條 オープニングのところは、まだ楽屋でモニターを見てるんですよ。

三島 1組目のネタが始まるのが7時10分ぐらいなんですけど、その直前にスタジオに入るんです。そのあたりは、みんなさすがにピリついてましたね。ただ、1組目にニューヨークが呼ばれると、「がんばれよ!」という雰囲気があって。戻ってきても「よかったで」と。ほかのコンビのときも同じでした。全員がライバルであり、仲間でもあるという感じなんです。

――セットの裏側で順番を待っているときは、他のコンビともけっこう会話をしたりするもんなんですか。

南條 する人はしてますね。あとは、それぞれネタ合わせをしたり。ミルクボーイさんはずっとネタ合わせしていた印象がありますね。合間ができると、壁に向かって小声で合わせたり、裏の方に行って練習したり。

■「あれはM-1史に残る名言ですよ」

――1番手のニューヨークは、松本人志さんに「ツッコミが笑いながら楽しんでいる感じがあんまり好きじゃない」と言われ、まだ講評の途中であるにもかかわらず、屋敷裕政さんが「最悪や!」と噛みつきました。軽くキレたかのような返しだったので、会場が変な盛り上がりを見せました。

南條 あれは屋敷のファインプレーでしょうね。

三島 マジの気持ちもあるし、あのまま引き下がったら自分たちは何も残せないと思ったんでしょうね。魂のひと言ですよ。

南條 屋敷は、ああいうところで噛みつきそうなキャラでもあるんで、いいプレゼンにもなった。芸人の先輩方も、ニューヨークの平場(ひらば=普通の会話の部分)での絡みはすごく評価してましたね。大会全体の流れで言えば、あの一言がつかみになったと思う。

三島 M-1史に残る名言ですよ。

――すゑひろがりずは、5番手のからし蓮根と入れ替わる形で4位となり、上位3組が座れる暫定ボックスを追われました。控え室に戻った時は、そのニューヨークだけがいたわけですね。

■「ニューヨークは控え室でモニター見ずに、スマホいじってた(笑)」

南條 2人ともゼロの状態になって、スマホ見てました。「はいはい、終わり」みたいな感じで(笑)。

三島 モニターすらも見てない。モニターくらい見ろよと(笑)。

南條 でも、その気持ちはわからないこともない。僕も、楽屋に戻ってからはマジで何も考えられなかった。放心状態というか、あー、終わったーみたいな。LINEがむちゃくちゃ来てたんで、それをぼんやり眺めてましたね。

――三島さんも、そんな感じでしたか。

三島 僕は喫煙所でタバコを吸ってました。他のコンビのネタは、以前に、割と見てましたし。ウケてる声が聞こえてきたら、あー、まだやってんのや……みたいな感覚で。

■ミルクボーイは「笑いの神様が降りてきたウケ方」

南條 ただ、(7番手の)ミルクボーイさんのときは、さすがに携帯を操作する手が止まりました。受け方が尋常じゃなかったんで。1つボケてツッコむごとに拍手笑い(拍手しながら笑うこと)でしたもんね。

三島 あの時だけは全員がモニターを食い入るように見てて、こら優勝やろ、みたいな感じでした。笑いの神様が降りてきたウケ方です。

――1位かまいたち、2位和牛の順位は確かに盤石に思えましたが、まだミルクボーイが控えているからわからないなみたいな感覚はなかったんですか。

三島 僕は2人のネタを見たことがなかったんで。噂だけは聞いていましたけど。

南條 『GYAO!』の予選動画を見た人たちが、口々に「ミルクボーイは決勝に行くやろ」みたいな言い方をしてたんで、意識はしていましたけど、ここまでウケるとは正直、思っていませんでしたね。

――序盤、かまいたち、和牛であれだけ盛り上がって、中盤以降、それを超える盛り上がりが待っていた。演出ということで言えば、これ以上ない展開ですよね。

三島 笑御籤(えみくじ)、すごいなと。ほんまに神さまが宿ってるんだなって思いました。

南條 あの順番……。

――実際、どうでしたか、笑御籤という方式は。

■和牛さんは「戦い切った男の顔でした」

三島 やる前は、ほんとに嫌やなと思っていたんです。直前で決められるなんて。でも、やってみたら、「神の手」を感じましたね。

南條 人の意志が入ったら、あんな順番にしないですよ。しかも、ミルクボーイで今度こそ、ほんまに終わりやと思いましたからね。

――まだ、ありましたね。ラスト出番のぺこぱが、和牛を抜き3番手に上がるという、まさかの大逆転劇。

三島 ニューヨークからリレーしてきたバトンが最後のぺこぱまできちんと渡ってたんですね。

――和牛が4位に転落したことで、和牛さんも最終決戦を前に、楽屋に戻って来たわけですね。

三島 カッコよかったですよ。お疲れさまでした、と。堂々と戻ってきましたから。あの時の2人の表情はいまだに焼き付いてますね。

南條 悔しいみたいな感じじゃなかった。もちろん、内心は、めちゃめちゃ悔しいと思いますけどね。

三島 戦い切った男の顔でした。

南條 ほんま、悟ってるぐらいの。

( 【続き】 すゑひろがりずが語る原点「『29歳やし、もう解散や』からの狂言風漫才」 へ)

写真=山元茂樹/文藝春秋

すゑひろがりず/三島達也(ボケ・扇子担当)と南條庄助(ツッコミ・小鼓担当)のコンビ。三島は1982年10月2日大阪府出身。南條は1982年6月3日大阪府出身。大阪NSC28期の同期生。

別々のコンビを経て2011年に結成。14年、東京に活動拠点を移す。14、15年にキングオブコントで準決勝進出。コンビ名は当初「みなみのしま」だったが、芸風に合っていなかったため、16年に和風でめでたい意味を込めた「すゑひろがりず」に改名。16年、18年にM-1準々決勝進出。19年初のM-1決勝で8位に。

M-1でブレイク すゑひろがりずが語る原点「『29歳やし、もう解散や』からの狂言風漫才」 へ続く

(中村 計)

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