日本で一番熱い山男の「常識を超えた挑戦」――望月将悟×田中陽希 対談 #1

日本で一番熱い山男の「常識を超えた挑戦」――望月将悟×田中陽希 対談 #1

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 いま、日本の山を舞台に常人には計り知れない挑戦を続ける二人の山男がいる。望月将悟さん(39)と田中陽希さん(34)だ。

 望月さんは、日本海の富山湾をスタートし、北アルプス、中央アルプス、南アルプスを縦断、ゴールのある太平洋の駿河湾までの約415kmの距離を駆け抜ける、規格外の山岳レース「トランスジャパンアルプスレース(TJAR)」を4連覇中の消防士だ。本業は静岡市消防局の山岳救助隊員で、愛称は「静岡の熊」。

 田中さんはNHKBSプレミアム「グレートトラバース」でも放映された「日本百名山ひと筆書き」「日本二百名山ひと筆書き」を達成し、多くの山好きやハイカーに「ヨーキ」の愛称で親しまれるアスリートだ。2回の「ひと筆書き」では、北海道と屋久島をそれぞれスタートし、山に登り、山と山の間は歩き、海はシーカヤックで渡り、山々を歩きながら人力のみで日本を南北に縦断した。

 田中さんは2018年の元旦から新たなチャレンジ「日本三百名山全山ひと筆書き」に挑む。その出発直前、お互いに「リスペクトしている」という二人が初めて顔を合わせた。

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■一年半かかる「日本三百名山全山ひと筆書き」の旅へ

望月 はじめまして。いつも陽希君の姿から刺激をもらっていますよ。百名山、二百名山の挑戦はスケールが大きすぎて、その大変さは僕にも想像がつかない。ましてやこれから挑む三百名山は知らないマイナーな山も多く歩くことになりそうだから、いま一番日本の山に詳しい人になりそうだね。

田中 ありがとうございます。今までの百名山、二百名山では、それぞれ指定された100個の山に登ってきたのですが、今回の挑戦では、三百名山に登りつつ、百名山、二百名山にも登り直し、合計301の山頂に立つ予定です。

望月 30「1」? どういうことですか?

田中 やや複雑なんです(苦笑)。百名山は有名な深田久弥さんが1964年に出版した「日本百名山」で指定されました。そして深田さんが亡くなった後に、日本山岳会が「三百名山」としてまず300の山を指定、その後、深田クラブという登山愛好家グループが「二百名山」を指定しました。二百名山、三百名山ともに深田さんの百名山に追加をして制定されています。ただ、最後に制定された二百名山で追加した100の山のうち、99は三百名山と重複しているのですが、ひとつだけ重複していない山があるんです。新潟県にある荒沢岳。だから、百名山、二百名山、三百名山を完全制覇をしようとすると、301登らなければいけないんです。

望月 全然知らなかった。でも、一気に301の山かあ。シーカヤックで海峡を横断したり、徒歩で移動する距離も長いから体力的にもしんどいだろうけど、陽希君にとっては登ることはそれほど大変じゃないという気もするな(笑)。

田中 確かにそうかもしれません。大変なのは、ずっと一人で挑戦を続けることと、あとはチャレンジ期間が長いのでモチベーションを維持し続けることですね。百名山は209日間、二百名山が222日間で達成しましたが、今回は約1年半を予定しています。

望月 長い(苦笑)。そういえば陽希君は僕が出る前のTJAR(2008年)にも出場して、完走してるんだよね?

田中 はい、チームリーダーの田中正人さんに「とにかく出てみろ」と指示され、まだ南アルプスも走ったことがなかったんですけど走りました(苦笑)。その時は6日と23時間でゴールしましたが、望月さんが2016年に樹立した大会記録の4日23時間52分とは丸二日も違う。「望月さんが5日を切った」と最初に聞いたときは信じられなかったですよ。

望月 2008年当時に比べたらシェルター(簡易的なテント)やザックなどの装備も進化しているし、レースで走る山の情報もたくさん出てきているからね。でも僕も最初は北アルプスに行ったこともなくて、いきなりだったから不安もありました。

田中 それにしても考えられないスピードです。普通の人にはすごさが伝わりにくいと思いますが、日本海から太平洋ですよ。しかも、日本アルプスを超えて。この記録を超える人はそうそう出てこないはずです。望月さんが2012年にレースを終えた後に書かれたレポートを読んだんですけど、「次の挑戦で新記録が出そう」と書いてあったのが印象的でした。

望月 でも結局、「次」だった2014年のレースでは台風が来てしまい、記録を更新できなかったんだよね。それにその年から大会自体も大きく変化したんです。2012年にNHKスペシャルで大会が紹介されたことで、たくさんの人たちに注目されるようになり、参加者や取材をするメディアも増えてきた。

田中 大会前に実施される選手の選考会も、僕が出た時より厳しくなっていますよね。ちょうど山を走るトレイルランニングが世の中に広がってきて、自己の限界を追求するストイックな傾向が強まり始めた頃ですよね。トレイルランにはまった人がフランスのUTMBや日本のUTMFといった100マイル(160km)のレースを完走するようになり、その先にある世界としてTJARがひとつの目標になっていったんだと思います。ちなみに、TJARは2年に一度の開催で今年は8月にレースがあります。出場されるんですか?

望月 実は迷っていて。もう具体的な目標がないというか、、、。ただ、いま4連覇で、僕は「5」という数字が好きなんですよ。目標がないと言いつつも、何か刺激が欲しいのは間違いがないので、5という数字を求めて走っちゃうかも(笑)。刺激という意味では、想像できないことを体験したいので、陽希君の本職であるアドベンチャーレースにも憧れますね。

田中 そういえば望月さんはフルマラソンでとてつもないギネス記録を持ってますよね?

望月 うん。男性の「40ポンド(18.1kg)の荷物を背負って走った最速マラソンタイム」ね。3時間6分16秒です。2015年の東京マラソンで出したんだけど、この時に20ポンドの記録も更新したらしく、実は2つギネス記録をつくっちゃったんです。

田中 ありえませんね(笑)。

■追われる感覚だったTJAR。でもいまは違う

田中 僕は講演会やイベントで話をする機会も多いのですが、僕らの山の遊び方や楽しみ方の本質を伝えるのって難しくないですか?

望月 まず自分のやっていることを理解してもらうだけで大変。富山から静岡まで「4日と23時間で走りました」と説明しても、みんなポカンとしている(笑)。大人でもそうなんだから、まして子どもなんてまったく想像がつかないでしょ。まあ、自分がやりたいことをやってきただけだから……自己満足なんです。

田中 自分のやりたいことをやってるだけ、すごくわかります。

望月 当初はTJARでも「追われる」という感覚が強かったんですよ。一回目はレースという形式に追われる感覚、二回目は前回優勝者としてライバルたちに追われる感覚、それを乗り超えた2014年、2016年は新記録を出さなければいけないプレッシャーに追われていた。でもだんだんそういう気持ちも弱くなってきて、一緒に戦う人がいるから自分も頑張れるし、抜かれないように一歩一歩前に進むんだと思えるようになってきた。綺麗ごとに聞こえるかもしれないけど、ライバルがいなかったら前回の大会新記録は出なかったなと思っています。

 一人はまた別のつらさがあるでしょう? 僕も去年、南アルプスを含む静岡市の市境235kmを一人で踏破したけど、どこで挑戦を止めようが、何をしようが自由。自分の判断でやりたいことが出来るからこそ、苦しさがありました。陽希君はそれをどう乗り越えてるの?

田中 確かに相談をする相手がいないので、自由度は広がるけれど、決断をするのがすべて自分自身という辛さはあります。僕は普段は「イースト・ウインド」というアドベンチャーレースのチームに所属しているんですが、そこではレース中も仲間と話ができる。一人なら命がいくつあっても足りないような過酷な状況でも不安を分け合えるし、協力し合えるのに、ひと筆書きではそれができない。

 誰にも縛られないからこそ、このまま行けるのか行けないのか、進んでいいのかまずいのか、すべて自分の判断。そして無理をして怪我をしたり、状況が悪くなっても、すべて自分の責任です。

望月 逆にレースのようにライバルや大会スタッフが近くいると、あまり余分なことを考えないですむからね。選択肢が限られていて、極端に言えば、「進む」か「止める」かだけ。 

田中 でも一人だと、装備も、いろんな選択肢が目の前にあると何を使っていいか悩むじゃないですか。だから道具は常にシンプルを心がけています。アドベンチャーレースでは、大自然の中で一週間近くも不眠不休でレースを続けるんですが、海外のチームはすごくシンプルで、食べるものもひたすらオートミールだったりするんですよ。それしかないなら、それを食べればいいというスタンス。僕ら日本人はついいろいろ持っていってしまう。キャプテンの田中正人さんなんて、さきイカとか飴とかグミとか40種類くらい食べ物を持っていってますよ(笑)。いまはそれを反面教師にしています。

■「あの山をやっつけた」という言葉への疑問

田中 望月さんは現役の山岳救助隊ですが、遭難救助の頻度はどれくらいなのですか。

望月 僕たちが出動するのは年間30件くらいですね。あとはヘリの人が助けてくれるケースもあって、それも含めると50〜60件くらい発生かな。静岡県は富士山があるのでどうしても数が多くなってしまうんですよ。

田中 南アルプスではどこまでが望月さんの担当範囲なんですか?

望月 間ノ岳までです。東京からはアクセスもよくなく、以前は人が少なかった南アルプスも若い人を含めて登山者自体が増えてきました。分母が増えてきたことはいいことで、山小屋の人たちもとても喜んでいます。陽希君の姿を見て、自分も色々な山に行ってみようと思う人が増えたんじゃないかな。

田中 僕も二百名山を旅している時に、「百名山の番組を見て自分も一念発起して歩き始めました」という方に何人も会いました。もちろん僕をきっかけに山に足を運んでもらうのは嬉しいのですが、発信する側としては責任があるなと思っています。テレビを介しているので、自分の意図とは違う方向で発信されてしまうこともあるので。

望月 例えばどういうこと?

田中 よく言われるのは「あんな靴でもアルプスに登れるんだ」ということ。僕はトレイルラン用のローカットシューズを履いているのですが、それが説明のないままにテレビに映されると、経験も知識もないのにトレイルランシューズやランニングシューズで山に登ってしまう人もいるんです。もちろんそれは自己責任なんですが、僕は日本ではそもそも自己責任という言葉自体を使ってはダメだと思うんです。日本で経験不足な人が遭難したら、第三者の手を借りなければ救出できないわけですから。

望月 それを自己責任といえるのかどうかは難しいよね。

田中 挑戦をする中で色々な人と会話し、自己責任という言葉についてじっくり考えるようになりました。たとえば尾瀬に景鶴山という通年で特別保護地区に指定された三百名山の山がありますが、法的な罰則がないので「自己責任」を言い分に残雪期になると登ってしまう人が多くいます。

 また、あくまで僕の考え方ですが、登頂したことを「あの山をやっつけたよ」という方がいますが、僕はあまりいい印象を受けません。僕自身もかつてはとにかく山頂まで行くことがすべてだと思っていたんですけど、麓の町から山頂まで歩くと、自分が自然とどう関わり、そこからどんな恩恵を受けているかを意識するようになりました。

望月 同感ですね。トラブルがあった時に自分で切り抜けるのではなく、安易に人に頼ろうと考えて山に入る人が増えているんじゃないかと思います。装備は持っているけど、判断力や基本的な地図読みの技術が未熟なケースもあります。もちろん、どんなに下調べをして装備もちゃんとしていたとしても事故を起こしてしまう可能性はある。雷に打たれるかもしれないし、予測不可能な落石に当たってしまうかもしれない。それは僕らも同じです。だから自然の中にはワクワク感もあるけれど、たまに恐怖もあるというのを知っていてもらいたいなと思いますね。

田中 それが本当の意味での自己責任を持つことにつながりますよね。

望月 ちなみに僕が言葉で気になるのが「敗退してきた」。山に「敗退」なんてない。頂上まで登れなければ、戻ってきて、また挑戦すればいいと思うんですね。

■男性によるNHK 史上最多の入浴シーン!?

田中 望月さん、レース中にカメラに追われるのは気になりますか?

望月 カメラ、めちゃくちゃ嫌ですね(笑)。テレビはつらそうな場面を撮りたがるんですよ。当初、2012年にNHKの撮影隊が入ると聞いた時は嬉しいなって思っていたんです。撮影スタッフも「カメラが邪魔になったらいつでも言ってください。僕らどきますから」と言ってくれていたんですけど、5日目にゴール近くの南アルプスまで来たら、ヘトヘトになっているのにカメラがガンガン近づいてくるわけです。僕が疲労困憊で、意識が朦朧としている「絵」が欲しいんですよね。「なんだ、こういうことか!」とちょっと頭にきて(笑)。

田中 わかります(笑)。苦しんでる表情ほど「絵になる!」と考えますからね。

望月 だから上手いことカメラをかわそうと思って、取材班が寝ているところをそーっと静かに通り抜けたりしました。後で「望月、どこいったんだ!」「探せ」と騒ぎになったり(笑)。前回2016年のレースに撮影が入った時にはもう彼らの心情が分かっていたので、自分にプラスにしようと考えるようにしました。眠気が強くなってきたら撮影スタッフと話をしたりして、味方につけましたよ。

 メディアを通してTJARが知られるようになって、いいこともあるんです。一番はたくさんの人が応援してくれるようになったこと。山の稜線上にも「応援のために登ってきたよ」という人が増えたり、コース上にある山小屋の人もすごく応援してくれたりします。変わり者を応援をしようという楽しみもあるのかな(笑)。

田中 消防の同僚も背中を押してくれますか?

望月 ゴール手前で自分が勤務する消防署の前を通るんですが、仲間が整列して応援してくれるんです。それはとても嬉しいな。でも、2016年はTJARが終わって3日後くらいに「アルプスで遭難が入っているから行け」と言われて、ヘリで3000mの赤石岳に下ろされたこともありました。まだ体はヘトヘトですけど、もちろん断れない。そうしたら山小屋の人に「もう戻ってきたのか。今度は何をしに来たんだ?」とか言われて、「仕事です」と(笑)。

田中 僕の場合はNHKのカメラが密着しているんですが、圧倒的に期間が長いんですよ。最初の百名山挑戦の時は一ヶ月のうちに数日の撮影予定だったんです。マイナーな山はカメラを渡すから自分で撮ってきて、と。でも「ドキュメンタリーだから最初から最後まで追いましょう」と取材体制が変わりました。

望月 彼らとは話はするんでしょ?

田中 はい。でも、旅の間、誰とも話したくないときもありますし、そっとしておいてほしい時は「一人にさせてください」とはっきりいいます。それに出発前の取り決めで「一切のサポートはしません」と言われました。「取材班は荷物も預からないし、手も差し伸べない、アドバイスもしない。一緒にいるけれどいないものだと思ってください」と。カメラや彼らの存在は山にいる時にはあまり気にならないんですけれど、町に下りてくると気になる。ご飯を食べにお店に入って、美味しそうな料理が出てきても、「待って。撮るから」と毎回お預けされた犬のようです(笑)。

望月 町だと日常生活に密着されているようなものだからね。

田中 いちばん嫌なのは入浴シーンです。長い日数、山に入っていて久しぶりのお風呂だと撮りたいから、裸の僕の横に服を着たカメラマンがずっといるわけです。嫌ですよね?(笑)。各地の秘湯などで10回くらいは撮られましたよ。NHK BSの歴史上、こんなに男性の入浴シーンが登場する番組はないといわれています。

望月 陽希君の裸は画面を通してみても、いやらしさとか違和感がないんじゃない? それに取材陣も慣れてくるだろうし。

田中 それはあるかもしれません。カメラマンは4〜5人で交代するけど、1ヶ月以上一緒にいますし、ディレクターは全山一緒に登っていますから。以前はカメラを向けられると笑っていたんですけど、あるスチールカメラマンに女性アスリートは笑っていいけど、男性はダメといわれたことがあり、それから笑わないようにしています。男性の笑顔は「絵にならない」「必死さを撮りたい」と。

望月 僕も知り合いのカメラマンがいると意識しちゃいますね。TJARでもカッコよく撮って欲しいのに、ついピースとかしちゃうんです(笑)。山の中をずっと歩いてきて人に出会うと、嬉しくなっちゃうんだよね。

( #2 に続く)

望月将悟  Shogo Mochizuki

1977年、静岡県葵区井川生まれ。静岡市消防局に勤務し、山岳救助隊としても活動する。日本海側の富山県魚津市から日本アルプスを縦断して、太平洋側の静岡市までをテント泊で8日以内に走り抜けるレース「 トランスジャパンアルプスレース(TJAR) 」で4連覇。2016年は自ら自己ベストを上回り4日23時間52分でゴールした。2015年東京マラソンでは、40ポンド(18.1kg)の荷物を背負って、3時間06分16秒というギネス記録でフルマラソンをゴール。
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田中陽希  Yoki Tanaka

1983年埼玉県生まれ、北海道育ち。学生時代はクロスカントリースキー競技に取り組み、「全日本学生スキー選手権」などで入賞。2007年よりアドベンチャーレースチーム「イーストウインド」に所属し、世界のレースに参戦する。2014年、自ら企画した挑戦「日本百名山ひと筆書き」がNHK BSで放映され注目を集める。その後、「日本二百名山ひと筆書き」も達成。2018年は「日本三百名山全山ひと筆書き」に挑戦する。詳しくは「 グレートトラバース3 」のサイトで。

(千葉 弓子)

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