阪神大震災から23年 オリックスの「がんばろうKOBE」はいまだ風化していない

阪神大震災から23年 オリックスの「がんばろうKOBE」はいまだ風化していない

©文藝春秋

 23回目のあの日がやってくる。

 1995年1月17日、兵庫県が、大阪府が揺れた阪神・淡路大震災。当時小学校2年生だった私もその時の様子を克明に覚えている。

 明け方5時46分、軽く家が揺れたと思ったら次の瞬間、棚の上からいろんなものが降ってきた。個人的におそらく初めて体験した地震。私が住んでいた大阪府堺市は震度5ほどだったらしい。インフラは無事だったものの、地面が割れ、小学校はヒビが入り、昔ながらの木と土壁でできた家は壊れるほどまでではないが崩れたりしていた。なんとか開店したスーパーが、棚から倒れて割れたドレッシングの臭いで充満していたことを覚えている。

 そしてニュースで神戸市の大惨事を知る。ビルや高速道路が倒れ、至る所から火が上がっている。時間が経つにつれ死者の数が増えていった。その数日前に家族で神戸に出かけていたのだが、行ったことがあるところが大変なことになっている。大きめの余震が何度もやってくる。その度に不安になった。

■震災復興の象徴だったオリックス・ブルーウェーブ

 春になり、野球の季節になった。この年の主役は神戸に本拠を置いていたオリックス・ブルーウェーブだった。前年に彗星のように現れたイチローを中心にリーグ優勝を果たした。「がんばろうKOBE」のワッペンをつけた青いユニフォームはまだ野球のことを全然知らなかった私にも眩しかった。次の年にもオリックスはリーグ優勝し、そして巨人を破り日本一に輝く。彼らは「震災復興の象徴」と称えられた。

 それから23年。そのオリックスは大阪近鉄バファローズと合併し本拠地を大阪に移した。いつの間にか「がんばろうKOBE」も復刻ユニフォームでしか見られなくなった。2017年にはファームの本拠も寮も神戸から大阪の舞洲に移った。いろいろなことが23年間で変わっていった。

 23年経っても震災の記憶が風化することはない。おそらく17日の朝にはたくさんの人が神戸・東遊園地に集まり亡くなった方を弔うだろう。神戸育ちの妻は毎年追悼式の中継を見て涙する。「何年たっても忘れられないし辛い」と言う。あの時のオリックスは辛い思いを完全に消し去ったわけではない。それとは別に希望を生んだ。エネルギーを生み出した。

 その希望は神戸にまだたくさん残っている。そのうちの一つが私の息子がかかっている病院にあった。当時フィリーズに在籍していた田口壮のユニフォームとオリックスにいた辻俊哉のリストバンドと帽子が飾られていたのだ。

■神戸を背負って戦った選手達

 添えられた資料を見てみると、今から10年前に小児病棟で長期入院している子供達に田口と辻が会いに来たらしい。メジャーリーガーの登場に子供達はたいそう興奮したとのことだった。また出産を控えたプレママ達を色めき立たせたとか。そのユニフォームは現在一旦撤去されているが、立ち止まって見つめる人が多かった。

 息子の入院中、私が野球を好きだと聞いた病院の先生がまるで昨日のことのように田口と辻の話をしてくれた。その先生の目は診察中などとはうって変わって輝いていた。するとその場にいた、普段は野球の話をあまりしない義母も田口の話をし始めた。義母も同じく目が輝いていた。

 義母は震災の後、オリックスの試合を見に行くようになったらしい。子供がフェンスの隙間から差し出したお菓子を田口が食べていたのを見たらしい。その子供もきっと震災で大変な思いをした子供だっただろう。その子供の気持ちに応えた田口の姿を見てファンになったそうだ。「あの時はイチローも良かったけど田口がねぇ〜」と嬉々として話していた。私が立ち入れなかった野球の話がそこにあった。「がんばろうKOBE」の旗の下でがんばった人たちの会話だ。

 震災の記憶が風化しないのなら、希望も同じく風化しない。少しずつ世代を超えて人の心の活力になっている。それがまさに「野球の底力」ではないだろうか。

 私も神戸に3年ほど住んでいたが、震災について話を聞くことがあると、ほぼセットになって野球の話が出てくる。人によって出てくる選手の名前は違うが、神戸を背負って戦った選手達を皆はっきりと覚えていた。

 神戸で試合が行われるとなると、球場にたくさんの人が詰めかける。神戸の中心地、三宮から市営地下鉄山手線に乗っておよそ20分。電車の中にはオリックスの選手の写真が貼られている。総合運動公園駅に着くと「日本一美しい」と称された球場はすぐそこにある。交通の便はいいとは言えないが、この球場はそれを感じさせないエネルギーを感じる。「神戸の試合だから行かなきゃ」という他球団ファンも多いと思う。

 神戸で行われる試合は随分と減ってしまった。正直な話、どんなカードでもいいのでもっと試合をやってほしいと思っている。1軍の試合でも、ウエスタン・リーグの試合でも。神戸にはサッカーもラグビーもある。他にもいろんな娯楽はある。それでもやはりこの街には野球が必要だ。野球があればあの辛い震災の記憶も、その後に生まれた希望も語り継ぐことができる。

 1月17日は特別な日。あの日のことを思い出し、野球の力を感じる日だ。

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(SAZZY)

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