志村けん“最後のテレビ出演”で、なぜ元恋人に「今は幸せですか?」と聞いてみたかったのか

志村けん“最後のテレビ出演”で、なぜ元恋人に「今は幸せですか?」と聞いてみたかったのか

志村けんさん

 孫悟空といえば、『西遊記』『西遊記II』の堺正章でもなく、『ドラゴンボール』でもなく、『飛べ!孫悟空』の“そんごくう”だった。

 ジャンケンをする時は、必ず“最初はグー”と掛け声を掛け合った。

 カラスの鳴き声が聞こえれば、すかさず“♪カ〜ラス〜なぜ鳴くの〜カラスの勝手でしょ〜♪”と歌った。

 クラスのお楽しみ会では模造紙で作ったヒゲを鼻の下に貼り付けて“ヒゲダンス”を踊った。

 母親がスイカを切ってテーブルに並べれば、“早食い”にチャレンジした。

■息子の歯磨きで「もっと“アイーン”して」

『オレたちひょうきん族』や『夕やけニャンニャン』に傾いたこともあったが、どこかで『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』『志村けんのだいじょうぶだぁ』がしっくりくるなと思っていた。

 そして“変なおじさん”というアレなキャラクターをお茶の間のアイドルにしてしまったことに「やっぱ、志村ってスゲエな!」と感嘆すると共に、他の番組に浮気したり、一時とはいえ彼の存在を軽んじてしまったことを恥じた。

 2018年に息子が生まれてからは、“だっふんだぁ”に“だいじょうぶだぁ”と叫んで笑わせ、“♪ニンニキニキニキニシンが悟空♪”と『飛べ!孫悟空』の挿入歌「ゴーウェスト」を歌って聴かせてなだめ、歯磨きをする際は「もっと“アイーン”して」と磨きやすいように顎を突き出させている。そんな具合にいろいろと思い返し、考えてみると、昔も今もずっと“志村”がいる。

 テレビで彼を見ることがなくとも、志村はどこかに存在するのである。だからこそ、たまらなく悲しい。だからこそ、いつまでもジワ〜ッと涙が出てきて止まらない。あれから数日が経ったが、悲しみは増していく一方だ。俺と同じ40代後半ならば、誰もが志村という名の魂みたいなものを抱えているはず。体が引きちぎられたような、自分のどこかが死んでしまった感覚に陥るのも当然といえば当然なのだ。

■東村山在住者にとっての志村けん

 そんな“志村魂”の火が47歳になってもしぼむことがなかったのは、俺が東村山在住者であることも大きい。

 住んでいるのは「東村山音頭」の歌詞に出てくる東村山一丁目ではないし(東村山一丁目は実在しない)、“♪庭先ゃ多摩湖♪”といえるほどの場所でもないが、中野区から東村山市に移って今年で31年になる。両親から東村山に引っ越すからと告げられた時は、最果ての地への流刑を言い渡された気がした。

 中野といっても練馬寄りで畑ばかりの地だったが、それでも東村山のほうが田舎に思えたし、23区民だというわけのわからないプライドがあったし、すでに16歳だったとはいえ生まれ育った町を離れることに対する不安もあった。そんな想いを“だいじょうぶだぁ”と和らげてくれたのは、やはり志村だった。

 東村山への移住を告げられた日の夜、まだ16歳だというのになんだって中野区民から東村山市民にならなければいけないのかと涙で枕を濡らしていると「ハッ、待てよ。東村山って東村山音頭の東村山じゃねぇか!」と気付き、「なら、移ってもいいか」と思えるように。

 引っ越してから町を散策して志村の表札が掛かった家を見つけるたびに(東村山は志村姓が多い)、本当に志村が生まれた町なんだと軽い興奮を覚えた。それから、東村山駅東口のロータリーに植樹されたけやきの木「志村けんの木」があること、志村の兄貴が市役所に勤めていることを知って(当時)、さらに志村と俺の距離がグッと近づいた気がした。

■志村のおかげで「ハゲてもいいか」

 やがて勤めに出るようになり、家を出て一人暮らしも始めるようになると、さすがにゴールデンタイムの番組を見ることが出来なくなり、あれだけ夢中になっていた『志村けんのだいじょうぶだぁ』がいつのまにか終わっていたことを知った時は、大人になるとこんなふうにして志村と離れてしまうのか……と、しみじみ思ったもの。

 しかし、仕事で会った人と「どこに暮らしてんすか?」「東村山です」「あー、志村けん!」といった具合に志村で話が弾むことも少なくはなかったし、『Shimura-X』からスタートした深夜枠で再び彼に笑わせてもらうことになり、大人になっても志村から離れることはできないんだな……と感慨深かった。

 また、心だけでなく、別の面でも志村との固い絆が育まれた。ハゲてきたのだ。

 やっぱり最初は混乱に襲われ、理不尽な怒りにも駆られたが、「ハッ、待てよ。志村もハゲてるじゃねぇか!」と気付き、「なら、ハゲてもいいか」と思えるように。実際、志村はハゲを隠すのはコントでカツラを被ってなにかしらのキャラを演じる時だけ。自らハゲをネタにしていたし、“変なおじさん”に扮する際はハゲた頭にさらにトリッキーにハゲたカツラを被せていた。そんな志村に背中を押されて臆することなくハゲでいられたし、“変なおじさん”が最もフェイヴァリットなキャラクターとなった。

■なぜ臆面もなく“優しい志村”を出したのか

 そして、志村の新型コロナ陽性と入院が発表された3月25日。どうしても気になって『あいつ今何してる?』(テレビ朝日系)を見た。現在の動向が気になる人物として志村が挙げたのは、結婚まで考えていた元恋人。彼女を選んだ理由を「今は幸せですか?」と聞いてみたいからと語り、「結婚して上手くいってれば、それが一番良いかな」と続けた。

 かねてから良い人オーラを放ってはいたものの、ここまで臆面もなく“優しい志村”を出すのは少し意外な気がした。結局、番組を見て笑わされるのではなく、なんだか癒やされた。この番組が生前最後のテレビ出演になった。こうしてプライベートを語るだけでなく、朝ドラ『エール』の出演、山田洋次とタッグを組むも幻となってしまった『キネマの神様』の主演も含め、志村が新たなフェーズへと移行しているのをひしひしと感じた。そして、そんな志村も悪くないと受け止める俺もいた。だからこそ、今回のことが悲しくてたまらない。

 3月31日。どうしても家にじっとしていることができず、チャリンコを飛ばして東村山駅東口のロータリーに設置された献花台に向かった。俺みたいなオッサンもいれば、爺さん、婆さん、スーツ姿の人、親子連れ、若い子たち、まさに老若男女が手を合わせ、花を供え、酒を献じていた。それぞれにそれぞれの“志村”がいるのだろうと思いながら手を合わせていたら、ジワ〜ッと涙が出てきた。チャリンコを飛ばして家に帰り、2歳半になる息子の歯を磨こうとしたら「アイーン」と顎を突き出してきた。志村はいなくなったが、こうやって受け継がれていくのだと確信した。

(平田 裕介)

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