【追悼】元セクシー女優・麻美ゆまが告白する「志村けんが涙した日」初対面からプライベートまで

【追悼】元セクシー女優・麻美ゆまが告白する「志村けんが涙した日」初対面からプライベートまで

志村けん ©文藝春秋

「志村さんと一緒に仕事をする現場では、『志村さん、今日はあそこのアドリブ違ったね、あの場面の表情が違うね』と、共演者同士が盛り上がっていました。現場のみんなが、志村さんのファンになるんです。もちろん、私もそのひとりでした」

 新型コロナウイルスによる肺炎で逝去したコメディアン・志村けん(享年70)。4月1日には追悼番組「志村けんさん追悼特別番組 46年間笑いをありがとう」(フジテレビ系)が放送され、ドリフターズのメンバーや研ナオコといった縁のある共演者らが彼を偲んだ。

 コントに舞台にと、共演者と笑いを作り込んだ志村。元セクシー女優でタレントとしても活躍する麻美ゆま(33)も、舞台「志村魂」や「志村けんのバカ殿様」(フジテレビ系)で共演したメンバーのひとりだ。麻美は、最初に志村と会ったときにかけられた質問が印象に残っているという。

初対面で「ゆまさんは、お酒の方はどうですか?」

「最初にお会いしたのは、もう6年ほど前になるでしょうか。舞台『志村魂』から、出演のお話が来たんです。先輩のみひろちゃんが出ていた頃から個人的にも足を運んでいた舞台でしたから、期待と不安を胸に緊張しながらも楽しみに志村さんの居られるオーディションの場に向かいました。そこでの、志村さんのオーラに圧倒されたことを覚えてます。

 緊張して聞かれたことに対して必要最低限の受け答えしか出来ませんでした。でも、そのまま帰ろうとしていた私に、『すみません、最後に。ゆまさんは、お酒の方はどうですか?』と、志村さんが遠慮がちにおっしゃったんです。当時あまりお酒が飲めなかったので、とっさのことに焦ってちゃんと受け答え出来ませんでした(笑)」

 酒豪のイメージが強い志村。麻美は「志村魂」出演後、志村とプライベートでも親交を深め、酒席をともにすることもあったという。志村といえば、「バカ殿様」や「変なおじさん」などのキャラクターのイメージも強いが、プライベートではどんな顔を見せていたのだろうか。

■「志村さんは私にも敬語なんです」

「お仕事をご一緒するようになって、仲良くもしていただきましたが、キャラクターのイメージとは真逆の方でした。志村さんって飲まないときにいたっては、『ゆまさん、これはどうですか』『お食事は何にされますか』って、ずっと年齢もキャリアも下の私に対しても敬語でお話しになるんです。本当に温厚な、どちらかというと物静かでシャイな紳士でした。

 それだけに、お酒の力で緊張をほぐして、相手がどんな人なのか知ろうとされていたのかもしれません。といっても、本当に常にお仕事のことを考えていらっしゃったので、お酒を飲んで饒舌になっても、話すことは仕事のこと。『あの場面はもっとこっちに視線を向けた方がいい、こういう間の取り方をした方がいい』と、稽古場では言われなかった細かなところまでアドバイスをしてくださいました」

 志村と出会って「本物のエンターテイナーってこういう方の事を言うんだなと思った」と語る麻美。笑いへの妥協のない姿勢に驚いたという。

■卵巣・子宮を全摘出した麻美に志村は……

「志村さんは、技術さんとも入念な打ち合わせを重ねられ、おならの効果音やタイミングひとつにもこだわって突き詰めていく。『バカ殿様』の収録も細部まで作り込まれていて、職人のような人でした。『全員集合』のときからずっと“生の笑い”を追い求めてこられた方なので、舞台に対する思いにもとても熱いものがありました。

 それに、あれだけ大御所になられても、常に新しいコンテンツや話題にも目を向けられてました。去年の舞台のときにもTikTokなども「最近コレおもしろいんだよね〜」と言われてました。笑いは常にツボが変わっていくと思っていらっしゃったようです。 Apple Watchで睡眠時間を管理されていたりと、年齢を重ねても感性がみずみずしい方でした」

 麻美自身、2013年に「境界悪性卵巣腫瘍」が発覚。卵巣がんの疑いがあり、両卵巣・子宮を全摘出するなど、体調に不安を抱えた時期がある。それを知った志村は優しかった。

「病気が発覚したあと、志村さんが『身体が資本だから、体力をつけた方がいいよ、みんなでおいしいウナギを食べに行こう』と連れて行ってくださったんです。その後も、北海道に行けば『生ジンギスカンがおいしくて身体にいいから食べに行こう』と誘ってくださった。実は私はウナギが食べられなかったのですが、そうやってみんなでご飯を食べているうちに、苦手だったものも食べられるようになりました。お酒の種類や飲み方も教えてもらいました」

■麻美ゆまが見た志村の流した涙

 毎年行われる「志村魂」の舞台を重ねるごとに、親交が深まっていったという麻美と志村。麻美には、目に焼き付いて忘れられない志村の姿があるという。

「2016年に志村さんが肺炎を患ったとき、『志村魂』は初めての大阪公演中でした。みんな例年以上に気合いが入っていて、志村さんもとても楽しみにされていました。私たちは後から知ったのですが、志村さんは入院直前の最後の最後まで、舞台に立とうとされていました。でもドクターストップがかかってしまって……。

 中止にあたって、志村さんがご事情を話してくださったのですが、振り絞るように『本当に申し訳ない』と涙を流していらっしゃったんです。あの悔しそうなお姿が、いまでも忘れられません」

■志村コントの根幹にあるもの

 志村は常々「舞台はひとりじゃ作れない、チームワークで作るものなんだ」と熱く語っていたという。その仕事への姿勢からは人間に対する深い愛情が垣間見える。

「志村さんから一度、『コントであれ、舞台であれ、自分の作る作品のなかでは家族愛を大切にしているんだ』とお聞きしたことがありました。人と人の間にある哀愁や、家族への愛情をセリフや物語に込めていると。思い返してみれば、志村さんの作るお芝居の内容もそうですし、志村さんご自身が稽古場で見せる姿も、愛情に溢れているんですよ。

 例えば、志村さんが台本に無いことをやられてみたり、スタッフさんや共演者さんを楽しませくれるとても贅沢な日々でした。

 あんなに凄い人なのに、わざとすごーく静かにみんながいる楽屋に入ってこられて、後から気づいたみんながびっくりなんてこともありましたし(笑)。本番中でも、志村さんが共演者にしかわからないいたずらやアドリブを仕掛けてくる。志村さんの現場はいつも新鮮で楽しかった」

■志村に「凄いことになってるんだもん!」

 最初は声に悲しみを滲ませていた麻美だが、志村に思いを馳せるうちに声が弾み、思い出し笑いも混じるようになっていった。

「舞台では『はや替え』といって、コントとコントの間で志村さんが舞台裏で素早くメイクをして、また出てくるという演出がありました。そこで突然、わざとちょこっと鼻毛を描いたりするんです。舞台上でのちょっとしたメイク、それも鼻毛ですから、最前列に座っていたとしてもお客さんは気づきません。だから明らかに、共演者を笑わせようと『かましに』きている(笑)。

 私との絡みの時にも、志村さんは本番中に突然鼻毛を2本描いてきたことがあって。その顔を見た私は、思わず笑いがこらえられなくなってしまい、つい顔に出てしまったんです。そのとき、『お前、何笑ってるんだよ!』って志村さんにツッコまれて。本番中にアドリブでツッコまれるのは初めてでしたが、咄嗟に『だって、鼻毛が凄いことになってるんだもん!』って返せたんです。

 出会って1年が経つか、経たないかくらいの頃でしょうか。あの頃は食事会や打ち上げで私を笑わせようとボケてくださった志村さんに、緊張して何もツッコめなかったんです。でも志村さんは優しく、『ゆまちゃんは僕にもツッコミが出来るようになるといいね』なんて笑っていました。それから5年が経ってやっとツッコミができた。『あ、私もやっと、ちゃんとツッコんで、ツッコまれるような距離になれたんだな』と嬉しくなった瞬間でした」

 志村からの言葉ひとつひとつが、今の麻美を支えている。

「私は仕事で人前に出るとき、常に緊張するんです。初めての舞台のときも本番前からずっとあがっちゃって……。でもそんな時、志村さんが『人様に自分の芸を見せるときには緊張して当たり前なんだよ、だからそれでいいんだよ』と声をかけてくださったんです。あの一言で、そのあともどれだけ救われたかわかりません」

 客だけでなく、共演者までを楽しませていた志村。麻美は「志村さんの顔をいま思い浮かべても、いつもコロコロ表情を変えてみんなを笑わせていたから、同じ顔が浮かばない」と語る。そんな志村と最後に会ったのは、2月の古希の誕生会のときだという。

「2月にお会いしたときは、『最近、ジョギングやウォーキングをしてるんだ』と、日焼け気味のいい顔色でおっしゃっていました。むしろ身体の調子は良さそうで、周りの方々とも、いつものようにお話しされていたのを覚えています」

■いま、志村に伝えたい言葉

 それだけに、志村の訃報は衝撃的だったのだろう。志村の逝去を知ったあとは頭が真っ白になり、いまだに現実感がないという。

「時間が経つにつれて、少しずつ喪失感や悲しみがあふれてきます。でも、テレビの追悼番組をみてもどこか不思議な感じ。もう会えないというさみしさや、胸にぽっかり穴が開いたような感じもあって、受け入れるにも気持ちが追いついていないというのが、正直なところです」

 麻美は声を震わせながらも、しっかりとした口調で締め括った。

「志村さんと共演した舞台は、子供からお年寄り、すべての方を笑いと感動に包んだ瞬間の連続でした。そんな瞬間に立ち会えたこと、志村さんと一緒の舞台に立てたことは、人生の誇りです。感謝してもしきれません。

 時間はかかるかも知れませんが、私も少しでも人を笑顔に出来るように頑張りたい。どうか、安らかに……。心からご冥福をお祈りしています」

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

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