オカンといっしょ #18 Dark Blue(前篇)「お笑い以外、何もでけへんくせに」

オカンといっしょ #18 Dark Blue(前篇)「お笑い以外、何もでけへんくせに」

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「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。

◆ ◆ ◆

「今日、生理やから、中に出してええよ」

 彼女に付属品みたいにくっ付いて、漂白剤が、赤色の海の中に放たれる。卵管にぶつかる事なく、白色が玲奈の中を漂流している。彼女の中から抜いた、性器に付着した赤色。日の丸の国旗の、真ん中の赤。

 ある日、彼女の部屋のフローリングの床に、飛び散った赤色。

 あれは全部、天井からの雨漏り。今日の雨は赤色をしている。現実逃避でそう思い込もうとした。でも、何があったかは察しがついた。ベランダのガラスがひび割れていて、血痕が付着している。

「昔から、酔ったら、めちゃくちゃしちゃうねん」

 その言葉の通り、彼女が酔ってガラスに頭突きしているのを、僕は何度も見た事がある。

 昔、真っ直ぐに飛べない鳥が、ビルとかにガンガンぶつかりながら飛んでいるのを見た事がある。その光景を思い出した。酒で出てくる人格が、その人の本当の人格なんかな?

 ベッドの上に横たわる玲奈の額の上で血が固まって、それが巨大なカサブタとなって、顔面の上にへばり付いていた。

 どこに行ったんやろ? 玲奈の中身は? 空っぽの抜け殻みたいに、ここには玲奈の肉体だけがあって、その肉体はただ一点を見つめて、全く動かない。

 ずっとこのままなんやろか?

「ご飯は食べたん?」と玲奈に問いかけてみるが、返答は無い。「なあ、ご飯、最後に食べたん、いつ?」

 こんな感じで、しつこく何度も詰め寄ると、ようやく「うるさい」という答えが返ってきた。

 玲奈はずっとここで、魂の抜け殻みたいに倒れていたんやろか? もうずっと何も食ってへんのかな? 人間って何も食わずに生きられるのは何日くらいやろう?

 僕はすぐにインスタントラーメンを作って、「ここに置いとくから、食いや」と玲奈が寝ているベッドの前のテーブルに置いた。それなのに玲奈は、目もくれようとしない。

 そのまま時だけが過ぎて、「なあ、もう3分経ったから、食べな伸びるで?」と無理矢理、玲奈を座らせ、インスタントラーメンの麺を口の中に、強引に押し込んだ。

「今日は確か、仕事やろ?」

 そう言いながら、箸でつまんだ麺を玲奈の口の中に押し込んだら、「どうでもいい」と答えた玲奈の口から麺の欠片が飛んだ。

 少し目を離すと、玲奈はまたベッドの上に倒れ込んでいる。麺を数本しか食わせられなかったし、もうこれ本当に死ぬんじゃないか? と思った。

「頭ケガしてるから、病院行こや」

 まるで僕が何も言わなかったみたいに、沈黙が流れた。ずっと放置されていたから、汁を吸って伸びまくったラーメン。

「なあ、病院行った後にゆっくり休んだらええやん?」

 ここでようやく玲奈から「行かない」という返答が来た。

「行かなヤバいで」

 こっちに向けられた玲奈の背中は、『さっさと死にたい』と主張しているように見えた。

「早くその血の付いた服を着替えよ。その格好で行ったら町中の人に見られるで」

 いつまで経っても着替えようとしない。脱がして着替えさせるのには流石に抵抗があったから、強引に起こして、上からコートを着せる事にした。

「行こう」

 全く動こうとしない玲奈を、二人三脚をしているみたいに抱えて、玄関まで引きずるように連れて行った。靴を履いて玲奈を見たら、玄関の壁にもたれかかって、床を見つめている。

「靴、履いて」

 どうせ履かないだろうと思っていたら、やっぱり履こうとはしない。靴まで履けなくなったのかと呆れながらも、履かせてやるしかなかった。

「さっきから、何やねん」

 口を開いた玲奈は、こう続けた。

「お笑い以外、何もでけへんくせに」

 その一言で、鼓膜が破れたみたいに、何も聞こえなくなった。トンネルの中で、突然、通信が途絶えたケータイと同じ。僕は世界から遮断される。真っ暗になる。

◆ ◆ ◆

つづく(※小説「オカンといっしょ」は毎週金曜17:00に公開します)

(ツチヤ タカユキ)

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