オカンといっしょ #18 Dark Blue(後篇)「彼女がオレを好きでいるうちに」

オカンといっしょ #18 Dark Blue(後篇)「彼女がオレを好きでいるうちに」

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「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。

◆ ◆ ◆

 病院から退院した彼女の額にはガーゼが貼られている。傷口に応急処置で貼られているそれは、空を見上げると、青空にも大量に貼られていた。

 雲は、空の傷口に貼られているガーゼ。青空は今日もたくさんケガをしている。僕らはいつも、傷だらけの青空の下にいる。

 2人で久しぶりに外を歩く。病院の前に、ビー玉が落ちているのかと思ったら、義眼が落ちていた。

 もしかしたら、地球も誰かの、巨大な義眼なのかも知れない。

 青色の海は、そこに付着した涙。そういえば、玲奈が泣いてるとこ、一回も見た事ない。

?

 ケンタッキーの前には、今日も、カーネル・サンダースの人形が立っている。それが今日は何だか、待ち合わせ場所で、ずっと人を待っているように見えた。

 もう会えなくなった恋人を、ずっとここで、待ってるんかな?

 夜は、人間の体から伸びた影が空にまで広がって、やってくる。宇宙空間が真っ暗なのは、電気代の節約なのかも知れない。

「あの日の事、覚えてへんねん」

 2人の体を支えるベッドのスプリング。手をついたベッドが、今日だけはアスファルトのような固さに感じた。

「何か酷い事、言った?」

「大丈夫。言うてへんかったよ」

 ピノキオなら鼻が伸びるような、下手な嘘をついた。あの時のあの言葉は、本音やったんやろか? オレの事、もう好きじゃないんかな?

「私、酔ったら、いつも酷い事言うてしまうねん。ホンマに言うてへんかった?」

「うん。なんで?」

「めっちゃ悲しそうな顔したから」

 こんな風に、いつも見透かされる。思い出すと、酸素が薄い標高の高い山で高山病にかかったみたいに、息が出来ない。

「睡眠薬ある?」

「寝たいの?」

「うん」

 いつからか、睡眠薬に頼らないと眠れなくなった。あの錠剤、どれだけ一気に飲んだら、死ねるやろ? こんな人間を好きになるの、世界に1人しかおらんと思う。だから、彼女がまだオレを好きでいるうちに、死んでしまいたかった。

 目を閉じると、彼女の事ばかり頭に浮かぶ。

 金が無いから、どこにも行けない。でも、夢の中でなら、どこにでも行ける。別の惑星にある、とてもきれいな湖で、2人とも素っ裸になって泳ぐんだ。

 玲奈は子どもの頃親に捨てられて、施設で育った。その頃から、手放せない犬のぬいぐるみは、その黒いビーズの目ん玉で、彼女の成長をずっと見て来た。

 彼女は子どもの頃、どんな子どもやったんかな? 奈良の大仏を初めて見た時、どんな顔をしたんやろ?

 睡眠薬を持って来た彼女。これを飲んだら、日付変更線を一瞬で突っ切る事が出来る。

「口移しで飲まして」

 僕がそう言うと、玲奈の顔が近づいてくる。そこに映るのが恥ずかしいくらい、キレイな目をしている。世界が輝いているんじゃなくて、世界を見る目が輝いている。

 錠剤を乗せた舌が、口の中に入って来る。

 ガキの頃、通っていた学童。高学年になると、もう1人で留守番が出来るようになるから、誰も学童には行かなくなって、皆とは会わなくなった。

 だから、皆、僕の頭の中では、あの頃の年齢のままで止まっている。

 バス停を丸飲みして、胃袋の真ん中に突き立てると、バスが体内に停車するようになる。

 そのバスは、公園の横に捨てられていたあの廃車をバスに改造したもので、頭の中にいる皆と、8歳に戻った僕は、そのバスに乗り込む。

 玲奈の舌の上に乗った睡眠薬が、皆が乗ったバスに変わり、僕の舌の上を走って、体内にあるバス停に向かっていく。

 そのバスの中には、子どもの頃の玲奈も乗っている。

◆ ◆ ◆

つづく(※小説「オカンといっしょ」は毎週金曜17:00に公開します)

(ツチヤ タカユキ)

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