日本ハム・清宮幸太郎を成長させる「マック・マンツーマン」指導

日本ハム・清宮幸太郎を成長させる「マック・マンツーマン」指導

アリゾナでは室内のゲージで少し打っただけだった清宮幸太郎 ©斉藤こずゑ

 読者の皆さま、初めまして。北海道・HBCラジオ・ファイターズの熱烈応援番組「ファイターズDEナイト!」パーソナリティーの斉藤こずゑです。今季からお仲間に入れていただきました。マイクとキーボードの二刀流を目指します。どうぞ宜しくお願い致します。

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 さて、今年も番組ツアーを組んでいただき、リスナーさんと3回目のアリゾナに行ってきました。今年の注目は何といっても清宮幸太郎選手。7球団競合の末、ファイターズが引き当てたゴールデンルーキー。ドラフトを見守るイベントの司会をしていた私は木田GM補佐が引き当てた瞬間、「うそでしょーーーーー」と絶叫。左手最高。

 さてそのゴールデンルーキー。何と1月の鎌ヶ谷の新人合同自主トレで右親指を痛めてしまい、高校通算111本・一番の売りのバッティング練習を禁止されてしまうのであります。そしてその状態のまま、アリゾナの1軍キャンプに参加。

 怪我をしたのが1月18日、軽症とも伝えられていたので、そうかそうか、これはアリゾナの地で打撃を再開させて、抜けるような青空の下、どこまで飛ばすんだーーーーーいという姿を見せてくれるのか、そうかそうか、と思っていました。

 ……が、そこでもバッティングは禁止。結果から言えば、アリゾナキャンプを打ち上げる何日か前から室内のゲージに入ってちょこちょこっと打っただけでした。日の射さない暗めのところで。

■「マック・マンツーマン」への驚き

 というわけで、青い空・どこまで飛ばすんかーいの巻はお預けとなったのです。とても残念ではありましたが、でも、そのおかげで私たちはそれ以上のお宝を見ることが出来たのです。それこそが、「マック・マンツーマン」。

 バッティング練習が出来ない清宮選手は、走り方の修正と守備練習に時間を費やしました。少しがに股気味の走り方を徹底的に直します。高校までの癖がついていると言っても、そこは能力の高さと18歳という年齢。いくらでも変われるのです。若さ最高。

 そして守備、ここでマックコーチ登場。2014年限りで21年の選手生活にピリオドを打った金子誠選手。ファイターズが北海道に本拠地を移転したのは2004年なので、北海道からのファンは金子誠選手の現役時代の半分を知らないことになります。

 背番号30の頃、新人王、セカンドでのゴールデングラブ賞……それを経て私たちの前に現れた金子誠選手は20代とは思えないそりゃあもう貫禄たっぷりの選手でした。到底、ファンには近寄りがたい存在でしたし、金子誠選手も自らを「あまのじゃく」と表現してファンとは距離を置いてるように思いました。

 それでも早急にファンに受け入れられたのは、野球への取り組み方が一流だというのがすぐにわかったからです。特に守備のクオリティの高さは見たことのないレベルでした。握手するよりもサインするよりも笑顔を見せるよりも、まずは最高のプレーを見せる事、それが一番のファンサービスです。その最たる存在が「マック選手」でした。

 引退後のマックさんはファイターズで指導者となり、4年目の今年はいよいよ内野守備コーチに初めて就任しました。内野手のゴールデンルーキーの育て方については様々なプランが話し合われたと思います。大谷選手の時もそうでしたが、言わば球界の宝を預かるわけなので、それはそれはデリケートな仕事がファイターズに任されたことになります。

■まるで「父親」のようだった金子コーチの指導

 今回はバッティングが出来ない清宮選手、金子コーチといる時間がより多くなりました。他の選手がバットを握る時間は「マック・マンツーマン」です。私は現役時代のストイックな印象から金子コーチの指導はもっと厳しいものを想像していました。いわゆる「鬼」っていうやつを。でも今回の姿は鬼とは程遠く、例えるなら「父親」に近かったかもしれない。

 時折、名前を呼びかけながら話すコーチ。こうたろう、今やっている練習はどんなことで、どんな意味があるのか、わかるか? こうたろう。あのな、こうたろう。ここに球が来たらどう動くのがベストだ? なぁ、こうたろう?

 ……はい、明らかに盛ってるんですけど、マックさんはこんなにこうたろうこうたろう言わないんですけど、でもこのくらいのイメージなんですよ、会話の時の金子コーチが。本当にびっくりしました。こんなに優しく丁寧に話す金子コーチに、金子コーチをそうさせる清宮選手に。

 そして1対1でも名前を呼ぶって大切だなと思ったんです、とても。何故なら名前を呼ばれる度にマックさんの方に向き直る清宮選手がいたから。自分を思って言われてることなんだって、ひとつも聞き漏らしてなるものかっていう表情をしていたから。動くよりも会話の方が多く感じるくらいの「マック・マンツーマン」は特別扱いであるのは確かですが、絶対に甘やかしではない、それは二人の向き合う姿から感じました。

 この光景は、清宮選手がルーキーで、しかもバッティングが出来ない状態で、そして、金子コーチが昨年までの打撃コーチではなく内野守備コーチだったからこその産物でした。

 清宮選手にとっても宝物になったと想像します。近い将来に海を渡るであろう彼が、そのバッティング能力はもちろん守備でも認められての挑戦となったとしたら、その礎は「マック・マンツーマン」で間違いないのです。私たちの記憶にもしっかり留めておきましょう。そして何年か後に会見をする彼の姿を見て、思い出しながらにやにやしましょう。ちょっと自慢気に人に話したりもしましょう。その時を想像したら、何だかもう既ににやにやしてしまう(笑)。

 日本に戻ってきてからファイターズは沖縄県内の他球団のキャンプ地を転々とし、練習試合を重ねて今年のキャンプを終えました。長年使用していた名護市営球場が老朽化による工事中のためです。順調に回復した清宮選手は帰国してからは試合で打席にも入ってファンを沸かせています。

 あ、金子コーチ。こんな場面もありましたよ。

 複数での守備練習でノックを打っていて、順番を待つ清宮選手がちょっとサングラスを外して汗をぬぐったら、「おい! 休むな! こうたろう!!!」と大声で激を飛ばしてました。こっちの姿の方が何だかほっとする、のがファイターズファンかも。

(斉藤 こずゑ)

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