岡村隆史さん“風俗発言炎上”で大バトル 擁護派、批判派、どっちも賛同できません!

「岡村隆史降板を求める署名運動」NHK「チコちゃん」降板と当番組での謝罪を求める声

記事まとめ

  • 岡村隆史がANNでの「風俗発言」で炎上し、「岡村隆史降板を求める署名運動」に発展
  • 発言とは無関係のNHK『チコちゃんに叱られる』の降板と当番組での謝罪を求めている
  • これには批判派からも「やりすぎ」との声、降板運動は「岡村教育」へ進化しているそう

岡村隆史さん“風俗発言炎上”で大バトル 擁護派、批判派、どっちも賛同できません!

岡村隆史さん“風俗発言炎上”で大バトル 擁護派、批判派、どっちも賛同できません!

『岡村隆史のオールナイトニッポン』(ニッポン放送 公式サイトより)

 コロナ前に収録したと思われるテレビ番組を観ていると、心が勝手に「うわぁそこ近づきすぎ〜」「散らばって!」とざわざわしてしまう。コロナウィルスが無事収束したとしても、この感覚だけはずっと残ってしまうのではないかとふと不安になります。

 以前は何も感じなかったことが、今はとても気になってしまう。昔は何も考えずに楽しく観ていたバラエティ番組をあらためて観てみると「これはない」とドン引きしてしまったり。それは自分自身の変化なのか、社会の変化なのか。「昔のテレビは自由で良かった」という方もいますが、その「自由」というのは割と多くの人の「不自由」によって支えられていたんじゃないかなと思うとすごく怖い。ノスタルジーに酔いながら都合よく記憶の改ざんしていた方が、そりゃ楽だよなと思います。

■ものすごい批判を浴びた岡村隆史さんの「回答」

『岡村隆史のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)4月23日の放送で、リスナーからの「コロナの影響で風俗に行けない」というお悩みに答える形でパーソナリティの岡村さんが出した「回答」がものすごい批判を浴びました。

「コロナが収束したら絶対面白いことあるんですよ。なかなか苦しい状態がずっと続きますから、コロナ明けなかなかの可愛い人が、短期間ですけれども、美人さんがお嬢やります。短時間でお金を稼がないと苦しいですから」

「コロナ明けてからの3ヶ月は『え? こんな子入ってた?』っていうような人たちが絶対はいってきますから」

「3ヶ月の間、集中的に可愛い子がそういうところでパッと働きます。それでパッと辞めます」

「そのために、仕事ない人もあれですけど、切り詰めて切り詰めて、その3ヶ月のために歯を食いしばって踏ん張りましょう」

 深夜ラジオもアプリでいつでも聴けてしまう時代。そうでなくても炎上傾向の高いオールナイトニッポン岡村発言はネットニュースに取り上げられることも多く。しかし今回は今までのボヤを遥かに凌ぐ大炎上となり、ニッポン放送が番組公式サイトで謝罪、岡村さんの所属事務所である吉本興業が自社公式サイトで「30日深夜の同番組であらためて謝罪する」と発表。30日の放送では2時間丸々を謝罪にあて、また番組途中からは矢部浩之さんが登場し、相方としての苦しい胸の内を語りました。

■「擁護派」と「批判派」それぞれの主張

 岡村発言はツイッターでも様々な意見とともに拡散されています。そして岡村発言批判から、だんだんと岡村発言批判する人を批判する人、批判する人を批判する人を批判する人などなかなかに複雑な様相を呈してきました。なぜこの発言がここまで大きく人の心をざわつかせ、様々な反応を生むのか。ツイッターに散見される擁護派と批判派の言い分を紐解きつつ考えてまいりましょう。

★岡村擁護派の主張(1)「岡村発言批判は風俗で働く女性を差別している」

 こちら「実際岡村さんは風俗産業に多大な貢献」をしており「風俗嬢にとっては太い客」であり岡村発言批判はそこで働く女性たちを否定したものではないか、という言い分。

 これに対して批判側の反論として多かったのが、先日の蓮舫議員による「高卒」発言批判に重ね合わせるもの。コロナの影響で大学生活を送ることが難しくなっている学生への支援を求める質疑の中で蓮舫議員が「学校を辞めたら高卒になる」と発言、これが「高卒差別だ!」と炎上。海の向こうのダルビッシュ投手まで参戦する事態に。どこも火の海。

 要するに「せっかく入学したのに大卒の資格を失いそうな現実」の指摘が「学歴差別」にすり替わっているのと同じように、元々風俗を志向してない女性が止むを得ず性風俗産業に入って来るのを望むような発言への批判が、いつの間にか「風俗(で働く女性)差別」にすり替わっていると。この論争、最終的には「どちらが風俗嬢をリスペクトしてるのか」という、出口の見えない迷宮へと消えていきました……。

 てか、そもそも岡村さんの「可愛い子は3ヶ月でパッと止める」発言には「元々(可愛い子は)風俗が居場所ではない」という意味が多分に含まれており、それを「岡村さんは風俗愛がある」とするのには少々無理があるようにも思えますが。

★岡村擁護派の主張(2)「岡村発言批判は深夜ラジオの文化をわかってない」

 岡村さんはラジオで度々自身の風俗通いをネタにしており、リスナーにとって岡村さんの風俗話は「お馴染みのやつきた」という感覚だったよう。リスナーでもないやつが文字起こしのネットニュースを「見て」無粋なことをしやがると。ここでいう「深夜ラジオの文化」というのは、どうやら下ネタやdisなど公の場では言いづらいことを言える土壌、空気みたいなものを表しているようです。

 私もネットニュースで知った口なのでそれに関しては「なんも言えねえ」ですが、この主張に対する批判派の言い分は「今回の岡村発言は単なる下ネタではない(からここまで問題になった)」という点。「深夜ラジオだからといって人権蹂躙が許されるはずはない」というもの。そして「下ネタか、差別か」のこの論争もどこで道を踏み外したのか「岡村発言批判をする人は星野源や福山(雅治)の下ネタには怒らない!」と明後日の方向に。つまり「女性は誰が話したかによって怒りレベル変えてるだろ! それこそが差別!」というやつです。もはやdog eat dogならぬ差別eat差別……。

■批判派の主張も過激化して“謎展開”に……

★岡村批判派の主張(1)「岡村さんのためにフェミニズムや女性の貧困を学ぶ番組を作って彼および彼のファンを教育しよう」

 岡村批判がツイッターで熱を帯びるに従い、批判派の主張も徐々に過激に。一つはまず「岡村隆史降板を求める署名運動」。これがなぜか当のオールナイトニッポンではなく発言とは無関係のNHK『チコちゃんに叱られる』の降板と当番組での謝罪を求めるという謎展開。これには擁護派のみならず、批判派からも「やりすぎだ」の声が多く上がっていました。降板運動はやがて「岡村さんを起用して、フェミニズムを学べる番組を放送して」という「岡村教育」へと進化。「彼を見世物にするのは間違ってる」「自分たちの意見を押し付けたいだけ」とこちらも賛否両論を巻き起こしております。

「わからない人に教える」というのは一見とても正しく、建設的なことですが、こういうアクションがかえって「彼ら」と「女性」の溝を大きくしてしまう例をいくつも見てきただけに「なぜ常に女性側が歩み寄り、聞く耳を持たない人たちに一から説明して傷つかなければならないのか」というやるせなさと「教育する」という言葉の威圧感に、ちょっと怯んでしまうのも事実。なんていうかアレ思い出しますよね。『夫は犬だと思えばいい』という本が話題になった時、「犬じゃないよな、人間と結婚したよな」と覚えた絶望感にも近いのかもしれないです。

 岡村さんが何を思おうが、岡村さんが何を楽しみに待とうが、岡村さんが風俗へ行こうが行くまいが、それは誰にもおかされてはならない彼自身の「自由」であることをまずは明確にしないといけないと思います。ここに踏み込んで、彼自身の何かを「変えよう」「変えられる」とする自分の正義は一度疑わなければならないと思うのです。私は自信ないです。こんなこと書いてて何ですけど、自分が果たして正しいことを言えているのか、誰かを傷つけてはいないか、自信ありません。

■「フェミニズムの問題」と捉えると本質は見えづらい

 そしてこの岡村発言を「フェミニズムの問題」という枠に収めると、本質はだいぶ見えづらくなってしまうようにも思うのです。というのも、元々フェミニストといわゆる「オタク男性」の合口がものすごく悪いから。「岡村発言批判は風俗で働く女性を差別している」然り「岡村発言批判は深夜ラジオの文化をわかってない」然り「岡村発言批判は星野源や福山の下ネタには怒らない」然り。このような本質をズラした「批判の批判」が生まれる心理的な背景として、「女性差別」を訴える人々への、ほとんど脊髄反射ともいえる拒絶があるように見えます。

 また、これは穿った見方かもしれませんが「フェミニズムの問題」とされて一番ホッとするのはおそらく岡村さん自身ではないでしょうか。というのもこのような問題発言を起こしたのは自分の歪んだ女性観が原因、女性ときちんとコミュニケーションが取れないことが原因となると、その原因については誰もが同情の念を抱きやすいですもんね。

岡村発言の「一番の問題点」は何か?

 岡村発言の一番の問題点は「公共の電波に乗せてしまったこと」だと思います。経済的苦境に立たされ「性風俗産業につかざるを得なくなる女性が増える」ことが「楽しみ」だと「ラジオ」で発言してしまったこと。その中にはもちろん「女性蔑視」の一面もあります。しかしもっと大きくは「裕福な人気芸能人による、コロナ被害者へのヘイト」であり、そうなると「女性観が歪んだ“かわいそうな”中年男性」なんて枠では片付けられない。そこにいるのは「コロナによって落ちていく庶民をニヤニヤ笑いながら見ているお金持ちの49歳」なんです。

 芸能人というのは「感覚のアスリート」だなぁと常々思います。特に芸人さんはその側面が強い。今どこまでが笑えて、どこから笑えなくなるのか。容姿いじり、処女/童貞いじり、激しい毒舌などが徐々に「時代」じゃなくなる中で、そのラインを感覚で見極めた人が勝つ競技なんだと。感覚のアスリートがその感覚を失ったら、去るしかない。厳しい世界だとあらためて思います。

(西澤 千央)

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