秋元康62歳に 「なぜ若い女の子に共感される歌詞が書ける?」に本人が語った確信

秋元康62歳に 「なぜ若い女の子に共感される歌詞が書ける?」に本人が語った確信

5月2日に62歳の誕生日を迎えた秋元康。音楽プロデューサー、作詞家、映画監督、放送作家など幅広いジャンルで活躍 ©文藝春秋

 きょう5月2日は、作詞家でプロデューサーの秋元康の62歳の誕生日である。言うまでもなく、40年近く第一線で活躍を続けるヒットメーカーだが、40代の筆者には彼に対してどうも肯定と否定とがないまぜとなったアンビバレントな思いがある。そういう同世代は案外多いのではないか。

■「雨の西麻布」(85年)「川の流れのように」(89年)……秋元康はどこまで本気か?

 私がそんな思いを抱くのはまず、秋元の仕事には、どこまで本気でやっているのか計りかねることが多々あるからだ。何しろ、とんねるずの「雨の西麻布」(1985年)で演歌・歌謡曲のパロディをやったかと思えば、その数年後には、同じく作曲家の見岳章とのコンビで歌謡界の女王・美空ひばりの「川の流れのように」(1989年)を手がけているのだ。とんねるずにはその後、「情けねえ」(1991年)や「一番偉い人へ」(1992年)といったメッセージ色の濃い曲も提供しているが、これまた本気なのかパロディなのか受けとめかねてしまう。

「情けねえ」にはずばり《この世のすべてはパロディなのか?》という歌詞が出てくるが、これは秋元が自分自身に向けた問いかけにも読める。作詞も、テレビをはじめ各種の企画・プロデュースも、当人からすれば、自分のなかから湧き上がってきたものというよりは、すべて借り物だという意識もあるのかもしれない。実際、10年ほど前のインタビューで秋元は、自分の書く詞について《一貫性はないと思う。だって詩人じゃないから》ときっぱり口にしている(※1)。そのうえで、次のように語っていた。

■もしも“AI美空ひばり”(19年)をなかにし礼や小椋佳が作っていたら……

《やっぱりプロデューサー的な資質のほうが高いですよ。プロデューサーとして、どういう歌を作るかってところから始まって、それから作詞家・秋元康に発注する感じ。この2つはもう、ハッキリ分離している。(中略)自分が阿久悠さんや松本隆さんみたいに芸術家的に評価されてないのは分かるけど、しょうがないんだよね。プロデューサーと作詞家を兼ねてるから。プロデューサーは常に客観を求められる立場だから、全くアーティスティックではない。鈴木敏夫さんがいるから宮崎駿さんがアーティストとして輝くわけだけど、僕は両方やっちゃってるから。画家と画商を兼ねてて、画商のほうが目立ってたら、誰も画家としてちゃんと評価してくれないですよ》(※1)

 きわめて的確な分析だと思う。秋元康に否定的な人はおおかた、プロデューサーとしての彼の作為性を嫌っているはずだ。そういう人には、本人がさほど意識せずにやったことでも、計算ずくで仕掛けたものに見えてしまうのだろう。また、引用した自己分析にしてもそうだが、本人がすらすらと自分や作品について解説できてしまうところが、そんな“誤解”に輪をかける。昨年の紅白歌合戦の特別企画として「AI美空ひばり」を秋元がプロデュースしたときにも、故人への冒涜だなどといった批判が出たのは記憶に新しい。そうなるのも、プロデューサーとしての秋元の存在が必要以上に目立つことに一因があるのではないか。これがたとえば、彼ではなく、なかにし礼や小椋佳(いずれも美空ひばりに曲を提供したことがある)などもっと芸術家寄りのソングライターがかかわっていたのなら、もう少し反応は違っていた気がする。

■「川の流れのように」は全然売れていなかった

 美空ひばりについては、結果的に彼女の最後の曲になった「川の流れのように」に対しても、死を目前にした人にあのような曲を歌わせるのは酷だとの批判があったと記憶する。しかし秋元に言わせると、それはたまたまそうなったにすぎないということになる。

《そもそも「川の流れのように」は、ひばりさんがシングルカットしたいというからリリースしたんだけど、それまでは全然売れていなかったんですよね。亡くなってしまって、はからずも最後の曲となり、葬儀で流れ、昭和という時代が終わったということでのBGMとなり、国民唱歌のようになり、いろんな思い出の栞になってしまったからこそ、「川の流れのように」を作った秋元康と認知され、当時何を思って作ったかという問いには「直球でやりたかったんですよ」という答が出る。でもこれが美空ひばりさんが御存命で、ここまでヒットしていなかったとしたら、誰もここまで美空ひばりさんとの関係を言及しないと思う》(※2)

■AKB48、乃木坂46……秋元はどこまでコントロールしているか?

 狙っているようで、じつは狙って当てたことはほとんどない。そういう意味のことを、秋元は折に触れて公言している。アイドルグループの総合プロデューサーとしても、彼は大勢のスタッフを支配し、細かいところまで徹底的にコントロールするタイプではないように思う。むしろ、現場に一任することのほうが目立つ。AKB48では衣装制作チームがユニークな仕事をしてきたし、乃木坂46では新曲が出るたびに、ミュージックビデオの制作に気鋭の映像作家が起用されているが、それもこれも、基本的なコンセプトを決めたら(それさえはっきり決めないことのほうが多いのではないか)、あとはスタッフに任せきりにしているからこそだろう。ただ、こうした一種の現場主義は他方において、NGT48のメンバー暴行事件で露見したように、問題が生じたときに自らの責任を明確にしない態度にもつながっているような気がしてならない。

■秋元のすごさが表れた「ポケベルが鳴らなくて」(93年)

 秋元が芸術家的に評価されない理由について、彼の詞が歌い手や状況にうまくシンクロさせるがゆえ、同時代ではないとその真価を味わえない部分があるからではないか、と指摘したのは、若い頃に彼の事務所でスタッフ経験を持つ作家の岩崎夏海だ(※1)。岩崎はそうした時代や人に寄り添いすぎる部分にこそ、秋元の本当のすごさがあると評価し、例として国武万里が歌ってヒットした「ポケベルが鳴らなくて」(1993年)をあげる。言うまでもなく、ポケベルとはポケットベルのことで、一時期、連絡ツールとして若い女性のあいだでも流行しながら、携帯電話の普及とともに消えていった。もはやポケベルを知らない世代も増えたいま、《ポケベルの写真を見せられるよりも、この曲を聴いたほうが、当時の人々がポケベルってものが持っていたイメージや、その時代の空気を感じ取れるものとして、すごく貴重な歴史的遺産になると思う》と、岩崎は考察している(※1)。

 時代や人に寄り添いすぎるといえば、秋元の詞には、作家や作品名など固有名詞が出てくるものも少なくない。たとえば、菊池桃子の歌った「卒業」(1985年)には、フランスの作家サン=テグジュペリの名前が出てくる。作曲家の林哲司は、自分のつくった曲に秋元が『星の王子さま』ではなく、その作者の名前をハメ込んできたのにちょっとびっくりしたという。林いわく《明らかに『星の王子さま』って言ったほうが分かりやすいじゃないですか。(中略)企画力っていうんですかね。いわゆるアテンションですよ。あの舌っ足らずの桃ちゃんの歌でそれをやったらたぶんファンの人はたまんないだろうなとか、サン=テグジュペリって何なんだろうって関心を寄せられるところまで含めて》(※1)。

■油断ならない日向坂46「ソンナコトナイヨ」(20年)

 最近でも、日向坂46の「ソンナコトナイヨ」(2020年)には、《切りすぎた前髪 奈良美智の絵だ》というフレーズが登場する。

 画家の奈良美智の描く人物像を知らない人には何のことやらだろうが、知っている人には、切りすぎた前髪とともに不機嫌そうな表情まで浮かんでくる。ついでにいえば、タイトルに使われ、サビでも繰り返される「ソンナコトナイヨ」とは、アイドルがライブ中のMCなどで自分を卑下したり否定的なことを言ったときに、ファンがお約束のように掛ける言葉だ。内輪の合言葉のようなものまで歌詞に取り込んでしまうのが、また油断ならない。そう思わせる一方で、自信なさげな女の子を「僕」が励まし、唯一無二の存在として肯定してみせる歌詞に、あの掛け声を持ってきたところにうならされたりもする。

■「よく若い女の子たちの気持ちに寄り添った歌詞が書けますね」

 先述のとおり秋元は昨年、AI美空ひばりをプロデュースした。先の「ポケベルが鳴らなくて」にしてもそうだが、新たな技術によるツールが登場するたびに歌詞などに採り入れるのは彼の得意とするところではある。しかしその根底には、どれだけ時代が移ろうとも変わらない普遍的なものがあるという確信がうかがえる。一昨年、満60歳を迎える直前に、AI研究者の松尾豊と対談したときにはこんなことを語っていた。

《「60歳なのに、よく若い女の子たちの気持ちに寄り添った歌詞が書けますね」と言われるが、それは昔も今も何も変わっていないから。僕らの時代はラブレター。それが電話になりファクスになり電子メールになりLINEになったと。でもツールが替わっただけで、返事を待っているときの気持ちは変わらない。その気持ちは20年後も同じだと思います》(※3)

 すでに還暦をすぎ、今後、秋元が一線から退くということはありえるのだろうか。数年前にラジオ番組で共演した元HKT48の“愛弟子”指原莉乃に対して、いずれおまえに作詞家の座を譲って自分は引退すると冗談めかして語っていたことがある(指原は現在、アイドルグループ「=LOVE」をプロデュースし、作詞も手がけている)。だが、引用したような秋元の確信を打ち砕くことでも起きないかぎり、彼の時代はなおも続きそうである。何だか悔しくもあるが。

※1 『別冊カドカワ 総力特集 秋元康』(KADOKAWA、2011年)
※2 『秋元康大全97%』(エイティーワン・エンタテインメント、2000年)
※3 『週刊東洋経済』2018年4月7日号
このほか、清野由美『現代の肖像 秋元康』(朝日新聞出版、2014年)なども参照しました

(近藤 正高)

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