よく生きて帰って来れたな……危険すぎるグルメレポートで沸き上がってくる不思議な感情

よく生きて帰って来れたな……危険すぎるグルメレポートで沸き上がってくる不思議な感情

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 唐突に自分の話で申し訳ないが、私は昔からショートフィルムが大好きだ。

 今はもうなくなってしまったが、横浜のみなとみらいにブリリア・ショートショートシアターという映画館があり、「恋愛」や「家族」など様々なテーマに合わせたショートフィルムが何本かセットで上映されていて、私は仕事帰りにその映画館によく通っていた。その当時働いていた職場から歩いて15分。仕事終わりの疲れた体に、ショートフィルムは丁度良かった。

■集中力がなく無駄なものが嫌いな私にとって……

 ショートフィルムの何がそんなに好きなのかと言うと、1本15分程度で無駄がない所だ。15分といえば、普通の2時間映画でいうと「こんな登場人物が出て来て、こんな場所でこんな問題に直面していますよ」という物語の導入程度の時間である。

 ショートフィルムはそれと同じ時間で、笑わせたり、泣かせたり、人の感情を動かそうとしてくる。わずらわしい登場人物の紹介などはなく、数秒たりとも無駄がない。そして、全てを描き切らないからこそ想像の余地があり、観終わった後に余韻が残る。

 小説も短編の方が好きだし、ドラマも何シーズンも続いていると途中で見る気がなくなってしまうような、集中力がなく無駄なものが嫌いな私にとって、エンターテインメントにおける“時間”のウエイトはそれほど重い。

■とても“普通”のグルメリポート番組ではない

 導入が長くなってしまったが、そんな私が今回どうしても紹介したいのが、「ハイパーハードボイルドグルメリポート」という、1話40分程度のグルメリポート番組だ。2エピソード構成だったりするので、1エピソード30分以下となり1話がかなり短い。

 普通のグルメリポート番組でいうとそれぐらいの時間で十分だが、ハイパーハードボイルドグルメリポートはとても“普通”のグルメリポート番組ではない。時には危険なギャング同士の紛争地帯へ、時にはシベリアの田舎にぽつんと存在しているカルト教団へ、ディレクターが一人でカメラを持って取材に行くというかなり危険なグルメリポート番組だ。まず、これが民放で許可が下り、制作されたことにびっくりする。

■見終わった後に何度も思い返して考えさせられる

 危ない場所へ取材に行くという意味では似たような番組は他にもたくさんあるが、ハイパーハードボイルドグルメリポートはそれらとはまったく違う。メッセージの押し付けがないのだ。少なからず物を作る人にとって、どうしても「ここは泣く所です」「ここは笑う所です」というメッセージを込めたくなってしまう。そのために泣ける音楽を流して、笑えるツッコミを入れて、見る者の気持ちを誘導しようとする。こういう演出は、物を作る人はみんなやっている。もちろん私も漫画を描く時にやっている。

 しかし、この番組にはそういった演出が一切なく、観る者が自由に感じていいように作られている。だからこそ、自分の中に湧き出てくる気持ちが何なのか整理がつかず、見終わった後に何度も思い返して考えさせられる。

 そして、今回私の神回として紹介したいのは、シーズン1−1「リベリア共和国 元人食い少年兵の晩御飯」だ。

■体を売って日銭を稼ぎ、そのほとんどが一食の食事代に消える

 誰しも新しい物を見始める時は「これは面白いのかな?」と懐疑的である。そんな人でもこの「元人食い少年兵の晩御飯」を15分も見てもらえれば、すぐにこの番組がどれだけ素晴らしいものかわかるだろう。そういう意味で、私は人にハイパーハードボイルドグルメリポートをオススメする時は、とりあえずこの1話だけを見てもらうようにしている。私が背中を押すのはこれだけで十分だ。

 10代の頃に両親を殺されたリベリアのラフテーは少女兵となり戦うしかなかった。戦争が終わった今は体を売って日銭を稼ぎ、そのほとんどが一食の食事代に消える。そんなラフテーが、ご飯を食べながら今の状況を「幸せ」と言い、将来の夢を語る姿を見て、口では言い表せられない感情が沸き上がってくる。この感情はなんなのだろう。

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 気持ちの整理がつかないまま、他のエピソードも見ていると、毎月14人も死者が出るボリビアの鉱山で自らの命を危険に晒しながら働いている22歳の青年が、私達に向かって「俺のこと可哀想だと思ってない?」と問いかけてきた。厳密には私達に言っているわけではないのだけど、心の奥底を見透かされたような気がして、ドキッとする。

■彼らは生きるために食べ、食べるために生きている

 セルビアではガンになった10代の少年が、治療費を稼ぐため国境を越えようとしている。

 フィリピンではゴミを漁り、骨についた食べ残しの肉を集めて生活をしている子供たちが楽しそうに笑っている。

 切り取られた人生をカメラ越しで数十分見ただけなのに、会ったこともない、遠く離れた地球の裏側にいる人達に想いを馳せる。彼らは今も生きている。生きるために食べ、食べるために生きている。

 日々怠惰な生活を送っている私なんかより、彼らはよっぽど真剣に生きている気がした。

■なんと贅沢な食べ方だろうか

 ……ちなみにこのハイパーハードボイルドグルメリポートは書籍版も出ていて、一つひとつのエピソードをディレクターの上出遼平さんがどういう思いで撮っていたのか、撮影の合間にあった事件、その地域の時代背景などが大ボリュームでわかりやすく綴られている。それを読むと、この数十分ぽっちの映像がいかに濃縮された物なのかを知ることができる。

 たとえるのなら、映像はマグロでいう大トロの部分を切り取っただけに過ぎず、中トロや赤身などの食べられる部分がたくさん残っているのに、そこはすべてカットしてある。なんと贅沢な食べ方だろうか……。

 貧乏性の私は、赤身どころかカマの部分まで調理して出したくなる性分なので、この作品の作り方には同じ物を作る者としてただただ尊敬してしまう。

 映像をすべて見終わった人は、書籍版もぜひ読んでもらいたい。

(山本 さほ)

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