少年野球“お茶当番”への母親たちの怒りと苦しみ――筒香嘉智に届いた手紙――2019年 BEST5

少年野球“お茶当番”への母親たちの怒りと苦しみ――筒香嘉智に届いた手紙――2019年 BEST5

MLBタンパベイ・レイズへの移籍が決まった筒香嘉智 ©文藝春秋

過去に文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。スポーツ部門の第1位は、こちら!(初公開日 2019年12月26日)。

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 8月のある日、横浜DeNAベイスターズの筒香嘉智選手から、1通の手紙を手渡された。

「突然のお手紙で申し訳ありません。私は広島県の田舎で暮らす野球少年の母です。私の息子の所属する少年野球クラブについて悩んでいます」

 こう書き出された手紙は、子供が少年野球チームに所属するある母親からのものだった。

 手紙にはそのチームでは力量を越えた練習によってケガをする選手がいることや特定の選手に対して雑用が集中したり、試合で負けると「お前のせいで負けた」とコーチが選手を非難するなど、子供たちの内面を傷つけるような指導が頻繁にあることが綴られていた。しかも指導方法の改善を監督に訴えると、逆にチームの和を乱すとして非難されていると嘆いている。そうして少年野球の監督、コーチの指導と親の関わりに関する悩みを切々と訴えたものだった。

■きっかけは1月の記者会見だった

「実はこういうお母さんたちからの手紙が、たくさん来るようになっているんです」

 手紙を渡してくれた筒香は説明した。

 きっかけは2019年1月に行なった日本外国特派員協会での会見だった。

 この会見で筒香は、子供たちが置かれている野球環境の改善に向けて様々な角度からの提言を行った。そして質疑応答の中で、ある外国人女性記者が投げかけたのが、野球少年を息子に持つ、あるいは持ったことのある多くの母親たちの怒りだった。

「(日本の少年野球は)スポーツではなく武道のようなものではないか?」

 こう問いかけた女性記者は、さらに子供たちだけではなく母親たちの抱える問題を訴えたのである。

「母親の置かれている環境、例えば夏休みの間、母親はずっと練習を観にいかなければならない。また指導者と子供のために100人分のお昼ご飯を作らなければならないということも私は知っている」

■母親を悩ます“お茶当番”

 筒香も自身の出身チーム・堺ビッグボーイズで父兄から聞いた話としてこう応じた。

「近くのチームに入ろうとしたら、あまりに(指導が)怖すぎて入部できなかったという声が多々ありました。また練習が長すぎて子供たちが遊びに行ったり、勉強する時間がない、また親も“お茶当番”があるので子供たちと出かけたり、お母さんたちが何かやりたいことが何もできないという声も聞きました」

 このことを報じた 文春オンラインの記事 は大きな反響を呼び、その結果、筒香の元には母親たちから窮状を訴える“ファンレター”が届くようになった。

 手紙の1つ1つに目を通して、筒香は改めて問題の根の深さを再認識したという。

「手紙を下さった中で、野球の指導者はほとんどいなかったですね。指導者の方で『僕も考え直さなくちゃいけないと思いました』というのは1人か2人くらいでした。後は男性だと、『僕も賛成しているので、良かったら仲間に入れてください、参加させてください』というものが多かった。ただやっぱりこの件に関して圧倒的に多いのは、野球をやっている子供を持つお母さん方からの手紙です」

 それぐらいに母親たちにとり、子供に野球をやらせることの負担は大きく、その窮状を訴えたくても訴える場所もないということだ。だから筒香の発言を聞き、藁にもすがる思いで筆を執ったのだろう。

「お母さん方から来た手紙は、監督、コーチの車での送り迎えとか、昼ごはんの用意や来客へのお茶出しをする“お茶当番”のことが多かったです。監督はこのコーヒー、コーチにはこのお菓子とか決まっていて、それを用意しなければならない。しかも人数が多くないチームだと“お茶当番”が回ってくるのも早い。土、日は球場に行って何かするのが当たり前になっている。子供たちが夏休みでどこかに遊びに行きたいというときに、チームに相談すると、それなら辞めろと言われるので、野球しかできない。子供たちも好きなことができない。そういうお母さんからの訴えが多いです」

■午前7時から真っ暗になるまで続く練習

 手紙を渡してくれたときにこんな話をしたが、筒香が球団とシーズン中は原則としてグラウンド外の取材は受けない約束をしていたこともあり、すぐに記事にすることはできなかった。そこで周囲の取材をしていると、同じような声が少年野球の現場のあちこちから聞こえてきたのである。

 神奈川県横浜市の青葉区少年野球連盟・菊池侃二会長の元にも、ある野球少年の母親からこんな手紙が届いていた。

 小学校5年生の子供を持つその母親は土、日曜日の午前、午後と練習があり、いずれも午前7時にはグラウンドに集合して真っ暗になるまで練習が続くと伝えている。そのため子供が疲弊してしまっている現状に「親としてはもう少し余裕を持ったスポーツ活動ができないものかと考えています」と訴える。

■「楽しかったはずの野球が一部の野球マニアのものに」

 しかしそうした環境の改善を阻んでいるのが、「勝ちにこだわり過ぎる熱狂的な指導者の方と一部の家族」なのだという。その上で「子供にスポーツをさせたいと考えるお父さんやお母さんはたくさんいます。しかしグラウンドに見学に来てくれた親は土、日すべてが潰れること、家族でのお出かけが全くできなくなること、少しの勉強時間さえも確保できなくなる現状を知り、結局は入団はしてくれません」と勝利至上主義や指導者の独善が野球の裾野を広げる弊害になっていると訴えた。

「楽しかったはずの野球が、いつの間にか、一部の野球マニアのためだけのものになっています。“怒鳴られながら厳しい練習に耐えることが野球道だ”などと言っていては、他のスポーツとの差は、ますます開いてしまいます」

 この手紙を見せてくれた菊池会長も、こうした少年野球を取り巻く現状を憂い、何とかしなければならないと動いている一人だ。

「いまだに監督がふんぞりかえってお母さんたちをアゴで使うようなチームがある。とんでもないことです。子供が野球をやりたいと言っても、最終的に子供に野球をやらせるかどうかを決めるのは、9割がお母さんだと思います。父兄、特にお母さんたちの負担が大きく敬遠される環境では、野球の裾野を広げることは絶対にできない」

■「自分が想像している以上に深刻」と筒香

 菊池会長の意見に筒香も同意する。

「お手紙を頂いて、改めてというか、自分が想像している以上に深刻なことがまだあったんだなと思いました。ホントに想像以上でした。頂いた手紙には子供が殴られたり、過度な練習で肘を手術したりして、野球を辞めざるを得なくなったということが書かれたものもありました。野球をやっている子供たちも、また被害者になってしまっている。そういう環境を変えていかないと、子供たちが野球を始める機会すら失われていってしまう。そこを何とか改善していかなければならないなと思っています」

 筒香はこうしてシーズン中に母親たちから送られて来た何通もの手紙を試合や練習の合間に読み、その叫びや怒りを受け止めていた。その上でそういう母親たちの思いに共感した。自分はお母さんたちの味方だ――そのことを伝えたくて、筒香は手紙を渡してくれたのだと思う。

 このオフには夢だった大リーグ挑戦が実現し、タンパベイ・レイズへの移籍が決定。現地時間の12月16日(日本時間17日)には、本拠地のあるフロリダ州セントピーターズバーグで入団発表も行われた。2020年の筒香は日本を離れ、米国での新たな戦いが始まることになる。

■プレーヤーと野球人、それぞれの言葉

「もちろんシーズン中は自分のプレーを一番に考えて、チームのためにそこに集中することになります」

 プレーヤー筒香嘉智の言葉だ。

「ただ日本の野球界で長年育てて頂き、野球界に何か還元したいという思いは変わらない。可能性のある子供たちのために、野球界がより良くなるために、今後も変わらずに自分にできることを学び、シーズンオフには発信していきたいと思います。それは今までと変わらずにやっていくつもりです」

 野球人・筒香嘉智の言葉である。

 アメリカに渡ってもお母さんたちの手紙に綴られた苦しみとそして子供たちへの希望を決して忘れはしない。

 そのこともまた筒香が手紙をくれた母親たちに伝えたいことだった。

(鷲田 康)

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