神戸の大学教授が思う「オリックスが優勝するために必要なこと」

神戸の大学教授が思う「オリックスが優勝するために必要なこと」

1996年、オリックスの優勝シーン ©文藝春秋

 新型コロナの朝は遅い。大学でも随分前からオンラインで授業が開始されているのだが、テレワークだから出勤する必要はないし、そもそも「三密」を避ける為に上層部からは出来るだけ研究室に行かない様に言われている。大体、授業と言ってもライブならともかく、オンデマンドなら、一日のうちいつ収録しても構わない。こうして仕事はずるずると夜へ夜へとずれ込むことになる。

 とはいえ、どんなに眠くてもいつまでも寝ている訳にはいかないので、眠い目を擦りながらベッドからはい出し、パソコンの電源を入れる。もう数カ月もこの状態だから、最初にやることは決まっている。メールのチェックである。一応管理職もどきなので、大学の事務から来ているメールを幾つか捌いた後、その他のメールにも目を通す。あれ、西澤さんからメール来てるやん。「次の対決は『どうやったらベイスターズ/オリックスが優勝できるか』という共通のお題でやりましょう」。ずいぶん、直球ど真ん中だな、いやこれは文春に頼まれて考え始めたけど、途中でお題を考えるのが面倒くさくなった奴に違いない。

 こうして朝遅くメールをチェックしていると、時々、変わったメッセージを目にすることになる。なになに「あなたの歌を聞いていつも勇気づけられています」。そうか、そういえば、前回のオンライン講義では、マイクを握りしめて歌ったもんな、やっぱりマイクを持つと歌うよな。いや違う。これは何年かに一度やってくる、あの「愛は勝つ」の大ヒットで知られるミュージシャンのKANさん宛の間違いメールだ。

■愛は信じるだけでもダメだし、伝えるだけでもダメだ

 KANさんの本名は木村和。和歌山の「和」と書いて「かん」と読む、命名したご両親の知性が感じられる名前である。因みに自分の名前は父が、漢和辞典を投げて開いたページの漢字から一文字選んだというから、一部自分の想像が入っているとは言え、ずいぶんな違いである。ともあれ、彼とは漢字こそ異なれ、音にすれば同姓同名の「きむらかん」なので、こうして時々、間違いメールが来ることになる。

 そうしてこのメールが来るたびに、自分の頭の中では必然的にあのメロディーが流れることになる。愛は勝つ、バブリーで直球ど真ん中だけど、いい歌だよなぁ。「どんなにこんなんでー くじけそうでも しんじることさー かならずさいごに あいはかつー」、とかもう毎年毎試合くじけそうなオリックスファンの為にあるとしか思えないだろ。京セラドームのライトスタンドなんて、毎年、沢山の人が信じすぎて祈りすぎて、南海電車に乗って高野山に行かなくても、多くの人がシーズン途中で悟りを開くくらいである。でも、待てよ。これまでの人生で、信じることで愛が勝ったことなどあったのか、いやない(反語)。

 こうしてどんよりとしたコロナ疲れの中で、とんでとんでまわってまわる、愛の水中花、いや走馬燈。今を遡ること45年前、小学2年生の時のIさんからはじまる自分の愛の遍歴は、思えば1998年のロッテも真っ青の、犬吠埼のはるか沖まで続く連敗街道だった。考えてみれば当たり前だ。当時はシャイな小学生だったので、女の子としゃべるのすらままならず、自分の愛は相手に伝わってすらいない。そう、信じるだけでは、相手はその愛の存在すら知らないのだから、勝つはずが無い。つまり、愛とは「伝えてなんぼ」の存在なのである。

 じゃあ、愛は伝えれば勝つのか。そう考えてもう一度、愛の走馬燈を回してみる。思い起こせば、中学生の頃の自分の愛は、どんなピンチでもいつも直球勝負だった。俄かに瞼に浮かぶあのわが青春の名場面。

ストレート 154km/h ファウル
ストレート 156km/h ボール
ストレート 156km/h ボール
ストレート 155km/h ボール
ストレート 155km/h 空振り
ストレート 157km/h ファウル
ストレート 159km/h 四球

 後35年ほど遅く生まれていれば、愛のコーディエと呼ばれていても不思議ではない。デッドボールになって怪我人が出なかっただけ良しと思うことにしよう。くそぉ、もう少しで三振とれたのに。

 さて、ここまでの考察で重要なことが幾つか分かった(突然論文調)。それはKANさんにはとても申し訳ないけど、愛は信じるだけでもダメだし、伝えるだけでもダメだ、ということである。どんなにライトスタンドで一生懸命信じて祈っても、それだけではこの23年間の繰り返しであり、傷つけ傷ついて、愛する切なさに、げっそりと疲れる人が増えるだけである。声を上げてチームへの愛を伝えることは勿論大事だが、伝え方が悪ければ、求めてうばわれて与えて9回裏にうらぎられるだけで、愛は必ずしも育たない。

■どうやって最後に「勝つ」事に貢献できるか

 では、どうしたらいいのだろうか。加えてここで、コロナである。開幕は迫っているが、我々は球場に足を運ぶことすらできない。普通に考えれば、できるのはテレビやネットを通して選手の活躍をじっと見守ることであり、また彼らの好プレーを信じて祈ることである。が、ここまでの考察で明らかな様に、それでは我々の愛は選手には伝わらないし、伝わらない愛が勝つことはない。もちろんだからと言って、愛を伝える為に、止められているのに、選手の宿舎や練習場に無理やりかけつけるのは、ただのダメなファンである。

 ここでSNSを利用して選手に応援のメッセージを送ることを考える人もいるだろう。でも、自分の知る限り、選手のアカウントには毎日、応援のメッセージと同じかそれよりも多い、クソリプ(と敢えてよばせていただきたい)や中傷メッセージが送られて来ている。そのメッセージをいちいち選手にチェックしろというのは無茶な話だし、そもそも一つのアカウントに何千、何万という人が一斉にメッセージを送っても、率直に言って迷惑なだけである。だから自分が韓国政治に関するコラムを書く度にクソリプや脅迫状もどきを送り付けて来るのも止めてください。よろしくお願いします、そのうち訴えられますよ。

 そもそも好きだからといって他人の個人的なアカウントに、ひっきりなしにメッセージを送るのでは、好きな女の子にラインを送りまくってストーカー扱いされる、それまで女子と満足に話しすらしたことの無い、どこかの大仏殿の近くにあった男子校上がりの大学1年生の典型的な行動と何も変わりない。それでは自分の銀河の黒歴史に新たな一ページが加わるだけである。愛が相手の心に負担となってしまえば、何の意味もないどころか、勝利から大きく遠ざかることになる。

 ともあれ、だからそんなことでは、我々の愛が勝つことはない。考えるべきは、目の前に控える無観客試合、という選手たちのモチベーションを大きく損ない兼ねない状況の中、如何にして選手達を励まし、勇気づけるメッセージを伝えていくかである。それがどれだけ恐ろしい状態か、考えて欲しい。あの70年代や80年代の西宮球場や大阪球場、そして藤井寺や日生にも、どんなに少なくてもいちおうファンはいたことはいたのである。それが今年は一人もいない。その中で試合をして、やる気を維持するのは誰だってものすごく難しい。

 だからこそ、ここはファンだけではなく、球団関係者の力も必要だ。例えば、京セラドームには3年以上ファンクラブに入っている人のネームプレートが張られたコーナーがある。そこを今年はもっと広げて、新入会員を含めた全ての会員の名前で埋め尽くして、選手たちの目の見えるところに並べて欲しい。誰だって、目に見える形でこんなに多くの人達が自分たちのことを気にかけてくれているんだ、と思うのは嬉しいものだし、それはモチベーションが下がり気味の時にはなおさらだろう。せっかく大型ビジョンがあるんだから、試合中に抽選か何かで特定のファンを選んでメッセージを伝えてもらっても良いだろう。ちょっとリスキーだけどオンラインで直接つなぐのも一案だ。いや、そもそも球団の方から、ファンに声の伝え方のアイデアを募集してまとめてもらってもいい。大阪や神戸の球団らしく、選手たちをリラックスさせることの出来る、「笑い」の要素もあればさらにいい。

 大事なのは、新型コロナの蔓延で困難な状況の中だからこそ、ファンの方もどうやって、我々の愛を伝え、それを選手のモチベーションに変え、最後に「勝つ」ことに貢献できるかを考えることだ。愛は目に見える形で相手に伝わらなければ意味がないし、どうせならはっきりと目に見えている方がいい。そして、その中から「ポストコロナ」に相応しい、新しい応援文化が出来ていけばと思う。「オリックスの応援は、他とはちょっと違いますね」。そんなふうに言われるようになった時、我々の愛はきっと勝つ。そして、遠ければ遠いほど、それを勝ちとるよろこびはきっと大きくなるに違いない。そして、今年こそは、ファンと球団関係者と、選手が一緒になって勝利を勝ち取るのだ。そう、「愛は勝つ」のではない。「愛は勝たせる」ものなのだ。

 最後に一言。KANさん、もし逆にそっちに変なメールが沢山行っていたら許して下さい。いつかお会いできる日が来るのを楽しみにしています。オリックスとうちの家族と、ゼミの学生の次くらいに応援しています。

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(木村 幹)

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