「全員が東大に行くって雰囲気でした」偏差値78のAV男優・森林原人が振り返る“僕が筑駒生だった頃”――2019年 BEST5

「全員が東大に行くって雰囲気でした」偏差値78のAV男優・森林原人が振り返る“僕が筑駒生だった頃”――2019年 BEST5

©杉山秀樹/文藝春秋

過去に文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。インタビュー部門の第1位は、こちら!(初公開日 2019年12月15日)。

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 振り返ってみれば、人生の中でたった6年間に過ぎない日々。名門中高卒の肩書き、それは勲章だろうか、それとも烙印だろうか。

 今ではもう、あの制服も校章も身につけることはない。卒業後、名門校のブランドを剥がされ、生身で勝負する人生。その中でもがきながら、同級生たちからは遅れて、あるいは離れて、社会に「居場所」を見つけた“アウトロー”たちがいる。

 それは親や先生たちが期待していたような進路ではなかったかもしれない。だが、彼らが放つ規格外の魅力こそが、名門校の懐の深さを示しているようにも感じる。――そんな“アウトロー卒業生”に話を聞いた。(全3回の1回目/ #2に続く )

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 森林原人、40歳。現代最も活躍するAV男優の一人としてあまりにも有名な彼は、変装するわけでもなく、明るいピンクのシャツにジーンズ、端をわざとほつれさせたグレンチェックのダメージジャケットという、絶妙に洒落切ったいでたちで現れた。緑の幾何学プリントが施されたコートを傍に置き、ショッキングピンクのネクタイを締めながら「アウトロー感、出てますか?」と周囲を笑わせる。

 男性スタッフが「いつもお世話になっています」と冗談交じりに挨拶するほどに、彼のAV出演作は数知れない。約20年に及ぶ長いキャリアで、絡んだ女優の数は約1万人。一般人が100回転生しても到底成し遂げないであろう経験数を持つこの男は、実は「筑駒(ツクコマ)」の出身だ。

■筑駒からAV業界へ進んだ男

 筑波大学附属駒場中学校・高等学校。1学年約160名(中学募集が120名、高校募集が40名)と、学校の規模は小ぶりながらも、2019年にはなんと120名もの生徒が東大に合格している。そんな、偏差値70どころか80とも90ともいわれる日本の最難関国立中高一貫男子校を卒業して、AV業界へ進んだというから驚きだ。

 同級生たちは軒並み東大へ進学して、官僚に、医者に、弁護士に、そして超一流企業勤めのサラリーマンにと、エリートコースを真っ直ぐ歩んでいる。おそらく、いや確実に、森林は筑駒の開学以来ただひとり輩出されたAV男優だろう。

 2016年に刊行された森林の著書のタイトルは『 偏差値78のAV男優が考える セックス幸福論 』である。順当に行けば、彼もまた何不自由ない人生を約束されていたはず。それなのになぜ、森林は敷かれたレールを飛び出したのか。

■ゲームも漫画も禁止の“厳格な家庭”

 神奈川県横浜市出身の森林は、自身が生まれ育った土地を「ちょっと沈んだ町だったかな」と振り返る。「横浜といっても田舎の方で。駅を境に山側と山じゃない側に分かれていて、僕の家は山じゃない側だったんですけど、そこには火葬場があったりして」

 そんな町の中、森林は厳格な家庭で育ったという。「ファミコンは買ってもらえなかったですね。ゲームをすると馬鹿になる、漫画を読むと馬鹿になる。あと、テレビは1日2時間まで、っていう決まりがあって。父の考えです」

 誰もが知る一流企業に勤める厳しい父。県内の名門私立男子校に進学した優秀な兄。まだ小学生、何者でもなかった森林少年にとって、一番安心できる時間は母と一緒に過ごすときだった。「お母さんといるときなら、どれだけテレビを見ても良かったんです。当時はおばあちゃんも一緒に住んでいたんですけど、お母さんにとっては嫁姑の仲ですよね。結構厳しくされてるところも見ていて、だから僕たち男兄弟がお母さんを守らなきゃ、っていう意識があったかな。お母さん大好き……というか、マザコンですね(笑)。今も、僕の仕事に対する理解が高いのはお母さんです」

 どこにでもいるような、典型的な“お母さん子”。だが、話題が中学受験前に及ぶと、森林は何度も「全能感」という言葉を口にした。小学生だった森林少年は、兄が通っていたこともあり、駅前の中学受験専門塾へと入塾する。毎週のようにテストの結果が並べられ、比較され、順位が出る。すると、彼の中に変化が生まれ始めた。

■「自分は特別な頭脳を持っているんだ」

「近所に頭が良いと言われていた、4つ上くらいのお兄さんがいたんですよ。『本を斜め読みできる』って評判で。その人は結局、浅野中学に行ったんです。それでやっぱり凄いねー、って。でも受験の準備が進むにつれて、僕にとって浅野はすべり止めのレベルだとわかってくる。そうなると、あれっ、僕はあの人を超えてるんだ、なんて思い始めて。自分は特別な頭脳を持っているんだ、って意識が高まっていきましたね」。当時の自分を分析するように、森林は淡々と語る。

 もともと、小学校での成績もオールAだった。だが、卒業生の9割以上が地元の公立中学に進むような学校で、母から「あなたは頭がいいね」と言われても、そんなのは「どの親も自分の子がかわいいから言うんだろう」と、少し冷めた気持ちで受け止めていた。小学校では4年生までリレーの選手。走るのが速く、明るくて、リーダーシップもあった。しかし、塾に通い始め、数値という形で可視化されることで、自分の頭の良さは世間一般から見てもトップレベルなのだと気付かされたという。

 塾では、成績で席順が決まる。教室ではいつも、自分よりも前の席に常連の成績優秀者が6人いた。しかし、森林少年はとにかく本番に強かった。緊張というものをしないのだ。

■麻布、栄光、筑駒、ラ・サールに“全勝”

 第一志望の麻布の受験日は2月1日、合格発表は3日だった。そのため、2日に栄光、3日に筑駒と連日受験したが、結果は全て合格。さらには、合格者数を欲しがる塾から費用を負担するからと頼まれてラ・サールも受験し、ここも危なげなく合格を手にした。

「小学校のときは、なんだか窮屈さを感じていたんです。先生のルールとか、校則とか。だから麻布の自由さに漠然と憧れていて」。だが、父はサラリーマンで母は専業主婦。既に兄も私立校へ通っている。親からは、学費の面から国立の筑駒へ行ってほしいと説得された。

 実は筑駒も、校則や制服がない自由な学校だ。しかも、麻布よりずっと少人数。――それならいいか。森林少年は素直に説得されて、筑駒へと進んだ。一度の敗けも喫しない全勝の受験、全能感に満ちた12歳の春。それは彼がAVの世界に飛び込む、7年前のことだった。

■「クラス40人、全員が東大に行くって雰囲気でした」

 筑駒生になるとは一体どういうことか。森林は入学直後のある出来事が印象に残っているという。「駒場東大前にある筑駒は、中学校舎と高校校舎に分かれてるんです。中学では1年生が3階にいて、2年生は2階、3年生は1階。高校では反対に、1年生が1階で、2年生が2階、3年生が3階っていう風にあがっていく。それで中学に入って初めての授業で、現国の先生が言ったんです。『なんでこうなってるかわかるか? ……3階からだけ、実は東大が見えるんだよ。だから中1と高3のときだけ、お前たちが東大を意識できるように、うちの校舎はできてるんだ』って」

 今思えば、先生は冗談のつもりだったかもしれないと森林は振り返る。「でも、クラスのみんなが『その通りでしょう』みたいに聞いてるんですよ。そういうやつらの集まりでしたね。クラス40人、全員が東大に行くって雰囲気でした」。そんな“神童”の集まりであれば、熾烈な順位争いによって、校内がギスギスしていてもおかしくない。だが森林は、筑駒は本当に居心地の良い学校だったと語る。

「たとえば、数学オリンピックで金メダルとか銀メダルをとるやつがでてくるんですよ。でも、そいつらがメダルとったからって威張るのかというと、そうでもないんです。ただ『数学のことはそいつに聞けばいいよね』っていう、役割が決まるだけです。それぞれの個性があって、鉄道のことはあいつに聞こうとか、アニメのことはあいつだとか。それで馬鹿にすることもなく、それぞれの“得意”をちゃんと尊重しあうんです」

 しかし、そうした風通しの良い雰囲気を支えていたのは、「自分たちは日本の頭脳である」という、一人ひとりの自負だった。「筑駒生というだけで、いろいろ特典があって」。例えば東大への最短距離とされ、有名進学校生のみを対象とする大学受験塾「鉄緑会」に、筑駒生は入塾試験を受けずに入ることができた。また、大手予備校の代々木ゼミナールでは、筑駒という学校名だけで授業料無料の特待生になれた。近所の他の学校に対しても、「馬鹿にしている感じがありました」。

■同級生の與那覇潤や安田洋祐は「本当の頭脳」だった

 森林は入学して間もなく、同級生たちの頭脳に衝撃を受けた。「理屈抜きで、とにかく絶対に勝てない、10を聞いて100を知るような異常に頭のいいやつらがいるんです。でも自分は、10を聞いて8を理解するようなレベル。歯が立つわけがないんです。同じ授業を受けてなぜあんな違いが出るのか、まったく分からなかった」

 筑駒では高2の3学期から、有名な「特別考査」という学内試験が定期的に行われる。東大入試を意識した筑駒独自の試験で、その順位は一斉発表されることはなく、先生から本人にだけ伝えられる。「そこで何位だったら東大に受かるよ、っていうのが筑駒の歴史の中で数値化されているんです。なかでも、トップ40が本当の頭脳。僕の同級生だと、歴史学者の與那覇潤とか経済学者の安田洋祐は、もちろん40位以内。学年は上になりますけど、評論家の東浩紀さんはトップ3だったと聞きました。でも僕は常にドベから5位以内で」

■「エロのことなら俺に聞け」

 それでも、「これはトップの中での違いで、世間一般から見れば、やっぱり自分には特別な能力があるという思いは、ずっと持っていました。先生も、筑駒というくくりで接してくるので」。もともと自信があった勉強では、周りのやつらにかなわない。それでも、何か“得意”があれば、学校の中で一目置かれる。そんなとき、森林が見つけた「アイデンティティ」とは何だったのか。

「勉強で言えば、現国だけは成績が良かったです。頭の良いやつは、人間の心情とかは不得意なことが多くて、そこでは勝負ができました。あとは行動力に発言力。僕には恥をかくって概念がないんで。それと……エロです。エロのことなら俺に聞け、と」

 天才の集まりである筑駒の中で、“役割”を見つけた森林。だがのちに、彼はそれまでの自分を支えていた全能感を、粉々に打ち砕くような「挫折」と直面することになる。そして、そこで下した選択こそが、彼を“アウトロー”な世界へと導いていくことになるのだ。

撮影=杉山秀樹/文藝春秋

( #2に続く )

(河崎 環)

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