広瀬アリス&すずが登場 豪華すぎるNHKリモートドラマ『Living』が見せた“超短編の鋭さ”

広瀬アリス&すずが登場 豪華すぎるNHKリモートドラマ『Living』が見せた“超短編の鋭さ”

リモートドラマ「Living」(公式HPより)

 5月19日に発表された、緊急事態宣言下でのリモートドラマ『Living』の予告は、SNSで大きな反響を呼んだ。トップ脚本家の1人である坂元裕二が手掛けることも話題のひとつだったし、また冒頭の第1話と第2話が広瀬アリス×広瀬すずの姉妹、永山瑛太×永山絢斗の兄弟、そして翌週の第3話・第4話はそれぞれ中尾明慶×仲里依紗、青木崇高×優香(声)による共演であることも多くの人を驚かせた。

「緊急事態宣言下で家族以外の集合の自粛が求められている」つまりは兄弟姉妹・夫婦が家の中で撮る映像だけが例外的に「自粛」を求める視線をかいくぐることができる、そうした特殊状況下での共演に「その手があったか」「いやここしかない、最初で最後かもしれない」という驚きと納得の声があいまった。

 実は4月末には、広瀬アリスと広瀬すずの姉妹はインスタグラムでライブ配信を行い、10万人の配信視聴者を集める大きな反響を呼んでいる。緊急事態宣言下、インスタライブの形式では俳優やアーティストがお互いの自宅から上下に画面を分割する「コラボ」という形での配信が盛んだったが、2人ともにトップ女優となったにも関わらず、今も同じマンションで母親と暮らす広瀬姉妹は家を出ることなくひとつの画面でお互いに小突きあいじゃれあいながら配信することが可能だったのだ。兄弟姉妹といえどある程度成功すれば独立して別居するスターが多い中、姉妹女優による異例の形式の配信だったと言える。

■キャスティングは豪華だけど……

 一方で、正直なことを言うと5月30日の夜の放送直前には、「あまりに期待が膨らみすぎて肩透かしを食うのではないか」という危惧を感じたのも事実だ。

 何しろ一話あたりの時間はたった15分でしかない。それにカメラを固定したリモートドラマの演出は意外に難しい。『舞台は俳優のもの、映像は監督のもの』という言葉があるが、映画やドラマにとってカメラワークの演出というのは観客が想像するよりもずっと大きい。映画で名演技、名場面と言われる感動のシーンをメイキングで別の角度からフラットに撮った映像で見るとまったく違う冷めた印象に感じることがあるが、観客の感情というのは気がつかないうちに画面のレイアウト、カメラの動きに大きく影響されているのだ。しかもそうした固定カメラとフラットな照明で撮るリモートドラマは先行して配信でもテレビでも既にいくつか公開されており、『Living』は緊急事態宣言解除後に『出遅れた』タイミングでの放送となった。

 制作発表が5月19日、第1話・第2話放送が5月30日、制作発表から放送まで10日ほどしかないのも異例である。これは本格的な坂元裕二作品とは別枠で考えるべき、軽いスタジオコメディショーなのではないか、「とりあえず制約の中で出来ることをやってみた」程度の内容になるだろうから、広瀬姉妹、そして同日放送される第2話にキャスティングされた、同じく兄弟俳優である永山瑛太と永山絢斗というキャスティングの豪華さを楽しみにして、内容にはそこまで過大な期待をしない方がいいのではないか……という放送前の僕の懸念はしかし、見事に覆された。坂元裕二脚本による『Living』は、単にキャスティングの話題性を超えた、短編として驚くほどの完成度を持った作品だったのだ。

■鼻でハーモニカを吹くのが得意な、ネアンデルタール人の姉妹

 第1話で、絶滅に追い込まれたネアンデルタール人が、ひそかに現代社会で我々の中に混じって暮らしている、という設定を広瀬姉妹が演じた物語は、部屋の中から一歩も移動しないにも関わらず、会話の端々から2人の置かれた状況、そして2人の姉妹の性格の差が表現された見事な脚本だった。人種や民族という単位での差別や対立が世界的に焦点となる中、『ホモサピエンスとネアンデルタール』という一回り大きなスケール構図を持ってくる批評性、それを15分という短い時間の中で説明的にならず流れるように観客に見せる手腕には驚くしかない。

 単に脚本、構成の妙だけではなく、第1話、トップバッターで観客を引き込む役割を背負った広瀬姉妹の演技には、純然たる2人だけの会話劇をエンターテインメントに昇華するグルーヴ感があった。ドラマ企画の1ヶ月前に配信されたインスタライブでもそうだったが、会話のスピード、声、タイミングそのものにジャズセッションのような音楽感があり、聴いているだけで惹き込まれてしまうのだ。ホモサピエンスというマジョリティに囲まれて暮らす、滅びゆくマイノリティとしてのネアンデルタール人、だがその姉妹の中に渦巻くタフでしたたかな生命力は、第1話の導入として視聴者を引き込むことに成功していた。

 放送後にツイッターに投稿された広瀬アリス本人のツイートによれば、鼻でハーモニカを吹くなどの演出は脚本そのままであったものの、その後からラストにかけては広瀬姉妹のフィーリングに合わせたアドリブがかなり盛り込まれているとのことだ。坂元裕二の繊細な脚本が楽譜だとしたら、実際の映像の中で広瀬姉妹の演技による『演奏』は、エンターテインメントとして視聴者を引き寄せる、トップバッターを務める第1話の出演者として見事な内容になっていた。

■「月と太陽のよう」対照的な広瀬アリスと広瀬すずの女優性

 ところで、広瀬アリスと広瀬すずの顔は、実はよく似ている。双子のようにそっくりではないにせよ、写真の撮られ方によってはこれが姉なのか妹なのか一瞬判断に迷うこともあるし、広瀬すずの出演作が放送されると「今の表情はお姉ちゃんにそっくりだった」という声がSNSからたびたび上がる。しかし、そうした顔の造作の近似にも関わらず、2人の女優のイメージはあまりにも違う。正反対と言ってもいい。

 倍賞美津子・倍賞千恵子や、石田ゆり子・石田ひかりをはじめ、日本芸能史には数々の姉妹女優がいる。共にスターとなった姉妹、甲乙つけがたい美貌と演技力で評価された姉妹は多いが、しかし広瀬姉妹のように似ているにも関わらず対極のイメージを纏った、月と太陽のように対照的であり、場合によっては互いに相手のあり方へのアンチテーゼですらあるような姉妹女優はかつていなかったのではないかと思う。

 2人の姉妹女優の演技を対比する時、共に天海祐希と共演した、映画『チア☆ダン〜女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話〜』とTVドラマ『トップナイフ −天才脳外科医の条件−』を比較するのがわかりやすいかもしれない。

 映画『チアダン』で主演した広瀬すずは、弱小チアダンス部を全米優勝まで導くエースの役を演じる。だがチアダンスという題材には、他のスポーツのようにホームランボールがフェンスを越えて青空に吸い込まれたり、ストップウォッチが新記録を表示したりという観客に分かりやすい才能の目安が一切ない。広瀬すずが演じる主人公の少女が特別なエースであることは、広瀬すずの存在そのものが表現し観客に納得させるしかないのだ。そして実際に広瀬すずは、中条あやみや山崎紘菜というモデル級の長身メンバーや、福原遥のようなアイドル的美少女に囲まれながら、映画の中で特別な中心的存在としての輝きを放っている。それは共演した中条あやみが、映画への姿勢も含めて『これが主演というものかと思った』と後のインタビューで語った「主演型女優」としての才能だった。

 それに対し、姉の広瀬アリスがドラマ『トップナイフ −天才脳外科医の条件−』で演じたのは、人生にも仕事にも不器用な新人専門研修医の役である。

『チアダン』で広瀬すず演じる主人公の才能を見出す鬼コーチを助演した天海祐希は、『トップナイフ』では主演女優として天才脳外科医を演じる。広瀬アリスは、その天海祐希ら歴戦の天才脳外科医たちの才能に驚き、人間の脳という未知の領域に迷い翻弄され、失敗と挫折を繰り返しながら少しずつ成長していく新人、視聴者の視点を共有する役を助演女優として演じる。広瀬アリスの戸惑い、驚き、悩む演技によって、視聴者は天海祐希ら天才脳外科医たちの非凡さ、脳という世界の奥深さを感じることになる。

■「ファーストアクション型女優」と「リアクション型女優」

 つまり、広瀬すずは自ら能動的に動いて周囲にハリケーンを巻き起こす「ファーストアクション型女優」であり、姉の広瀬アリスは物語や共演者の巻き起こす風に翻弄され、暴風の中で両手を広げることで物語のハリケーンの大きさを表現する「リアクション型女優」の演技を得意とするといえるかもしれない。

 能動的に自分自身が輝いて物語を牽引する広瀬すずと、相手を受け止め反応する演技で物語や共演者を輝かせる広瀬アリス。サッカーやバスケであれば広瀬すずは前線速攻型の点取り屋であり、広瀬アリスは中盤から守備までパスを回す、かつてオシム監督が言った「献身的に水を運ぶ選手」ともいえる。2人の姉妹女優が同時期にこれほど映画ドラマを席巻しているにも関わらず、競合したり役を取り合うイメージがないのは、このスタイルの違いもあるのかもしれない。

 メイクを少し変えれば見間違うほど似ている2人の姉妹女優が、なぜこれほど対照的な演技スタイルを持つことになったのかはわからない。だが、積極的に会話を仕掛ける広瀬すず演じる妹、それを受けて展開する広瀬アリス演じる姉という物語の構図は、2人の資質を的確に判断した坂元裕二脚本の当て書きのように本人たちにフィットしていた。広瀬アリスは収録後のコメントで「一度テストをやった後、ここはちょっとテンポアップしたいなって思ったところをお互い自然と修正していて、あぁやっぱり通じるんだなって。安心感がすごかったです」と語っているが、確かに会話のスピード感と呼吸、そして物語で見せた、姉妹の鮮明なキャラクターの違いは、役作りに時間を取ることができない収録状況の中で、広瀬姉妹だからこそ自然に作れた空間なのかもしれない。

■未来を予言してたかのように不気味な第2話

 対照的に第2話、永山瑛太と永山絢斗の兄弟が演じたのは、不吉な近未来に暮らす孤独な2人の兄弟の物語である。その部屋の外では、戦争や対立が起こり、世界が激変していることを会話の端々から観客が感じとることができた(この会話をいかにも説明的にならず、それ自体が詩のような響きのある瑞々しい言葉で観客に伝えていく坂元裕二脚本の冴えは圧巻だと思う)。「ある日、匿名で書き込まれていたネットの名前が突然全て実名になったら戦争が起きた」という会話は、1ヶ月前に書かれたにも関わらず、リアリティショー『テラスハウス』をめぐる誹謗中傷、出演者の死によるSNS規制の動きを予言したかのように不気味だった。

 第1話の広瀬アリス・広瀬すずがお互いのキャラクターを生かして、なかばプライベートと地続きのようなフリートーク感を漂わせていたのに対し、永山瑛太と永山絢斗はあえてお互いの「らしさ」を消し、まるで双子のように似通った、人工的で無機質な近未来の兄弟を演じていた。こちらも坂元脚本のテーマに適応した見事な演技だったと思う。

■リモートドラマ『Living』に満ちていたのは映画や演劇の匂いだった

 往々にしてカメラを固定したリモートドラマはネット配信的、あるいはショートコントのような映像感になりがちなのだが、『Living』に満ちていたのは映画や演劇の匂い、この緊急事態下でまさに苦境にあるミニシアターや小劇場が公開し支えてきた、志ある短い作品たちの匂いだった。たった15分、室内を出ないセット、2人だけの出演者、短い制作期間(かつて朝の連続テレビ小説『あまちゃん』を手がけ、今回のリモートドラマも企画したプロデューサー訓覇圭氏によれば、企画が立ち上がったのは4月下旬、ちょうど広瀬姉妹のインスタライブがあった時期である。そこからキャスティング、脚本、撮影、放送まで1ヶ月で仕上げたスピードには驚くしかない)という条件の中、短いからこそ切れ味の鋭い短刀のような『超短編』を仕上げたスタッフ、坂元裕二脚本や俳優陣の演技には、制約状況を逆手にとってミニシアター・小劇場文化の豊かさをNHK地上波という日本最大のメディアで視聴者に示すような前衛性があった。

 坂元裕二自身も、今回の劇場閉鎖により東京大阪で上演するはずの朗読劇を初日から千秋楽まで全て中止に追い込まれているのだが、今回のリモートドラマは本来なら演劇という形式に注ぐはずだったエネルギーが社会的状況によってテレビに流れ込み、それによってかえって多くの視聴者に演劇的なもの、ミニシアター映画的な表現の底力を見せつけるような作品になったと思う。

 第1話、第2話は6月6日(土)午前1時から再放送され、テーマを兄弟姉妹から夫婦に移し、中尾明慶×仲里依紗、青木崇高×優香(声)の共演による第3話・第4話はその夜、6月6日の夜11時30分から放送される。これほど制約された、短い期間と放送時間でも、これほどの作品が作れたという、緊急事態宣言下のひとつのメモリアルになるシリーズだと思う。見逃した方にもぜひお勧めしたい。

(CDB)

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