ロシア文学界のスーパースター・ドヴラートフの「なんでもない6日間」を撮った理由

ロシア文学界のスーパースター・ドヴラートフの「なんでもない6日間」を撮った理由

©2018 SAGa/ Channel One Russia/ Message Film/ Eurimages

《ドヴラートフは無条件で20世紀後半を象徴する一人であり、ロシア文学界のスーパースターだ。彼は偉大な人物であり、繊細で、信じられないほどの才能に溢れている。彼のような才能はもう二度と生まれないだろう》

 映画監督のアレクセイ・ゲルマン・ジュニアは、旧ソ連出身で「亡命作家」と呼ばれたセルゲイ・ドヴラートフにそう讃辞を送り、映画『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』を制作した。

 スクリーンに、溶けるように漂う乳白色。全編を重く覆う霞は、閉塞感の中でもがく人間の心模様のようでもある。

「川と海に抱かれたレニングラード(現サンクトペテルブルグ)は、もともと霧に包まれることが多い街です。色彩がなく、見通しがきかない――映画的です。ただ、1971年の空気としてはネガティブに映るかもしれません。まだ若者は内にエネルギーを秘めていたし、“雪解け”の残響もあったでしょうから」

 1950年代半ば、独裁者スターリンが世を去ったソ連は、「雪解け」、すなわち民主的気分から立った恵風が、芸術家や文学者を大いに刺激した。表現の自由はしかし、十数年を経て共産党政権の引き締めにより「凍てつき」、停滞の時代へと移っていく。

 1971年のレニングラード――そこに、まだ何者でもない30歳のドヴラートフはいた。彼にとってはなんでもない6日間。それでも監督は、あえて視点を置いた。

「作家や画家を志しながら、必要とされず、自信を持てないでいる人たちを主人公にしたかったのです。それは、変化のない一日を、くり返しくり返し生きる気分だったでしょう。だからこの6日間に特別な意味はありません。冷たい時代に、冷たい街で生きている。そういう人の姿ばかりが見えるかもしれません」

 自作を世に出したい。ドヴラートフはただひたすらに欲動するが、「作家同盟」の会員でなければ作家として認められず、社会主義リアリズムを唯一の感性とする世の中では見向きもされない。ただ共同住宅(コムナルカ)で暮らし工業新聞の記者として体制が好むものを納めて、糊口を凌ぐのだった。

「人間は、誰一人として自分の未来、運命など分からないはずです。どうすれば世に認められるのかと煩悶しながらも、自分を捨てることはできない。この映画はそれを見せるのです。実在した芸術家や詩人を描いた作品は数多くあります。それらはせりふや外的な出来事で見せてきました。でもそれはうその姿です。芸術が生まれる場所は、身体の内側です。眼や佇まいにしか表れないはずです」

 ドヴラートフが世に知られるようになるのはそれから7年後。米国の出版社から『見えない本』を発表したのだ。米国へ亡命した彼は、『わが家の人びと』などを執筆。ソ連崩壊後、ロシアでも大ブームを呼んだ。

 87年にノーベル文学賞を受賞した詩人ヨシフ・ブロツキーとの交流も描かれている。

アレクセイ・ゲルマン・ジュニア/1976年生まれ。2003年『The Last Train』で監督デビュー。2013年、『神々のたそがれ』を撮影した父アレクセイ・ゲルマンが急逝。その父の遺志を引き継いで作品を完成させている。

INFORMATION

映画『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』
6月20日(土)より、渋谷・ユーロスペースほか全国順次公開
http://dovlatov.net/

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2020年4月30日号)

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