「お車代」で20万円……豪華すぎるヤクザの“接待”事情とは

「お車代」で20万円……豪華すぎるヤクザの“接待”事情とは

暴力団の情報を扱う専門誌(筆者撮影)

「ヤクザはこんな立派な人たちなのか……」暴力団取材をした私が舞い上がってしまった理由 から続く

 新宿歌舞伎町の通称“ヤクザマンション”に事務所を構え、長年ヤクザと向き合ってきたからこそ書ける「暴力団の実像」とは―― 著作「 潜入ルポ ヤクザの修羅場 」(文春新書)から一部を抜粋する。

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■「ほら、お前の分だ。とっときな」

 夢見心地に追い打ちをかけたのが、暴力団たちの豪華な接待だった。こうした舞台装置の中で任?道を説かれると、ヤクザという素晴らしい生き方をすれば、こんなにいい暮らしが出来るのだ、という誤った方程式を植え付けられる。

 暴力団組織を取材した後、食事をごちそうになることが多い。ごちそうというのだから、当然、勘定は暴力団持ちだ。そればかりか、へたをすると、飲食のあとに女をあてがわれ、翌日、『お車代』なるものを渡される。これが壮絶な罪悪感を生む。最初にお車代をもらったのは、あるヤクザ専門作家からだった。稲川会の取材を終えて帰宅しようとしていたら編集部に電話がかかってきて、彼の自宅まで呼び出されたのだ。

「ほら、お前の分だ。とっときな」

 最初は意味が分からなかった。手渡された茶封筒には、20万円の現金が入っていた。当時の私の月給より高額だ。翌日、編集部に戻って、すぐにことの次第を話し、現金を手渡した。

■巧みに使われる袖の下

「いいじゃん、鈴木君、もらっとけば?」

 いまなら「そうっすか」と平気でしまうかもしれない。原稿料で20万円を稼ぎ出すのは容易ではない。完全なる不労所得だが、自己申告しない限り絶対にばれない。暴力団の側が「金を渡した」というはずもない。その点、暴力団ほど信用できる存在はなかった。

 結局その金は、編集部一同で均等に分けたように記憶している。20万円÷8人だから、2万5000円のボーナスだった。こんなときの社長はいつもみんなを引き連れ、その金で豪華な食事をおごってくれた。編集部員は当然、それぞれ家計の足しにしたはずだ。

 これを断るのは至難の業である。なにしろ差し出されるタイミングが絶妙だ。それでも断ると「親分からの言づてなので、私が下手を売る(失敗する)ことになる」と言われる。それに本音を言えば、金をもらって困るヤツなどいない。黙ってしまえば、いきなり給料が倍になるのだ。加えてヤクザをヒーローと勘違いしている頃なら、罪悪感はあまりない。

 六代目体制が発足してからの山口組は、これまで頑強に取材を拒否していた姿勢を改め、行事の一部……たとえば新年の餅つきなどをマスコミに公開した。その際、近隣の子供たちにお年玉を配ったと報じられたが、取材陣にも司忍組長名義で3万円、山清司若頭名義で1万円、合計4万円のお年玉が配られている。また、あらかじめ敷地に入るには氏名や生年月日を提出し、許可をもらわねばならない。セキュリティのためではあるが、「余計なことを書くなよ」というマスコミに対する抑止力にもなる。

■インタビュー詐欺に遭遇

 業界の悪習を利用した詐欺事件もあった。北海道のある組織から電話をもらったとき、えらい剣幕で怒鳴られた。

「この前取材した記事はいつ雑誌に載るんだ! 金も渡したじゃないか!」

 調べてみたが、編集部にはその組織を訪問した人間はいなかった。2人組の男はどんちゃん騒ぎをしたあと、お車代をせしめて帰っていったという。丁寧に説明して納得してもらった。いったい偽者たちはどんなインタビューをしたのだろう。それだけが気になって仕方ない。

 ポケットにしまったことが一度もない、とは言わない。私も何度か誘惑に負けた。こうした経験から、私は金の力が絶大で、同時にとても怖いものだと思い知らされた。たとえば、当日は相応の罪悪感があっても、翌日になるとそれが半減し、もう一日経つと、当日の10分の1程度しか後ろめたさを感じなくなる。

「今回はまぁいい。もらっておこう」

 その蓄積は暴力団に対する遠慮に変換され、そのまま文章に反映される。

■暴力団はお金の使い方をわきまえている

 フリーライターになってから、そんな悩みもなくなった。ライターと暴力団の間に特別な関係がない限り、お車代を渡されるのは、まず間違いなく編集者である。暴力団は編集部とライターの関係を、雇い主と被雇用者だと見抜いている。媒体を持っている人間が強いと分かっているから、金の使い方を間違えない。

 警察の一部も我々を寄生虫とみている節がある。業界全体でみれば完全否定出来ないのがもどかしい。先日も福岡県警の刑事から電話がかかってきて、「どうせ金もらってんだろ? 暴力団のいいなりなんだろ?」と、遠回しに言われた。刑事は軽い気持ちで探りを入れてきたのかもしれない。

「●●と●●(ともに出版社)は金でどうにでもなるって言われとるよ」

 刑事の伝聞口調は、そのまま県警内部の考えだ。出版社が聞いたら腰を抜かすだろう。裏を返せば、その言葉は福岡県警の捜査能力がその程度しかない、という認識に?がる。どちらにせよ、昭和の価値観で決めつけられるのは迷惑だ。

■義理場へ潜入

 暴力団へのアプローチは徐々に実を結び始め、東京でも着実に取材ルートができあがっていった。経費のかかる地方取材とは違い、日帰りで済む取材をメインに出来れば制作費も安く上がる。当時、版元から請け負っていた経費は月に400万円程度だった。原稿料だけで250万円近くかかったから、我々などの人件費を含めれば、『実話時代BULL』の利益はあまりない。地方取材は3ヶ月に一度が精一杯だ。

 都内で行われる大組織の義理事――冠婚葬祭の儀式の際には、あらかじめ日程を調べ、その前に陣取って中の様子を撮影した。敷地内に立ち入らない限り、そう邪険にはされなかった。何度かそれを繰り返しているうち、話しかけてくれる組員が出来た。

「あんた、いつも来てるな。中に入れるよう、オヤジに言ってやろうか?」

 半年ほどすると、取りなしてくれる幹部が現れた。こうして私は義理場に潜入することに成功した。

 オヤジ……というのは、自分の親分のことを意味している。盃を酌み交わし、疑似血縁制度によって親分・子分になったあと、若い衆たちは我が親分を“オヤジ?と呼ぶ。漢字で“親父?と書いてもいいが、実父との区別をつけなくてはならない。『実話時代』は親分と表記し、ふりがなを振ってオヤジと読ませていた。マニアにしか分からないこだわりなので、いまはカタカナ表記にしている。

■取材先で遭遇するさまざまな勘違い

 はじめて義理場へ潜入したのは、住吉会の大幹部の葬式だった。一応、礼服を着て出かけた。顔なじみになった組員に案内され中に入ると、侵入者として扱われた。

「お前週刊誌(ヤクザは雑誌のことを週刊誌と呼ぶ)だろ。どうやって入ってきたんだ。許可とってんのか」

 葬儀の撮影のポイントは、親分たちの入場と退場である。法要の会場に入るときと、それを終えて帰るとき、有名な幹部や参列する他団体のトップを撮影すればいい。それまでざっと1時間あった。葬儀が始まる寺の隅っこで、カメラをバッグにしまい目立たぬようじっと息をひそめていた。

 すると今度は、会場に早く入って準備をしていた幹部から「ぼさっと立ってるんじゃねぇぞ。ここに煙草の吸い殻が落ちてるじゃねえか。さっさと片付けろ」と、怒鳴られた。組員と同じ黒の礼服を着ていたため、私は新入り組員と間違われたのだ。以降は一目で部外者と分かるよう、いつも通りのラフな格好で出かけるようにした。スーツを着るにしても、黒は避けるようにした。

(鈴木 智彦)

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