藤井聡太七段が狙う記録 屋敷伸之九段が明かす「“お化け屋敷”と神格化されて戸惑った18歳」

藤井聡太七段が狙う記録 屋敷伸之九段が明かす「“お化け屋敷”と神格化されて戸惑った18歳」

18歳6カ月という最年少タイトル獲得記録を持つ屋敷伸之九段 ©文藝春秋

藤井聡太七段と4日差 屋敷伸之九段が振り返る“17歳の挑戦”「キツかった和服と高校生活」 から続く

 初タイトル戦はフルセットで敗れた屋敷伸之だが、1年もしないうちに再びタイトル戦の舞台に登場した。18歳の夏に迎えた2回目の番勝負は苦しいスタートだったものの、『笑っていいとも!』が好手を見つけるきっかけになったのかもしれない。

 インタビュー後編は、高校卒業直後にタイトルを獲得して戸惑ったこと、藤井聡太七段について語ってもらった。

【全2回/ #1を読む 】

◆◆◆

■高校卒業直後、18歳で再びタイトル挑戦

――1989年後期の棋聖戦は敗退しましたが、1990年前期の棋聖戦でも挑戦権を獲得されました。先の五番勝負を終えてからわずか4カ月後のことです。

屋敷 このときは本戦にシードされ、4勝すれば挑戦なのでチャンスはあるのかなと思いました。最後の塚田(泰明八段)先生との将棋は二転三転して、最後はトン死勝ちでしたね。なかなか詰みが見えなくて、少し気づきにくい筋だから塚田先生もうっかりされたと思うんですよ。終盤は苦しい時間が長かったので、挑戦権を意識する時間はなく、最後は勝ってホッとしました。

――2年連続、中原棋聖との五番勝負です。中原棋聖は4月に開幕した名人戦で谷川浩司を破り、2度目の復位で三冠と好調でした。屋敷九段は高校を卒業された直後で18歳でしたね。シリーズにはどのように臨んだのでしょう。

屋敷 2回目なので1回目よりいい将棋を指せればと思ったんですが、1局目(6月18日・神奈川県箱根)と2局目(6月26日・滋賀県長浜)で完敗しましたね。気負いはなくて、力の差で負かされました。

――あとがなくなった3局目(7月5日・山形県天童)で、白星をあげました。

屋敷 シリーズはどうであろうと3連敗は避けたかったので、勝ってホッとしました。中原先生らしく空中戦特有のうまい指し回しで苦しい序盤でしたが、巻き返せてホッとしました。それでも番勝負を勝てる感じはなく、シリーズが長くなればいいなぐらいでしたけど。

■『笑っていいとも!』を見ながら、ふと思いついた手

――第3局の逆転につながった手は昼食休憩後に指されましたが、1時間のお昼休みで『笑っていいとも!』を見ている最中に、ふと思いついたそうですね(※当時の新聞のテレビ欄によると、コーナーは「クイズ大ぼけ決定戦!」「鶴瓶の音楽講座」。テレフォンショッキングには、俳優の柴田恭兵さんが出演したという)。

屋敷 対局の日に、食事をとりながらテレビを見ることはありました。時計代わりになりますしね。『笑っていいとも!』の内容までは覚えてないですけど。いつものような感じでやっていたんじゃないですか。「そうですねー」「今日も暑いですね」「そうですねー」って(笑)。いまは対局中にテレビを見ることはほとんどないです。あのときは難しい局面だったので、ふと思い浮かんだのでしょう。

■“18歳6カ月”でタイトル 実感はいつ湧いた?

――第4局(7月17日・兵庫県有馬温泉)に勝ち、前期に続いてフルセットになります。最終局は8月1日に新潟県岩室温泉で行われました。前期の最終局と同様に、タイトルを獲りにいくと気合を入れなかったんですか?

屋敷 ええ。最終局も苦しい展開でしたし、中原先生の力を感じていました。崩れないように耐えていたら、中原先生が2、3通りあるなかでいちばん派手な手をやってこられて、こっちに勝負手があったという感じです。それがたまたまうまくいきました。

――中原棋聖を破り、初タイトル獲得です。18歳6カ月14日のタイトル獲得は史上最年少で、前年12月に羽生善治竜王が作った記録・19歳3カ月0日を更新しています。大棋士からタイトルを奪取し、どういう感想を持ちましたか。

屋敷 自分でも信じられない気持ちでした。でも結果は勝ちましたけど、力は届いていないです。

――勝っても、ですか。

屋敷 シリーズを通して、中原先生の読みや構想力、指し回しが勉強になりました。中原先生はとにかく大きいんです。どうしても目先の利益、駒得や玉の堅さにとらわれてしまうんですけど、中原先生の将棋はそれがなくて、先を見据えて全体の指し回しを組み立てていますから。

――タイトルを獲った実感は、どんなときに湧きましたか?

屋敷 取材がかなり入ってきて、段々と実感していきましたかね。席次が違ってきますし、特別対局室の最上座で指すことが増えました。戸惑いもありましたけど。

■賞金の使い道は?

――取材は大変でしたか。

屋敷 テレビもありましたけど、専門誌以外の一般雑誌が結構来ましたかね。いまの藤井聡太さんの何十分の一ぐらいでしょうけど(笑)。それで、結構なことをやってしまったのかなと思いました。経験がなかったので、考えることはありましたね。

――対局とのバランスも大変でしたか?

屋敷 ええ、調整は難しかったです。対局はトップ棋士との戦いが増えますし、負けることが多くなりますから。

――賞金はどうされました? 自分のご褒美とか買われたんでしょうか。

屋敷 いやぁ、特に……。貯金? そうですね。

■「お化け屋敷」神格化されて難しかった

――10代の奨励会員同士だと、当時はゲームセンターで遊んだり、ファミレスでよく話したそうですね。屋敷九段は先にプロ入りし、しかも18歳で棋聖になったので、同世代とはかなり立場が違います。一緒に遊びにくかったですか。

屋敷 たまに遊びましたけど、いま思えば相手の気持ちはあまりよくなかったかもしれません。当時は無頓着でしたので、配慮できませんでした。若くしてプロになったほうがいいに決まっていますが、そのあたりは難しいですね。何か神格化されちゃうようなところがあるので。

――神格化、ですか。当時の報道だと、屋敷九段は「お化け屋敷」の異名がありました。それは独特な手や強さからつけられたそうですが、感想戦で相手の指摘に相槌を打つことが多く、寡黙なことから「何を考えているかが分からない」ともいわれたそうですね。ただ、デビューしたばかりですから、先輩棋士と対等に話すのも難しかったのでしょう。

屋敷 最近、羽生さんが10代のときのNHK杯を見たんですよ。相手が加藤一二三先生や大山(康晴)先生ですし、感想戦で相手の先生が一方的にしゃべって、羽生さんは黙って追随しているんです。自分だけじゃなかったんだと安心しましたね。別に相手の先生も威圧しているわけではないでしょうが、当時は仕方なかったです。

――初防衛戦の1990年後期棋聖戦は、1990年12月に開幕しました。森下卓六段を挑戦者に迎え、3勝1敗で防衛します。19歳0カ月3日のタイトル防衛は、最年少記録です。

屋敷 森下さんはとにかく勝っていたので、最強の挑戦者を迎えたと思いました。初戦はボロ負けで厳しいシリーズだと思いましたけど、2局目を拾えたのが大きかったです。3局目も勝負手がうまくいき、結果が出せたのはよかったですね。

――当時は10代から60代まで、幅広い世代が覇権争いを繰り広げた時代でした。新鋭の羽生世代、アラサーの谷川浩司九段や「55年組」(昭和55年にプロ入りした棋士で、高橋道雄九段や南芳一九段ら)、40代の中原十六世名人、米長邦雄永世棋聖、50代の加藤一二三九段がぶつかっていました。しかも1990年2月に開幕した棋王戦五番勝負は、66歳の大山康晴十五世名人が登場しています。そのなかでタイトル獲得・防衛した意味について、いまどう思いますか。

屋敷 棋聖戦ではよい結果が出ましたが、ほかの棋戦はそうでもなかったです。それで安心して浮ついたところがあったかもしれないので、力をつけることをもっとしっかり考えないといけなかったですね。

■「藤井七段は勝ちまくっていますけど、テーマを大事にしている」

――対局に勝つのと、力をつけるのは違うんですね。

屋敷 ええ。勝ちながら力をつけていければいいんですけどね。藤井聡太七段は勝ちまくっていますけど、将棋を見ると結果より自分のテーマを大事にしてやっていると思います。相手の得意戦法を堂々と受けて立ち、新しいことに挑戦していますからね。当時の自分ももっと意識して考えないといけなかったのでしょう。それは永遠の課題で、引退するまでは続きます。

――その藤井聡七段とは、2017年の朝日杯将棋オープン戦二次予選で対局しています。結果は藤井勝ち。快進撃を続け、中学3年生で初の棋戦優勝を決めました。

屋敷 私が10代のときとは違い、いまは情報が集めやすいのでどういう将棋を指すかが分かります。藤井聡太七段が強いのは分かっていましたし、年齢の違いは感じません。普通に対局し、感想戦でも意見を伺えてよかったと思いますね。

■中学生だった藤井七段の将棋をどう思った?

――実際に指してみて、藤井七段の将棋はどう思いましたか。

屋敷 じっくり指してきますね。実際に盤を挟んでみると受けが強いと感じました。

――今月8日のヒューリック杯棋聖戦五番勝負第1局、渡辺明棋聖−藤井聡太七段戦は藤井勝ちでした。

屋敷 矢倉のよい将棋でした。難しい中終盤でしたけど、終盤まで惜しみなく時間を使い、渡辺明棋聖の追い込みをかわしきった。勝ち切ったところに価値があります。

――第1局は中盤で攻めずに▲7六歩(71手目)とキズを消したのが渋い手でしたね。

屋敷 将棋のつくりがそういう感じですよね。慌てず騒がず、地に足がついて落ち着いている。あんまり年齢のことをいうのはよくないですが、年に似合わずじっくりしています。

――詰将棋が得意だと、難しい変化でも終盤にさっさと持ち込んで競り合い勝ちを目指すスタイルもあると思うんですが、藤井七段はそういう指し方をしないですよね。

屋敷 すごく丁寧です。よい局面でもじっくり辛抱できるし、勝ちを急ぎません。勝負しないといけないときは勝負しますけど、ゆっくり指して差を拡大していく感じです。派手な順や決めにいく手は見えているんでしょうけど、色んなことを考えたすえに確実に勝ちにいくイメージです。

――これからどんなふうに変わっていくのでしょう。

屋敷 ますますトップレベルの棋士と当たることが増えていくので、また変わっていくかもしれません。

■「おかげで私の記録もこうして日の目を見たので(笑)」

――屋敷九段は6月28日(日)の棋聖戦第2局の立ち合いを務められますが、ここで藤井聡七段が勝つと棋聖獲得まであと1勝に迫ります。史上最年少タイトル獲得の記録更新が現実味を帯びてきて、仮に7月21日に行われる第5局で獲得しても18歳0カ月2日で、屋敷九段の18歳6カ月14日を塗り替えます(※藤井聡七段が挑戦中の王位戦七番勝負をフルセットで制した場合も、18歳2カ月10日でやはり更新する)。屋敷九段はどんなふうに感じていますか。

屋敷 いままで若い棋士はたくさん出ていますが、タイトル戦線に絡むまでの棋士はなかなかいませんでした。藤井七段は昨年の王将戦でタイトル挑戦にあと1勝に迫りましたので、記録更新はいずれという感じはしていましたよ。

――塗り替えられるのは仕方ないという気持ちですか?

屋敷 ええ。年間勝率が8割を超えて、棋戦優勝もしていましたし、普通に考えれば時間の問題だと思っていました。でも、いままで30年間も記録に迫られなかったですし、藤井七段のおかげで私の記録もこうして日の目を見たので(笑)、ありがたいと思っています。藤井さんがプロになったときに加藤先生の記録(史上最年少四段)を抜いたと報道されて、そのあとは連勝記録で神谷(広志)先生を抜くかかが話題になって、いろんな棋士の存在や記録が脚光を浴びています。皆さん名誉なことだと思うので、破られて悔しいという気持ちはないと思いますよ。

(【前回】 屋敷伸之九段が振り返る“17歳の挑戦”「キツかった和服と高校生活」 を読む)

(小島 渉)

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